第37話 さよならマリネリス

「皆様に突然のお知らせがあります」


 市内全域に鳴り響く音声放送だ。


「私はマリネリス火星教会の教主を務めております加賀晴彦かがはるひこです」


 教主様の話が始まる。

 

 ここ、マリネリスではこれ以上の寒冷化には耐えられない。そして何故か、アリオリスと火星軍が対立している。火星軍側はアイオリス、そしてマリネリスをテロリストと認定したようだ。先の市街地攻撃がその証拠となる。希望者は全て環境維持プラント〝アイオリス〟が受け入れてくれる。さあ、皆でアイオリスへと移住しよう。


 こんな趣旨だった。


 マリネリス市当局は、一か月後に市政の放棄を決定していた。

 既にほとんどの住民は巨大地下都市アケローンへと引っ越しを済ませており、ここに残っている者は僅かだった。


 偏屈な研究者。

 世のしがらみから逃げ出した隠遁者。

 そして元犯罪者。


 そんな、自己紹介さえしたくない人たちなのだと思う。

 誰もがアイオリスへ行くことを拒んだようだ。


 市の当局者もその事は十分に理解していた。


「彼らの自由意思を尊重すべきなのです。ここの電力供給も維持できなくなってしまうのに……」


 そう言って肩を落とす。


「教会関係は……修行僧のお二人はアケローンの教会へ。その他の方はアイオリスへと移住されるのですね」

「はい。そうなります」

「お気をつけて」

「はい。ありがとうございました」


 私と七人の子供たちが揃って礼をした。

 そして市庁舎を後にする。


「美冬姉ちゃん」

「無事でよかった」

「帰ってこないかと思って心配してた」


 子供たちは口々に私の無事を喜んでくれている。私はこの子たちが無事だった事に安堵している。でも、秋人さんは未だ帰ってきていない。


 今から必要な荷物をまとめ、引っ越しの準備をしなくてはいけない。私たちは急いで教会へと戻る。

 教会の前に数人の、見た事がない銀色のアンドロイドが立っていた。教主様は応援を呼ぶと言われてたのだけど、もしかしてあの機械人形が応援なのだろうか。


「出雲美冬様ですね。私はアイオリス近衛兵団所属の機械化歩兵MTC003型ミルフと申します」

「こんにちはミルフ。美冬です」


 私は彼の手を握った。

 彼は、アイオリスで解凍まで時間がかかるって言われてた機械化歩兵の一人なんだ。見た目はSFっぽい鎧の兵士って感じ。でも、礼儀正しくて頼りがいがある感じがする。


「氷床下のリニアステーションは、現在VXガスの中和作業中です。安全確認できるまで数時間かかる予定となっております」

「ありがとうございます。あんな毒ガスに対応する装備をお持ちなんですね」

「我々はアイオリス防衛のためのあらゆる手段を所持しております。BC兵器にも対応可能です」


 BC兵器。毒ガスだけじゃなくて、細菌やウィルス兵器にも対応するのか……。しかし、生身の人間ではない彼らなら毒物や生物兵器も無害なのだ。それゆえ素早い対応が可能なのだろう。


「あの、秋人さんの家は?」

「タイプ1018が向かっております」

「みゆきさんですね」

「ええ。他にも近衛兵団から数名派遣しております」


 総勢十数名の機械化歩兵が手伝ってくれるのなら、引っ越し作業も素早く終わるだろう。教会の中では教主様が機械化歩兵たちに色々指示を出していた。修行僧の二人も慌ただしく作業している。


 私を見つけた教主様が駆け寄ってきた。


「美冬。大丈夫だったかい」

「ご心配をおかけしました」

「君とトレジャーハンターの皆さんに救われた。ありがとう」

「ちょっと無茶しすぎました。でも、皆さん無事でよかった」

「そうだね。美冬は自分の部屋の片づけをしなさい。お前たちもな」

「はい」


 私は頷いて自室に戻る。

 子供たちは「引っ越し引っ越し」とはしゃぎまくっている。引っ越しの意味、分かっているのだろうか。


『問題ない。彼らも皆マーズチルドレンなのだから』

『そうですね』


 守護天使の京が語りかけてきた。オルレアンへの搭乗がきっかけになって開花した能力、守護天使との会話だ。自分にこんなことが可能だなんて信じられなかった。


『お前の能力は様々な言語に込められた概念を瞬時に理解するものだ。名づけるなら〝超翻訳〟だな』

『かっこいいかも』


 私は自分の荷物を整理しながらにやけていた。これで、ストライクで機器の操作ができた事や、オルレアンに無理なく搭乗できた事の説明ができる。よくよく考えてみたら、オルレアンのモニターに表示されている言語は基本英語だったし、そのほかの記号、アイコン、略号などは専門知識がないと理解できない類のものだった。でも私はそれらの全てが理解できた。


 これは多分、私がマーズチルドレンの根幹にかかわる何か重要な部分を担当したいたからじゃないかと思う。詳細は覚えていないのだけど。

 マリーさん達の持っているオーバーテクノロジー。異星の異なる概念を翻訳していたのだろうか。


『大体あってるよ』


 京が話しかけてきた。

 そうか。そうなんだ。


 それならもしかしてノエルも何か特殊な能力を持っているのだろうか。秋人さん奪還のために有効な能力を。


『そういう事だ』


 その能力って何だろう。

 京に質問してみたのだけど、何も教えてくれなかった。気になるのだけど仕方がない。自分の目で確かめろって事なんだと思う。


 その数時間後、私たちはリニア鉄道に乗って環境維持プラント〝アイオリス〟へと向かった。


※このエピソードが第21話に該当します。当初の予定とは随分違った展開になってしまいました。( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。

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