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 山村は助手席の上下二連式散弾銃を手に取ると、開いた窓から銃口を外に出してからクラクションを鳴らした。すると、不規則な点滅を繰り返していた部屋の窓が開き、人影がこちらに向かって手を振った。逆光になっていて誰なのかは分からないが、どうやら影はふたつのようだ。


「おーい! 助けてくれ!」


 いびきと歯ぎしりに混じって、確かに助けを求める声を聞いた山村は、ギアを入れてトラックを急発進させた。藤宮商店の脇道へと向かう。


 先ほどから繰り返されていた電気の点滅。実は一定の規則性を持って点滅を繰り返していた。短く点灯して消灯、また短く点灯して消灯というパターンを三度、その後に少し長めの点灯と消灯を三度、再び短い点灯と消灯を三度。文字に書き起こすのであれば『トントントンツーツーツートントントン』だ。電気の点滅は、モールス信号に於ける【SOS】を意味していた。


 寝訃成にモールス信号を打つ知恵などあるだろうか。仮にあるとしても、この状況で助けを求めるべきは寝訃成ではない。窮地に追い込まれたまともな人間なのではないだろうか。


 ギアをバックに入れて、後ろ向きに脇道へと入った。山村の記憶では、脇道の道幅はギリギリであり、入った先で転回できるようなスペースはなかったはずだ。何よりも、夜半に降った雨の影響で地面がぬかるんでいるようだった。ギアを1速に入れてのぼるよりも、バックでのぼったほうがパワーがあり、安定感もある。


 思い切りアクセルを踏み込み、傾斜のある脇道を一気にのぼる。運転席がわのサイドミラーが藤宮商店の壁に当たり盛大に砕け散ったが、そんなものはお構いなしだ。


 分かりきっていたことであるが、家の前にはいくつもの人影が見えた。その数だけ松明の灯りが揺らめいている。それらは助手席のサイドミラー越しに見ても不気味な光景だった。


 唸りを上げるエンジン音に混じって、いびきと歯ぎしりの音も大きくなる。そして、松明の灯りに照らされた寝訃成達が、こちらのほうへと振り返った。気付かれることは承知の上であるし、こそこそするつもりはない。山村はアクセルを緩めずに、松明が揺らめく中へとトラックを突っ込ませた。逃げるようにして松明の灯りがトラックを避ける。


 山村が銃口を向けた時もそうだったように、ゾンビ映画のゾンビとは違い、寝訃成は身の危険を回避しようとする傾向にある。すなわち危険をしっかりと察知することができるわけであり、ゆえに牽制が有効となる。トラックが突っ込んでくれば、轢かれぬように回避しようとするであろうことは見越していた。


 ようやくトラックが斜面をのぼり切ると、山村は窓から身を乗り出し、まだ家の前に残っている松明の灯りに銃口を向けた。


「お前ら動くなよっ! 動いたら迷わず撃ってくれる!」


 やはり牽制は有効のようで、いびきと歯ぎしりの音は大きくなるものの、松明はトラックを遠巻きに取り囲んだだけ。一定の距離を保ったまま近付いてこようとはしない。


「助けに来たぞ! 出てこい!」


 猟銃を構えながら叫ぶと、玄関の上にある部屋の電気が点き、窓から二人の人間が顔を出した。そして、光の具合のおかげで、ようやくそれが誰だったのかが明らかになった。


「山さん!」


 あの店で再会を果たし、そして酌をしてもらったのは偶然ではなかったようだ。窓から顔を覗かせたのは、スガヤドンのせがれこと芒尾大輔と、ゴロウシチの嫁である佐武美和子だった。スガヤドンのせがれはもちろんのこと、ゴロウシチの嫁とも、あの時に顔を合わせていた。運命めいたものがあったとしか思えない。


