第5話 テラフォーミング

 火星のテラフォーミングは最も実現の可能性が高いと言われていた。惑星地球化計画とも言う。


 火星のテラフォーミング計画で最初に検討されたのは、いかにして地磁気を復活させるかである。

 火星には地磁気がない。過去、火星には豊かな大気や広大な海洋が存在していた。その大気や海洋が失われた原因が地磁気の消失なのだ。地磁気が消失したが故に、火星の大気は太陽風に剥ぎ取られ海洋も干上がった。

 太陽風を防ぐ目的だけの「磁気の盾」は21世紀には既に考案されていた。それは、ラグランジュポイントL1に磁気シールド衛星を置く方法だ。すなわち、火星と太陽の間に磁気シールドを発生させる衛星を設置し、火星と共に太陽を公転する軌道に投入する。これは、低コストで太陽風を防ぐ最も有効な手段として期待された。しかし、他の宇宙線には効果がない。これに対しては火星上に数十の磁気シールド衛星のネットワークを構築する案が検討された。この衛星ネットワークは定期的に放電を繰り返し、大気の電離層とオゾン層を生成、管理する機能も付与された。

 次に検討されたのが、地表の温度を上昇させる方法だ。これは太陽光を反射する集光セイルを火星周囲に展開させ、日照量を増加させるというものだった。地表の平均気温が上昇すれば、極地に、大量に存在しているドライアイス、二酸化炭素が気化し大気圏を形成していく。そして温室効果ガスである二酸化炭素が豊富な事から、数十年で、地表の平均気温は摂氏マイナス55度から摂氏マイナス20度へと上昇することが見込まれた。

 水資源に関しては意外に豊富であることが確認されていた。両極に存在するドライアイスの下層には水の氷が存在しているし、各地で地下に存在する氷層が発見されていた。しかし、それでは湖沼はできても海洋まで作ることはできない。また、大気の組成に関しても疑問が持たれていた。殆ど、約95パーセントが二酸化炭素であり、温暖化により追加される組成もほとんどが二酸化炭素であるからだ。これでは植物の光合成で酸素を生成できたとしても、人類が呼吸するには不都合なのだ。


 そこで、水資源と窒素などの資源を補充するため、小惑星を利用する計画が立てられた。本来ならば太陽系外縁部、エッジワース・カイパーベルトに存在する小惑星か、もしくは彗星を利用すべきである。外縁部の天体は、組成において岩石や金属よりも水が多く含まれるからだ。しかし、そのような位置の、遠方の天体を利用することは技術的にも費用面でも現実的ではなかった。しかし、木星軌道上に存在するトロヤ群と呼ばれる小惑星帯の中に、過去彗星であったと思われる小惑星が発見された。それは水(H₂O)とアンモニア(NH₃)が大量に含まれていることが分かった。直径は100キロメートルほど。太陽を公転していたものが木星と土星の重力の影響で軌道が変わり、現在は木星の公転軌道上に存在している。その元彗星である小惑星を火星に衝突させ、水と、大気組成で重要な窒素を獲得しようというものだった。その小惑星はアクエリアスと名付けられた。


 これが、火星のテラフォーミング計画において、後に最も費用がかかった無駄な事業と揶揄されたアクエリアスプランである。


 具体的にはアクエリアスを減速させつつ火星との衝突軌道に乗せ、そして衝突直前に戦術核を用いて細かく破砕し火星の地表へと落とすというものだった。


 アクエリアスプランは成功した。しかし、得られた水だけで海洋を構成するには絶対的な量が不足していた。また、アンモニアを硝化(酸化)しさらに脱窒する細菌プラントは完成していたが、生物(細菌)を主体とするプラントであったため、窒素分子(N₂)を生成するには時間がかかりすぎた。

 光合成を行う生物群を大量に投入し酸素を生成するとしても、地球の大気構成と比較して二酸化炭素が極端に多く、人類の生存に適する大気組成とすることは困難であった。そこで、火星で生存することに特化した遺伝子改造が試みられた。二酸化炭素が50パーセント以上の環境でも、酸素が20パーセント程度であれば生存できる肺を持つ火星人類の創造だった。

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