第85話 囚われの秋人

 僕はその場で宇宙服を脱がされ、作業着を着せられた。この服は研究所の制服のようで、右胸には「エブロス生物科学研究所」の文字がプリントされており、また、僕のIDらしき番号が記載されたカードが左胸にぶら下がっていた。そんな僕を見ながら、アザミはニヤニヤと笑っている。


「なかなか似合うじゃないか。いっちょ前の研究者に見えるぞ」

「僕は元々科学者だ」

「そうだったの? どうでもいいけど、まあ、頑張って協力したら良い事があるかもな」

「良い事?」

「そう。イイコト」


 僕の右手を握って微笑むアザミだ。この、冷徹な殺し屋が何ともいえない愛らしい表情を見せる。


「いらない。僕が来たら他の子供は開放するという約束だった。早く解放しろ」

「そんな約束をしたっけ?」


 アザミはあからさまにとぼけている。


「約束した。だから僕はアンタについて来たんだ」

「ふーん」


 とぼけているアザミだが、その彼女をワッジ所長は驚嘆した表情で見つめていた。


「あ……藤堂秋人君だったね。アザミとどんな約束をしたのかは知らないが、ここにいる子供は皆、自分の意思で実験に協力してもらっているんだ。もちろん、相応の報酬も出しているんだよ。君は何か人体実験のような事と勘違いしているようだが、そんな事実はないよ」


 見え透いた嘘としか思えない。そんな、平和的な実験であるなら、僕を無理やり連れてくる必要なんてない。傭兵を雇って、何人も殺して。


 案の定、アザミとアキレウスは見つめ合ってニヤニヤと笑っている。まるでワッジが「大嘘つき」とでも言っているかのように。

 

「ところで、お前と私は同室だよ」

「ええ?」

「監視が目的。性的な意味はないから安心しろ」


 もし本当ならまるで自由がない。しかし、個室で監禁されるよりはマシなのかもしれない。


「あれれ? アザミさんと同室なのがご不満なのかなあ? もしそうならボクの部屋でも……」


 アキレウスの申し出をアザミが遮った。


「こいつは軍が管理する。最初からそういう契約だ」

「そうだったね。じゃあ部屋に案内するよ。こっち」


 まだ何か喋っているアザミとワッジ所長を無視して、アキレウスが僕の右手を握った。そのまま彼女に手を引かれ駐車場から屋内に入る。そして階段を上ってからエレベーターに乗る。三階でエレベーターを降り、透明なドアのゲートをくぐってから別のエレベーターに乗った。


「この建物が居住棟。君の部屋は最上階で、物凄く見晴らしが良いよ」


 最上階といっても12階だった。そこの1212号室へと案内された。ドアの前に立つと自動で胸のカードを読み取ってから鍵が開いた。


「さあどうぞ。一応2DKでベッドも二台あるけどね。どう使うかは同居者と相談して。じゃあね」


 小柄なツインテールの少女といった風体のアキレウスが手を振りながら去っていく。僕は部屋の中へと入り室内を見渡した。


 右側がキッチンでダイニングテーブルもセットしてある。左側がバスルームのようだ。奥側に二部屋ありそれぞれシングルベッドと寝具が設置されていた。


 ダイニングには小型の冷蔵庫があったが、中にはミネラルウォーターが数本入っているだけだった。脇の棚には軍のレーションだろうか、固形の非常食が12食分ほど置いてあった。


 そういえば何も食べていないし喉も乾いていた。僕はミネラルウォーターのボトルを冷蔵庫から取り出し、チョコレート風味と書かれているレーションを取り出した。


 レーションをかじりながら更に部屋の中を物色してみたものの、TVやPC、通信機、その他ネット接続型の家電などは見当たらなかった。唯一ある冷蔵庫もスタンドアローンとなっていた。


 これは、内部から外部へ通信可能な手段が全て排除されているという事だ。更には、窓はあるが開かない構造となっている。比較的待遇が良い部屋でこういう扱いになっている。それはつまり、ここは極秘の実験をしている施設であると証明しているようなものだ。


 そんな事を考えていると、アザミが部屋へ入って来た。


「あら、レーションを食べてるの? それ、不味いでしょ」

「そうでもないよ」

「食べ物、調達してきたけどいらない?」


 アザミはガサガサとショッピングバックを漁り、中からハンバーガーやホットドッグ、弁当のパックなどを広げ始めた。


「お前、日系なんだろ? 寿司があったから買ってきた。食べる?」

「ああ。ありがとう」


 握り寿司のパックだった。


「これは、アケローン地底湖産?」

「そう。お前と一緒に泳いでいたやつさ」

「エブロスでは魚の養殖してないの?」

「してるようだが小規模だし淡水魚だけだな。アケローン地底湖は塩水で、火星最大の漁獲高を誇ってる」

「なるほど。それで鮮魚運搬に紛れたんだ」

「そう。鮮魚便は本数が多いから楽なもんさ」


 アザミはハンバーガーにかぶりつき、僕は握り寿司を頬張った。新鮮なネタを使ったそれは大変おいしかった。


「さて秋人君。君はこれを付けろ」

「これは……」


 何か首輪のようなものだった。金属製の環に大き目な半球状の何かがついていた。僕はそれを訝し気に見つめる。まさか動物のような扱いをするつもりなのか?


「この丸いのは何?」

「知らない方が幸福な事もあるぞ」

「気になるよ」

「それは小型の爆薬だ。お前が勝手に逃げたり逆らったりしなければ作動しない。しかし、勝手に逃げたりするとドカンだな」

「ドカンって……まさか……」

「脛骨を切断する程度の威力らしいな。実際に作動したところを見た事は無いが」


 首がもげるって事か。マーズチルドレンといえども、それじゃ死んでしまう。

 

「怖いね」

「だろ? 気にいらんかもしれんが、それで自由がある程度保障される」

「ある程度?」

「そうだ。この居住棟のほとんどのエリアが出入り自由になる」


 逆らうと死んでしまう首輪をつけるなんて極めて非人道的だ。多分、囚われている他の子供たちも同じ首輪をつけられているに違いない。


 アザミが僕の首に金属製の首輪を取り付けた。これで僕はある程度の自由と引き換えに、命を握られた格好になった。これは極めて不自由な事だと認識した。


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