5
「花巻君……その、石野君と加瀬君は?」
加賀屋は花巻と一緒に石野と加瀬がいたことを知っている。それに、作業小屋で待つように指示を出したのは加賀屋なのだから、きっと花巻達の安否を誰よりも心配していたに違いない。それなのに、いざ合流してみたら三人が揃っていない。加賀屋がその辺りのことを聞いてこないわけがないのだ。
「あいつらは――」
花巻が口を開きかけた時のこと。岬が突然花巻の前にやってくると「ごめんなさい」と頭を下げた。突然のことに花巻が呆気にとられている間に岬は続ける。
「私がもう少し早く助けに入っていれば、彼らは助かったのかもしれない。私がもう少し様子を見よう――なんて思わなかったら、彼らは助かったのかもしれない。全て私の判断ミス。まずいと思った時にはもう遅かった」
花巻が伝えなければならなかったことを、岬が肩代わりをしてくれた。それを嬉しく思う反面で、なんだか自分が情けないようにも思えた。仲間の死すら伝えられず、歳上とはいえ女子に代弁してもらうなんてダサ過ぎる。
「――君のせいじゃないよ。そんなことを言ったら、僕が作業小屋で待っているように指示したことが間違っていたんだ。それに花巻君が無事なのは君のおかげだろうし」
加賀屋はそう言うとうつむいてしまった。責任を感じているのだろうが、残念なことに今の花巻にはフォローしてやれる余裕なんてなかった。親友が死んだことを受け入れられない自分がいた。
「さっきの銃声で作業小屋のほうの寝訃成に気づかれたでしょうし、ここに留まるのはよろしくありません。とりあえずここを離れましょう。一応、あてがありますので」
言葉の端々から、石野と加瀬が死んでしまったことは充分に伝わったのだろう。自然と重苦しくなっていた空気を払拭するかのごとく、快晴がエンジンをふかした。確かに、まだ危機を脱したとはいえない状態だ。
「ひとつだけお前達に言っておくが、誰かのせいだとか、誰かの責任だとか、そんなことは考えんでいい。悪いのは寝訃成だ。いいな?」
山村が念を押すように、周囲をぐるりと見回しながら言った。その言葉ひとつだけでも、なんだか救われたような気がした。石野と加瀬の最期を目の前で見届けることになってしまった花巻。その光景がトラウマになることは間違いないし、しばらくは夢に見ることだろう。でも、それを変になった大人達――山村の言葉を借りるなら寝訃成と呼ぶみたいだが、全てそいつらのせいだと考えると気が楽になる。責任転嫁でもなんでもなく、実際に石野と加瀬を殺したのは、明らかに様子のおかしくなった大人達なのだ。一同は無言で頷いた。
「振り落とすほどスピードを出すつもりはありませんが、ちょいと悪路を通ったりもしますから気をつけて下さいね」
快晴の言葉と一緒に、軽トラックは走り出した。じっとりと湿った空気が体にまとわりつく。村の異様な空気もそれに混じり、なんだか生臭いような気がした。
「あてがあると言ってたけど、どこに向かうつもりなんだ?」
荷台の中でも運転席に近かった芒尾が問うと、運転席から快晴の声が返ってくる。
「詳しいことは姫に聞いて下さい! 私は運転に集中しますんで!」
運転に神経を集中させることに加え、変になった大人達――寝訃成とやらを警戒しなければならないのだから、快晴の仕事は多い。代わりに快晴から話を振られた岬が、小さく頭を下げた。
「ここにおられる方はほとんどご存知でしょうが、私は近衛岬――紀宝寺の一人娘です。運転しているのは飯田快晴。紀宝寺の僧侶です」
わざわざ自己紹介するまでもなかったが、お互いに軽い自己紹介をする花巻達。言ってしまえば、ここにいる人達は運命共同体のようなもの。そういう意味合いを含めて、改めて自己紹介をするのは悪くなかったと思う。
「私達が異変に気づいたのは、日付が変わってすぐのことだったと思います――」
花巻達は作業小屋で今回の惨劇に巻き込まれてしまったわけだが、岬達は岬達で大変だったようだ。
岬は部活動の都合で帰りが遅く、昨晩もかなり遅い帰宅になったらしい。弓道の大会が近いこともあり、帰宅が遅くなることはざらにあったそうだ。岬は小さい頃に母親を亡くしており、寺に隣接する家で住職を務める父親と二人暮らしをしている。岬の帰りが遅い時などは、父も適当に食事を済ませていることが多く、岬も一人で食事をすることがお決まりだった。昨日もいつも通り、自分で何かを作ろうと冷蔵庫を開けてみたが、買い置きしておいた食材がほぼないことに気づいた。普段は岬が学校帰りなどに買い物をするのだが、忙しさにかまけてすっかり買い物をさぼっていたことが招いた事態だった。
当然ながら田舎の村。コンビニエンスストアなんてものはないし、遅い時間になってから買い物なんてできる場所がない。街に出ればコンビニエンスストアもあるが、しかし往復でかなりの時間がかかってしまうし、何よりも外は雨だ。通学用に使っているバイクで外に出る気にもなれない。
諦めて寝てしまうという選択肢もあったのだろうが、大会前ということもあって不摂生は避けたい。そこで岬が向かったのは寺の
大庫院に向かうと、珍しく先客がいた。すでに僧は寝静まっているはずの時間帯。明かりが漏れる大庫院を覗くと、そこには世俗にすっかり染まった生臭坊主が、頬を真っ赤にして一人で酒宴を開いていたとのこと。表向きは好青年で通っているだけに、この男の所業には相変わらず呆れる――。溜め息を漏らした岬の視線は、自然と運転席のほうに向けられていた。
大庫院で一人だけの酒宴を開いていた快晴は、すでに大庫院の食材を勝手に使い、酒の肴を何種類か作っていた。他の僧に見つかったら怒られるだろうに、その辺りのことはうまくやるから快晴はタチが悪い。そう思いながらも共犯者となった岬は、快晴から酒の肴を分けてもらい、それを食することで夕食とした。
「その後、いつも通り自宅に戻り就寝しました。けれども深夜になって快晴に叩き起こされ、寺の者が私と快晴を除いて寝訃成になってしまったことを知りました。寝訃成のことはあらかじめ父から聞かされていましたけど、こうなるまではお伽話だとばかり思っていました」
岬は寝訃成のことを知っていたようだが、その存在は信じていなかったようだ。それを目の当たりにした花巻でさえ、いまだに受け入れられずにいるのだ。それだけ常識では考えられないことが起きているのであろう。
「それからのことはあまり詳しくお話しできません。お察しいただけるとありがたいです」
きっと、寝訃成となった僧達――そして、父でもある住職達とやり合ったのであろう。誰も岬に突っ込んで話を聞こうとはしなかった。ここにいる誰もが、今にいたるまでに辛い思いをしているのだろうから。
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