あの大量殺人事件の真相をお話しします
鬼霧宗作
プロローグ
じりりりり――じりりりり。
そこまで激しくはないが、決して小雨とはいえない雨がビニール傘を叩き、藤宮商店の公衆電話の呼び出し音が呼応するかのように響いた。真夜中の雨の中、街灯の中にぽつりと浮かび上がった肌色の公衆電話は、その古びた風体もあって不気味に見えた。
じりりりり――じりりりり。
鳴り続ける呼び出し音に、彼は首を横に振った。公衆電話は基本的にかけるために使用するものであって、電話がかかってくる場面に遭遇することは珍しい。もっとも、電話番号そのものは存在しているらしいから、電話がかかってくるのは現実的にはあり得ることではあるが、そのほとんどが間違い電話に違いない。
誰かが受話器を取るのを待つかのごとく、一定のリズムで響く呼び出し音。時間帯が深夜だということもあり、また自身の酔いも冷めていなかったため、一度は無視をして自宅へと歩き出しはずだった。けれども彼は思い直して公衆電話の前へと戻る。
間違い電話だとしても、こんな深夜に電話をかけるということは、その相手はかなり切羽詰まった状況にあるはずだ。もしかすると助けを求めて電話をかけたなんてこともないとはいえない。無視をするのが一番なのであろうが、まだ酔っていたことも手伝ってか、彼は妙な義務感と共に受話器を取った。
「もしもし?」
恐る恐る受話口で漏らすと、電話の相手は慌てた様子で喋り始める。
「もしもし! 夜分遅くに申し訳ないが、えらいことが起きた。電話帳から手当たり次第にかけているから、他の人から連絡が行っていても勘弁してくれ!」
「あの――。これ、藤宮商店の……」
藤宮商店前の公衆電話であることを伝えようとするが、電話の相手は聞く耳持たず。こちらの雨音が激しくて、彼の声が聞こえないのかもしれない。
「慌てないで聞いてくれ。
そこで言葉が途切れる。チャンスとばかりに口を開こうとしたが、その刹那、恐ろしい言葉が受話器から漏れ出した。
「殺せ。例え家族だとしても、寝訃成は殺さにゃいかん。いいな!」
――寝訃成とは、一体何のことなのであろうか。それが分からないとしても、家族を殺せとは物騒な話である。
もしかすると、この電話の相手は人間ではなく、俗にいう幽霊などの類なのではないか。そう考えると、別の意味で背筋が冷たくなる。しかし、村の
「……その、寝訃成って?」
率直な疑問をぶつけると、電話の相手はあからさまな舌打ちをする。
「爺ちゃんか父ちゃんに聞け! どっちかが必ず知っとる。とにかく、お前さんが知らんのなら、家の人に伝え……さっさと殺さんと商売繁盛もままならんからな、ハハハハハ」
途中で急に電話の相手の言葉が意味不明なものになった。言葉の意味は分かるが、何を言いたいのか分からない。機械的な笑い声が不気味だった。しかも、カセットテープが伸びてしまったかのように、なんだかひどく声が歪んでいたようにも聞こえた。
「もしもし? もしもし?」
受話器に向かって呼びかけるが、返ってきたのは受話器を乱暴に置いた音だけだった。残されたのは、雨よけになっていない傘をさして、そっと受話器を置いた彼と、激しく降り続ける土砂降りの音だけだった。
酔っ払っている時特有の浮遊感と高揚感はあるものの、かなり酔いがさめてしまっていた。深夜の電話。しかも内容は一方的で物騒なもの――。これを不気味に思わないほうがおかしい。
彼は一歩、二歩と
暗闇に支配された玄関。引き戸を閉じると、がらがらと音を立てた。そして、静寂――屋根に叩きつけられる音は騒々しいものの、その中にありながら訪れた静寂。しんと静まり返った廊下は、彼の知ってる廊下でありながら、どこかよそよそしいような風体を見せていた。
家族はすでに寝静まっている。彼は玄関で息を整えると借りてきた傘を傘立てへと差し、音を立てないように風呂場へと向かった。靴下を脱ぎ、タンスの中から替えの下着とタオルを取り出すと、簡単に体を拭いてから二階の自室へと向かう。
部屋の電気を点けて服を脱ぐと、改めてしっかりと体を拭く。下着を替えて部屋に脱ぎっぱなしだった寝間着に着替えた。騒々しさの中にある騒音が気味悪くて下の階に降りて洗濯機の中に突っ込む勇気もなく、濡れた衣服は窓際のハンガーへとかけた。
ぽたり、ぽたりと水滴が落ち、彼は仕方なく体を拭いたタオルを、窓際の床へと敷いた。そんなことをしてしまうほど、先ほどの電話は不気味で、本能的な恐怖を感じる何かがあった。
――寝訃成が出た。もしも、家族が寝訃成になっていたら殺せ。
そもそも寝訃成が何であるかが分からないが、なんだか不吉であるものだということは、電話の相手の口調と緊迫感で分かった。
あの電話は何だったのだろうか。変な義務感で電話に出たりしなければ良かった。久々に帰郷した彼を、仲間達がパーティーを開いて歓迎してくれた。気持ち良く帰れると思っていたのに、あの電話の後味の悪さのせいで台無しだ。
買い置きの煙草の封を切ると、一本くわえて火を点ける。小学生の時に買ってもらった学習机の上から、これまた高校生の頃から使っている灰皿を手に取る。
未成年は禁止されているのに、煙草に手を出した高校生の自分は、つくづく馬鹿だったと思う。おかげで30代手前の今でも煙草は手放せない。格好をつけたいばかりに手を出したが、健康には悪いし金もかかる。それに、ちっとも格好良くない。
布団の上にあぐらをかいて紫煙を
煙草を灰皿で揉み消すと、学習机の上へと灰皿を戻す。電気を消して布団に横になった。
きっと変な酔いかたをしてしまったのだ。藤宮商店の電話を取ったのは事実であり、相手の言葉が耳にこびりついているというのに、彼は全てを酒のせいにして眠ろうとする。
あれだけ奇妙なことがあったにもかかわらず、酒が入っていたせいか、すうっと眠りへと誘われた。
何かの間違いだったのか、もしかすると悪戯電話だったのかもしれない。いいや、もしそうなら商店の公衆電話などという、誰も出ないであろう番号にかけるだろうか。徐々に意識が薄れゆく中で、彼は自問自答を繰り返す。
どうしても気になる――。それも、表面上ではなく本能の最深部のような部分で。しかし、彼を誘う強力な眠りには勝てなかった。
――そして目覚めた時、彼こと
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