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「美和子、俺が受け止めてやる。さぁっ!」


 スガヤドンのせがれがそう言うが、窓のサッシに足をかけた影は首を横に振る。スガヤドンのせがれでさえ、すぐに跳べなかったのだ。ゴロウシチの嫁が跳べないのも無理はない。だが、寝訃成は待ってくれない。まだ懲りずに荷台へと上ろうとしてくる。


「スガヤドン!」


 山村は叫ぶと安全装置を外し、窓から手を伸ばして単身自動装填式の散弾銃を荷台のほうへと差し出した。わけが分からないが、とりあえず差し出されたから受け取ったという様子のスガヤドンのせがれ。それが猟銃であることが分かったのか、困ったような顔を山村に見せた。


「山さん。俺、こんなもんの扱い方なんて分からないよ――」


「自動装填式の散弾銃だ。何もしなくとも、3発までは自動で装填される。安全装置は外してあるから、後は引き金を引くだけだ。俺も全部は面倒見きれん! ゴロウシチの嫁と自分の身はお前が守れ!」


 猟銃の扱い方が分からないことなど百も承知。まず素人では、まともに撃つことさえままならないであろう。しかし、散弾であるがゆえに、そこまで狙いの精度は必要とされない。標的に向かって撃つことさえできれば、多少狙いが外れても飛び散った散弾が標的を捉えてくれる。特に囲まれているような状況なら、その特性を大いに発揮することだろう。デメリットがあるとすれば、せいぜい反動でスガヤドンの肩が外れる程度だ。


 山村は自分の猟銃に手早く弾を補填すると、スガヤドンのせがれに加勢するために、銃口を窓から荷台のほうへと向ける。思わず舌打ちをしてしまった。ここから狙うと位置的な関係で、スガヤドンのせがれまで巻き込んでしまう恐れがある。広範囲の攻撃が可能であるがゆえに、その範囲を絞り込むことができない欠点が、ここにきて山村を阻んだ。


「早く跳べっ! もう、そこまでもたんぞ!」


 ゴロウシチの嫁に向かって叫ぶと、彼女はどういうわけか窓から家の中へと姿を消してしまう。こんな時に何をしているのだ――。嫌でも山村の中に焦燥感が広がる。


「山さんっ!」


 スガヤドンのせがれが、山村に助けを求めるかのごとく、運転席のほうへと荷台の上を後退る。寝訃成が二人ほど上ってきているが、彼はへっぴり腰のまま猟銃を構えるだけであり、引き金を引こうとしない。援護射撃をしようにも、彼が邪魔になって狙いをつけることができなかった。


「スガヤドン! 助手席のほうに寄れ! そこにいるとお前まで巻き込む!」


 斧を持った寝訃成と果物ナイフらしきものを持った寝訃成は、ゆらゆらと体を揺らしながら、スガヤドンのせがれへと近付く。


 猟銃を扱うのが初めてだとしても、引き金を引くことくらいできるはず。ましてや、武器を手にした寝訃成どもが迫っているのだ。引き金を引かなければ彼の命が危ない。――それなのに、なぜ撃たないだ。焦燥感が苛立ちへと変わる。引き金を引くつもりがないのであれば、せめて狙いがつけられるように、助手席のほうへと荷台の上を移動して欲しいのであるが、スガヤドンのせがれは、それすらもしようとしない。


「何をしているんだっ! 死にたいのか?」


 山村が怒号を飛ばすと、スガヤドンのせがれが小さく首を横に振った。そして、どうして引き金を引こうとしなかったのか、どうして助手席のほうに寄ろうとしないのかが明らかとなる。


「お、親父なんだ……。親父と、お袋なんだよ」


 スガヤドンのせがれの言葉には、恐れと困惑の混じった悲しみのようなものが詰まっていた。言われてようやく、荷台の上にいる寝訃成どもが、彼の両親であることに気付いた山村。身の危険を感じながらも、まだ大切な人を庇おうとする姿を見て、いたたまれなくなった。引き金を引こうとしないのも、助手席側へとよけて山村に狙いをつけさせようとしないのも、全ては両親を守るためだったのだ。


