第68話 結婚って何なのよ!

「ところで翠ちゃん。ここ、オリンポスでは日本の戸籍制度を踏襲してますが、ご存知ですか?」

「はい?」


 こいつは何が言いたいのだろうか。プルトニウムの盗難事件が発生し捜査していた。そして事件は市長を陥れる為の奸計で、その市長の正体が紅葉だった。


 私自身、相当混乱していると思うのだが、それでも日本の戸籍制度がこの事件と全く関わりがない事だけは理解できる。


 私はトリニティを見つめる。彼はニコニコと笑いながら、何やらピエロが得意そうなパントマイムを披露した。


「要するに、オリンポスでは夫婦同姓なんですよ。翠ちゃんはご自身の姓、狸穴坂まみあなざかが嫌で嫌でしょうがないんでしょ。だったら、それを解消する最善の方法があります。それは結婚して夫の姓を名乗る事でしょ?」


 青天の霹靂。

 寝耳に水。

 馬耳東風?


 いや、最後のは違うだろう。

 とにかく、目から何枚もの鱗が剥がれ落ちた気分だ。


 そうか。そうだった。

 あの、超恥ずかしい姓を合法的に、しかも幾多の祝福をも浴びながら変更できる手段があった訳だ。


 それは結婚。

 私は今まで、それを全力で回避してきたのだ。


「ところで翠ちゃん?」

「?」


 やや背が低い高校生だった紅葉の姿が、長身でグレーの頭髪のトリニティ市長へと変化していた。


 これは魔法?

 何なんだ?


 まるでキツネにつままれたかのような状況に、私は言葉を失ってしまった。


 紅葉は、いや、トリニティ市長は座り込んでしまった私に右手を差し出した。私は彼の手を握り、よろよろと立ち上がる。


「さあ、盗品を押さえに行きますよ」

「はい……」


 やっとそれだけが言えた。憧れのトリニティ市長に手を握られどうにかなってしまいそうだ。


 そして彼がつぶやく。


「結婚の件、前向きに検討してくださいね。約束ですよ」


 こ、これは!

 プロポーズされたのか?


 彼の言葉に私の脳内は弾け飛んだ。幾つもの閃光が煌めき、その中でバラ色のウェディングシーンが再生される。ウェディングドレスに包まれた私を彼が抱きしめ、そして彼の唇が私の唇へ触れる。この、溢れる幸福に溺れてしまった私は、その場で気を失ってしまったらしい。


 プルトニウムはもう、どうでもよかった。

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