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「まぁ、色々とゴタゴタがありまして、私と快晴は寺を出ることにしたのです。そして、手分けをして生存者の方々を探すことにしました」


 逃げようと思えば村の外に逃げることだって可能だっただろうに、生存者を探しに村を奔走するなんて、花巻には信じられなかった。少なくとも、村の異変の正体をなんとなく理解してしまった今となっては、一刻も早く村の外に逃げ出したかった。親友の死もあり、花巻はすっかり憔悴しょうすいしきってしまっていた。他人のことなんて考えている暇などない。


「――言っておきますが、村の方々を助けなければならないという使命感があってやったことではありませんから、あしからず」


 岬達の真似は絶対にできないだろう――そう思っていた花巻であるが、どうやら岬達は慈善的な意味合いで生存者を探し求めたわけではないようだった。寺の一人娘であろうが、坊さんであろうが、このような事態の時は、人のことなど構っていられないのが現実というものだろう。


「岬ちゃん。つまり、僕達を助けたことには何かしらの意図があるってことだよね?」


 加賀屋の問いかけに迷った様子もなく首を縦に振る岬。あまりにもいさぎよくて気持ちいいくらいだ。口振りがややかしこまっているのは、花巻だけではなく大人も相手にしているからなのであろう。普段からそのような言葉遣いを心がければ、もしかしたら【番長】などというあだ名を頂戴することもなかっただろうに。


「その口振りですと、村の出口――赤沢トンネルの辺りがどうなっているのかご存知ないようですね」


 赤沢トンネルとは、村と外を繋ぐトンネルのことだ。赤沢村に街からアクセスするには、必ずこのトンネルをくぐらねばならない。逆に村から外に出るためにも、必ずくぐる必要のあるトンネルである。


「そっちのほうはまだ確かめていないが、具体的にどうなっているんだ?」


 山村の問いに岬は小さく溜め息を漏らす。そして、花巻達にとって――いいや、この村にいる生存者にとって、実に好ましくない事実を口にした。


「ほぼ封鎖されていると考えたほうがいいです。トンネルの出入り口には工事用フェンスが置かれ、トンネルの中には自動車が何台も停められていてバリケード代わりになっています。それに、あの辺りの寝訃成の数は尋常ではありません。まるで、私達を村から出すまいとしているような印象を受けました」


 村と外を繋ぐ唯一の生命線である赤沢トンネルが、寝訃成に占拠されたと考えればいいのだろうか。だとすれば、村から外に脱出するのはかなり困難となる。


「戦力的に考えても二人で突破できるような寝訃成の数じゃない。それに対抗するには、あいつらとやり合えるだけの戦力が必要だった――ってところか」


 芒尾の言葉に岬は頷き、しかし「でも――」と続けた。


「理由はそれだけではありません。赤沢トンネルを突破するために人数が必要ということに間違いはありませんが、それは戦力的な意味というだけではなく、他にも理由があるんです」


 生存者を探して回っていたのは、純粋に戦力が欲しかったから――というわけではなさそうだ。では、他にどんな理由があるのだろうか。


 軽トラックが大きく跳ねる。振り落とされないように各々が荷台のあおりなどに手をかけてバランスを保つ。どうやら悪路へと入ったみたいだが、それと同時にぽつりとぽつりと雨が当たり始めた。花巻達は屋根のない荷台に乗っているため、雨足が強くなるのは勘弁して欲しいところだ。


「まどろっこしいのは御免だ。さっさと本題を話してくれ」


 近所で有名なカミナリ親父は、説教よりもまずゲンコツが飛んでくるほどせっかちだ。もっとも、普段から恐れている人物が味方になった時ほど心強いものはないということは身をもって知ったが。


「結論から言ってしまうと、私どもはこれより旧公民館へと向かいます」


 旧公民館は北部の山沿いにぽつんと建っている施設だ。花巻が小さい頃はそこが村の公民館として機能していたのだが、新しい公民館が役場の近くにできたのが、確か中学生の時のこと。それ以来は新しい公民館が使用されるようになり、旧公民館は滅多に使われることがなくなった。


「旧公民館? そんなところに向かってどうするんだ?」


 芒尾、山村、加賀屋からの質問責めにあっているような岬だが、芒尾の問いかけにも冷静に答える。


「私どもが旧公民館を目指す理由はいくつかあります。まずひとつめ。旧公民館は使用される頻度が低く、また村の出入り口から遠いこともあり、寝訃成が利用している可能性が低いこと」


 旧公民館は、今や忘れられた遺物のようなもの。役場の周辺に主要施設が集まっているがゆえに、寝訃成が根城とするのであれば、まず役場周辺の施設で間違いない。北部の山沿いにある旧公民館は、色々と使い勝手が悪いだろう。まぁ、それは花巻達にとっても同じことであるが。


「ふたつめ。これは偶然なのですが、近々檀家の皆様との交流会をする予定があり、その都合で旧公民館の鍵を紀宝寺がお預かりしていたこと。旧公民館は現在使われておらず、それゆえに鍵も1本しかないから紛失しないようにと、村長に釘を刺されました。すなわち、旧公民館に入るために必要な鍵は、私が寺から持ち出した1本しかありません。これもまた、旧公民館に寝訃成の手が及んでいないとされる根拠のひとつです」


 岬はそう言うと、スカートのポケットらしきところからタグのついた鍵を取り出した。寺でのゴタゴタについては突っ込んで聞くつもりはない。しかしながら、たまたま借り受けていた鍵を持ち出したり、バイクや軽トラックに無線機を積んだり、何よりも岬がバッチリとメイクしている辺りを考えると、紀宝寺から出発する前に、ある程度の指針を快晴と打ち出す余裕はあったようだ。寝訃成となってしまったであろう他の人達は――いいや、ゴタゴタのことは聞かないでおこう。それにしても、今はどうでもいいことなのかもしれないが、セーラー服のスカートにポケットという存在があったことに驚いた。


「最後に、旧公民館脇の倉庫に、村のマイクロバスがあるということ。実際にバスが動くかどうか調べる必要がありますが、もし動くようであれば、マイクロバスに乗って村を脱出するつもりです。この辺りの詳しいことは、まずバスが動くか確かめてからにしましょう。下手にぬか喜びさせたくありませんから」


 マイクロバスを使っての脱出。そのためにはある程度の人数を集める必要があった。この情報が出揃った時点で、どのような手段に出るのか想像できたが、あえて花巻は何も言わなかった。きっと芒尾達だって岬達の手段は容易に想像できたに違いない。


 雨足は強くならないものの、相変わらず空からぽたりぽたりと水滴が落ちてくる。まるでずっと雨の降り始めだけが続いているようで、なんだか気味が悪かった。


「村から脱出するにしろ、生存者を探すにしろ、拠点があるのとないのとじゃ大違いだ。とりあえず旧公民館に向かって損はないと俺は思う。山さんに直斗、それに太一はどう思う?」


 芒尾が一同の顔を見回しながら問うてくる。まずは山村が口を開く。


「俺はそれで構わん」


 花巻もまた行くあてもないわけだし、これから具体的にどうしていいかなんて全く考えていなかった。レールを敷いてもらえるのであれば、それに乗っかりたいというのが正直な意見だ。


「俺もそれでいいと思う」


 山村と花巻は芒尾に賛成。しかしながら、加賀屋だけが何か考えごとをしているのか、口を開こうとしない。


「直斗はどうだ? もし何か思うところがあるのならば言ってくれ」


 加賀屋は何を考えているのだろうか。芒尾の呼びかけに対しても鈍めの反応で、しばらくしてからようやく口を開いた。

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