「そいつはもう、お前の親父でもお袋でもない。寝訃成という化け物なんだ! いいからそこをどけ!」


 スガヤドンのせがれ――いいや、家長が寝訃成と化したのであれば、すでに彼こそがスガヤドンだ。そんな彼に、両親を撃ち殺すような真似をさせるわけにはいかない。手を汚すのは自分だけでいい。例え、後になってから恨まれることになったとしても、彼の命を救うことに比べれば安いものだった。


 スガヤドンがどかないのであれば、トラックから降りて別の角度から狙いをつけるより仕方がないだろう。そう考えた山村がドアに手をかけようとすると、スガヤドンがもう一度だけ小さく首を横に振った。そして、素人ながらも狙いをつけるかのような仕草を見せる。


「親父……お袋。ごめん」


 寝訃成のいびきや歯ぎしりに混じって、その呟きだけがはっきりと山村の耳へと届いた。刹那、凄まじい銃声と共に、スガヤドンが大きくのけぞった。銃口から立ちのぼる煙が、松明の灯りの中へと吸い込まれて消える。


 一度に吹き飛んだ寝訃成――スガヤドンの父親と母親。銃撃の反動に抗えず、スガヤドンは荷台へと倒れ込んだ。


「――もう、なんなんだよこれっ!」


 仰向けに倒れたスガヤドンの悲痛な叫びが、白み始めていた空へと響いた。せめて自分の手で葬ってやろうとしたスガヤドンの痛みが伝わってきた。


 散弾銃を右手でしっかりと握り締め、左手で顔を覆い隠して嗚咽を上げる彼に、山村は何と声をかけていいのか分からなかった。


 スガヤドンの両親が吹き飛ばされた――いや、殺されたことで、寝訃成どもの攻撃の手が緩む。山村もすでに何人か撃ち殺していたし、こちらに散弾銃が二丁あることを知らしめたことが、手荒な牽制力となって働いたらしい。トラックに群がっていた寝訃成達どもが距離を置くようにして離れる。


 タイミングを見計らっていたかのように、ゴロウシチの嫁が窓から顔を出す。仰向けに倒れたまま嗚咽を上げるスガヤドンの姿に驚いたようだったが、それが窓から飛び降りるきっかけになったようで、ゴロウシチの嫁もようやく荷台へと飛び降りた。


 着地に失敗して尻餅をついてしまったが、それすら気にも留めない様子で「ダイちゃん。顔色が悪いよ――」と、スガヤドンの元へと向かう。ゴロウシチの嫁が家の中へと姿を消した時はどうなるかと思ったが、これでなんとか二人が揃ってくれた。


 助けるべき人間は助けたようだし、もはやここに留まる理由はない。脱するには絶好のタイミングであろう。山村はギアを入れてクラッチを開くと、トラックを前進させる。


 地面がぬかるんでいるがゆえに、あまりスピードは出せない。ぬかるみにタイヤがとられるわけではなく、ぬかるみの深みにはまることを回避するためだ。今は距離を置いているものの、これでタイヤがぬかるみにはまろうものならば、また寝訃成どもが群がってくるかもしれない。散弾銃による牽制力を信じたいが、両親を撃ち殺したショックで、しばらくスガヤドンは動けそうにない。それを寝訃成共に悟られると厄介だ。


 山村の心配は杞憂に終わり、ぬかるみにはまることなくトラックは藤宮商店の脇道を抜ける。松明が遠巻きにトラックを眺めていたが、追いかけてくる様子はなかった。どうやら、危機を脱することができたようだ。ゾンビ映画ならば、タイヤがぬかるみにはまって、もうひと山場あってもおかしくないような状況だったのだが。


 メインの通りへと出ると、山村は周囲に寝訃成がいないことを確認してから、トラックを路肩へと寄せる。このような状況なのだから、わざわざ路肩に寄せる必要もないのであろうが、常日頃からの癖というものは、中々抜けないものだ。


 トラックを降りると、散弾銃を構えながら荷台のほうへと向かう。荷台にはいまだに仰向けになっているスガヤドンと、心配そうに寄り添う、ゴロウシチの嫁の姿があった。

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