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「えぇ、頼みますよ。芒尾さん、私達はお言葉に甘えて休ませてもらいましょう。花巻君達も休んでおきましょうよ」


 快晴が芒尾と花巻に声をかけると、先に上を調べに向かったであろう岬が降りてくる。


「快晴、一階の窓には、せめてバリケードのようなものを作っておいたほうがいいと思うわ――」


 そう言う岬の手には、釘が入っているであろう麻袋とトンカチが握られていた。


「上の倉庫に冬囲い用の板もある。休む段取りを組んでいるところ申しわけないけど、戦力が分散されてしまう以上、ある程度の守りを固めておきたいの」


 岬の言葉に、ずらりと並ぶ窓を見つめる快晴。もちろん、窓に鍵はかかるのだろうが、しかしガラスはそう強固なものではない。もちろん、割ろうと思えば簡単に割ることができる。


「そうですねぇ。注意を払うべきは玄関だけではないか――」


 旧公民館の構造は、玄関の左手に小さな和室があり、正面に台所。廊下を右手に折れるとトイレがふたつ並んでいる先に、上へと続く階段がある。階段を上ると正面に倉庫があり、右手は大広間だ。小さな和室とトイレ、台所は窓を割って侵入される恐れがある。


 トンカチと木の板で窓を打ち付けてしまう――。強度としては不安ではあるが、寝訃成が侵入するまでの時間稼ぎにはなる。


「だったら、手分けをしてさっさとやってしまいましょう」


 快晴の音頭で一同は動き出す。花巻はとりあえず上の倉庫に向かい、冬囲い用の板を抱えた。雪による重みなどで窓が割れたりしないために、窓の外に施す冬囲いではあるが、つい先日まで冬囲いの板として活躍していたものが、まさか寝訃成とやらの侵入を防ぐバリケードになるなんて、果たして誰が予想できただろうか。


 下に降りると岬がちょうど手持ち無沙汰になったところだった。板を抱えて岬の元へと向かう。花巻が板をおさえる役割をして、岬が板を窓に打ち付ける。すでに山村と加賀屋は玄関の前にスタンバイし、外の様子を伺っている。芒尾は美和子が横になれるようにと、上の広間に連れて行ったようだ。快晴はどこから見つけたのか、トンカチと麻袋一式を持っており、しかも板切れも倉庫から引っ張り出してきたようで、淡々と板を窓に打ち付けていた。


「改めてその――残念だったわね。石野君と加瀬君のこと」


 無言でいるのが嫌だったのかもしれない。岬がぽつりと口を開く。


「あの――【番長】はあの時、自分のせいだって言ったけど、そんなことねぇから。あの時【番長】が来てくれなかったら、きっと俺も死んでた」


 花巻が板をおさえ、岬が板に釘を打ち込むと、次の板を窓に押し当て、また岬が釘を打ち込む。


「あの時は快晴達の到着を待つはずだったんだけど、それじゃ間に合わないと思ってね――。あれでも結構必死だったんだから。あ、それと【番長】ってのやめて。まぁ、中学校の時にそう呼ばれていたのは知っていたけど、一応これでも私は花も恥じらう乙女なんだから」


 バリケードを作成しながらの岬の言葉に、花巻は思わず吹き出した。彼女なりの冗談なのか、それとも本気で言っているのか。かつて【番長】と呼ばれた彼女が、自ら花も恥じらう乙女――などと言っても説得力がない。笑うという行為が実に久しぶりのような気がした。


「私、何か変なこと言った?」


「い、いや――何も」


 岬の鋭い眼光に、花巻は慌てて首を横に振る。曲がりなりにも【番長】と呼ばれた彼女を怒らせて得はない。


「とにかく、今の段階で私とあなただけが同年代だから、色々とよろしくね。やっぱり、大人の相手をするのって、自分で思っている以上に大変だから」


 岬は大人に混じってここまでやって来た。大人に対しては畏まった雰囲気になるし、タメ口で話せるのは花巻と話す時くらいなのかもしれない。考え方を変えれば、同年代の花巻が、唯一心を許せる相手なのかもしれない。


「あ、あぁ。その……よろしく」


 本性を知ってはいるが、しかし岬に頼られているように思えた花巻は、彼女の横顔に少しだけ――ほんの少しだけドキリとした。頼られているということが花巻の勘違いであっても、なんだか【番長】の弱いところを見たような気がして、守ってやりたい気持ちになった。


「さて、これで寝訃成の侵入を防ぐことはできるでしょう。玄関は山さん達に任せて、私達は休ませてもらいましょうか」


 快晴の仕事は実に早く、花巻達が数枚の窓に板を打ち付けたところで、手ぶらになった快晴が戻ってきた。全ての窓に板を打ち付け、片付けまでして戻ってきたようだ。花巻も岬と一緒に最後の窓に板を打ち付け終えた。


 やれることはやった。板を打ち付けただけの頼りないバリケードではあるが、なにもないよりかは遥かにマシだ。これで多少の足止めはできるはず。休める人間は休んでおいたほうがいい。


 岬達と二階へと上がると、トンカチなどを倉庫に片付けて広間へと入る。広間では美和子が横になり、芒尾が心配そうに見つめていた。


「あの、美和子姉ぇの具合は? 何があったんだ?」


 芒尾のところに歩み寄ると、座り込んだ芒尾が花巻のことを見上げた。


「まぁ、色々とな――。なんにせよ、かなり落ち着いたみたいだ。なんだか眠れないみたいだけどな」


 肝心の部分は濁されてしまったが、美和子の頭に巻かれた包帯が全てを物語っていた。みんな、それぞれに色々とあったのだ。花巻が目の前で親友を失ったように、色々と。


「あのさ、こんなこと聞くまでもないも思うけど――秋紀は?」


 あまり聞いて良いものではないことは分かっていた。しかし、石野と加瀬を失った花巻は、せめて秋紀だけでも無事であって欲しいと思った。この場にいない時点で、なんとなく察しがついてはしまうが。


「――寝訃成になったよ。あいつも体調を崩さなければ、もしかして無事だったのかもしれない」


 本当ならば【なか屋】に来るはずだった芒尾の弟は、体調を崩してしまったがゆえに【なか屋】に来れず、あの山菜も口にすることもなかった。それゆえに寝訃成になってしまった。本当ならば悲観すべき場面かもしれないが、しかし花巻はあえてポジティブに考えた。


「でも、死んではいないってことだ。それに、元に戻らないって決まったわけじゃない。俺がこんなことを言うのも生意気かもしれないけど、気を強く持とうぜ」


 みんな消耗している。みんな疲れている。肉体的にも精神的にも、すっかりと磨耗してしまっている。現状を見回せば絶望しかないが、それでも希望がどこかにあるかもしれない。


「太一、ありがとう。例の山菜を探すにしても、体を少し休ませないとな。俺は少し休むよ。太一も寝ておいたほうがいい」


 芒尾はそう言うと、壁に寄りかかって目を閉じた。村から脱出するにせよ、山菜を探しに行くにせよ、少し体力を回復させておかねばならない。今はとりあえず休むことを優先すべきだ。花巻は畳の上にごろりと寝転がると、大の字になって天井を見上げる。


 これからどうなってしまうのか。目を閉じたら実は全部が夢であり、自室のベッドの上で目が覚めたりしないだろうか。そんなことを考えながら、しかし中々寝付けない花巻は、何度も寝返りを繰り返す。


 外は本格的に雨が降り始めたようで、屋根を雨粒が叩く中、時間ばかりがいつも通りにゆるやかに流れ続けるのであった。

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