 幸いなことに、寝訃成達は山村の牽制によって動きを止めている。今ならば、彼等を助け出すことは難しくない。しかし、単身でトラックを降りて助けに向かうのはリスクが高いだろう。トラックという機動力を失えば、猟銃を奪おうと襲いかかってくる寝訃成が出てくるかもしれないからだ。かといって、スガヤドンのせがれ達に、玄関から出てくるように促すのも危険だ。機動力と攻撃力が備わっているからこその牽制であり、玄関から丸腰で出てきた彼等が襲われない保証はない。


 ここから彼等を助け出すには、どのような方法が適切なのか――。そんなことを考えていた山村に、予期もしなかった事態が襲いくる。これまで遠巻きにトラックを取り囲んでいた寝訃成の一部が、雄叫びを上げながらトラックに群がってきたのだ。


 猟銃による牽制を絶対的に信じていた山村は、運転席に座り直してクラッチを開き、アクセルを踏んだ。タイヤが少しばかり空回りした後、トラックは勢い良く後ろへと下がる。嫌な音と衝撃がトラック越しに運転席へと伝わってきた。ばきりと、何かが折れるような音と同時にタイヤが何かに乗り上げた。悲鳴のようなものが聞こえたが、聞こえなかった振りをした。


 上手いこと牽制したつもりだったのに――。トラックが動いたことに、そして恐らく人が轢かれたという事実にも臆することなく、運転席へと寝訃成どもが群がってくる。山村は迷うことなく猟銃の狙いをつけた。こいつらはゾンビ映画のゾンビのように馬鹿ではないようだが。


「死にたいやつはかかってこい! 望み通りにあの世に送ってやる!」


 引き金を引いた。散弾が弾け飛び、運転席へと手を伸ばしていた寝訃成どもが、玩具のように吹き飛ぶ。返り血が口に入った山村は、それを唾と共に勢い良く吐き出す。硝煙の匂いが鼻をついた。


「そこから跳べっ! そうするより他に方法はない!」


 考える時間があれば、そして絶対的な牽制の効果が持続していれば、もっと他の方法が見つかったことであろう。しかし、どういうわけか寝訃成どもは牽制を振り払って襲いかかってきた。トラックの中から猟銃を手に応戦したところで、数では寝訃成どものほうが勝っている。山村が籠城する城が陥落するのも時間の問題であろう。あまり時間がない。そう考えると、二階の窓からトラックの荷台に飛び降りて貰うのが一番手っ取り早い。


 二人は踏ん切りがつかないようで、スガヤドンのせがれが窓のサッシに足をかけたものの、飛び降りようとはしない。寝訃成が群がるところへと飛び降りるのを躊躇ちゅうちょしているのか、それとも単純に二階から飛び降りる勇気がないのか。


「そこから落ちたところで死にゃあせん! それとも、ここでこいつらに殺されたいか?」


 もう一発――今度は荷台に上ろうとしていた寝訃成に向かって引き金を引く。随分と迷いが無くなっているのは、きっと暗闇と松明の灯りの具合で、寝訃成の顔がはっきりと見えないからだ。もし、顔が見えていたら、いくら覚悟を決めた山村でも、引き金を引くことを迷ったことであろう。


 山村はすっかり慣れていたが、耳をつんざく炸裂音が暗闇へと吸い込まれる。ほぼそれと同時に、荷台に上っていた寝訃成が、大の字のまま後方へと吹き飛ばされた。荷台は寝訃成どもの血でまみれて、少しばかり乗り心地が悪いかもしれないが、贅沢など言っている暇はない。


「早く! こっちの弾にも限りがあるっ! 一緒に来ないのなら置いて行くぞ!」


 このままでは長く持たない。銃弾にも限りはあるし、ここに長居しないことに越したことはないだろう。急かすように怒鳴ると、ようやく決心がついたのか、スガヤドンのせがれがトラックの荷台へと飛び降りた。


 ずしん、という振動と共に、スガヤドンのせがれが荷台へと降り立つ。随分と高いところから飛び降りるような錯覚には陥るだろうが、実際にはトラックの車高もあるため、よほどのことでもない限り怪我をする高さではない。スガヤドンのせがれも怪我ひとつなくトラックの荷台へと飛び降りたようで、すぐに体勢を直して家の二階に向かって両手を差し出した。

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