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【2】


 家のほうに戻ると、玄関の前に停めてあったトラックに飛び乗り、隣接する小屋の前へとバックする。サイドブレーキを引くとトラックを降りて、小屋の中から武器になりそうなものを掻き集めて、荷台へと運んだ。


 単身自動装填式の散弾銃と予備の銃弾、獲物を解体する際に使用する骨スキ包丁、折り畳み式のスコップ。とにかく武器になりそうなものを、手当たり次第に荷台へと乗せる。散弾銃を放置するのは少しばかり不安だったため、単身自動装填式の散弾銃は、上下二連式の散弾銃と共に助手席へと積んだ。


 山村のトラックは2tトラック。最近になって軽トラックから買い換えたばかりのものだった。荷台も軽トラックに比べて広く、これならば寝訃成になっていない人間を見つけた時に拾ってやることができる。このような状況を想定したわけではないが、良い買い物をしたものだ。


 ある程度のものをトラックに積み終えると、山村は家の中へと飛び込み、炊飯釜の中の米を全部握り飯にした。かなりの数になったそれをアルミホイルで包む。続いてペットボトルというペットボトルをかき集め、それに水を詰めた。狩猟用の荷物入れは、ペットボトルと握り飯で埋め尽くされた。この状況がどれだけ続くか分からない以上、備えがあるに越したことはなかった。


 準備を終えると、山村はリュックサックを担いで「いってきます」と呟いた。当然、誰からも返事は無かったが、これは必ず生きてこの家へと戻るための願掛けのようなものだった。ここに戻れなくなるようなことにならないための、せめても抵抗だった。家から飛び出すとトラックに飛び乗った。


 まずは役場のほうへと向かってみよう。近くに駐在所もあることだし、無事な村人が向かうとすれば、恐らくその辺りだ。他に公民館や小学校も有事の際の避難場所として考えられるが、小学校は村の入り口付近にあるから距離があるし、公民館には鍵がかかっていて、特定の人物しか鍵を持っていない。そこに人が集まるとは思えなかった。


 山村はサイドブレーキを外し、家の前でトラックを旋回させると、ついさっき駆けのぼってきた坂道へと走らせた。とうとう一階部分まで火の手が回ってしまった【なか屋】の前を通り過ぎ、役場へと通じる農道をひた走る。


 赤沢村は大半が農業で成り立っている村であるため、辺りは延々と田園風景が続く。今走っている道を抜ければ民家が密集する集落へと出る。そこを抜けると役場前の交差点はすぐそこだ。


 問題は民家が密集している集落だった。この辺りでは唯一の百貨店である藤宮商店を中心に、民家がところ狭しと建ち並ぶ集落。藤宮商店前の道は役場前の交差点にぶち当たるため、村ではメインストリート扱いだ。この通りに衣料店や床屋などもあり、村の中では人口密度が高い。すなわち、それだけ寝訃成と遭遇する恐れがあった。


 この村は役場前の交差点を中心として東西南北にそれぞれの集落を構える形になっている。そもそも山の中腹部を切り拓いてできた村であるため、北部から東部にかけては急な上り斜面に囲まれ、西部は切り立った崖ばかりの渓谷となっている。南部から山を下る形で伸びている道を走り、トンネルを抜けると、ようやく国道へと繋がる道へと出る。車の通れない獣道は数多くあるものの、トンネルが崩れたら孤立してしまうような立地である。


 ぽつり、またぽつりと点在する外灯を頼りに、所々にガタがきている道を進む。問題の集落が見えてきた辺りで、山村は舌打ちをひとつ。予想はしていたものの、寝訃成が動き出している傾向が遠くからも確認できた。時間帯が時間帯であるにも関わらず、一部の民家には灯りが点いているのが確認できる。窓を開けてみると、小雨に混じった生暖かい風に乗って、喧騒のようなものが聞こえたような気がした。


 寝訃成が人を襲っているのか、それとも状況を把握した人々が武器を手に取り、寝訃成と戦っているのか。どちらにせよ、下手をすると昼間より賑やかな雰囲気が集落からは漂っていた。そこまで民家のない山村の近所でさえそうだったのだ。これだけ民家が密集している場所で寝訃成が出ないわけがない。


 辺りを警戒しつつ、少しばかりスピードを落としながら進むと、案の定というべきか道端に倒れている人間をヘッドライトが照らし出した。この時間だから寝込みを襲われ、集落の入り口まで逃げてきたのであろう。寝巻き姿に裸足のままうつ伏せに倒れている女性らしき遺体の頭には、農耕の際に使用するクワが突き刺さっていた。顔は見えないが体つきからして若い。なんとも酷い光景だった。山村は心のなかで冥福を祈りつつ、その場を通り過ぎた。寝訃成は山村が思っているよりも早く、この村を地獄絵図へと変えようとしている。


 本音を言えばトラックを停めて、せめて人目につかないところに運んでやるくらいのことをしてやりたかった。あいにく、線香までは持ち合わせていなかったものの、弔えるものならば弔ってやりたかった。


 しかし、しかしだ――。いつ酒を呑みに行っても笑顔で出迎えてくれ、遅くまで呑んだくれても暖簾を片付けず、しまいには付き合い酒までしてくれた中町夫妻でさえ、まともに弔ってやれていないのだ。今は死んでしまった人間を弔うよりも、その元凶となっているものを叩くことが、死んだ人間への手向けへとなるのではないか。そして、何よりも生き抜くことこそが、残された者に課せられた使命だ。


 山村が救うのは生きている人間のみだ。二兎追う者は一兎も得ず。死人を見つけては弔うを繰り返している間に、新たな犠牲者が出てしまうかもしれない。優先すべきは生者であり死者ではない。だから、死者は捨て置く他に仕方がないのだ。


「……くそっ!」


 どうして、こんなことになってしまったのか。山村は無性に腹が立って、思わずハンドルを拳で強く叩いた。クラクションが周囲へと鳴り響く。しまった――と後悔した山村であったが、まだ集落へと入る前だったおかげか、寝訃成達に気づかれた様子はなかった。


 生きている者がいれば拾ってやりたい。集落へと入ると、山村はさらにトラックのスピードを落とした。さっさと通り抜けてしまえば危険は少ないが、こんな地獄絵図に取り残された人間がいると思うと、そうせざるを得なかった。


 ふと、藤宮商店が見えてきた頃のことである。開け放っていた窓から、明らかに喧騒と思われる音が飛び込んでくる。いびき、そして歯ぎしり――。しかも一人や二人のものではない。少なくとも十数人の気配を感じる。藤宮商店から少しのぼったところにある家の二階の電気が、不規則に点灯を繰り返していた。山村の記憶が正しければ、そこはゴロウシチという屋号の家だ。


 山村は周囲に寝訃成の気配を感じながらも、とりあえず目視できる範囲には人影が無いことを確認してからトラックを停めた。その間も、山村の視線の中で不規則な点灯は繰り返されていた。


 山村の脳裏に【なか屋】の光景がよみがえった。あの時のように、寝訃成が組織立った行動を見せているのだろうか――。それに、あの不規則な電気の点滅は、そこに人が……まともな人間がいることを物語っているのではないか。

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