【《過去》平成12年4月16日 早朝 ―花巻太一―】1

【1】


「なんで! どうして村の大人達がこんなことをするんだよ!」


 作業小屋の扉にもたれかかるようにして石野が叫んだ。


「だから村の様子がおかしいって言っただろ! 実際、俺は変になった大人にも会った。電話借りに行った家でだ。草刈り鎌片手に持っててよ、居間の奥には死体みたいなのもあった」


 花巻の言葉に、一緒になって扉をおさえている加瀬が口を開く。


「太一! 何言ってるか分かんないよ!」


「とにかく、このままじゃヤバイってことだよ! それくらいは説明しなくても分かるだろ!」


 定期的に扉に何かがぶつかる。体当たりでもしているのであろうが、その度に内側から花巻達が扉をおさえるため、今のところ大人達の侵入は許していない。


 外から聞こえるのはいびきと歯ぎしりの音。それと、なんだかよく分からない雄叫びみたいな喧騒。こんなことならば、大人達の存在に気づいた時点で、様子など見ずに逃げ出せば良かった。


 ――加賀屋が村へと向かった後、素直に作業小屋の中で朝を迎えた花巻達。周囲が明るくなり、日が昇り始めると同時に、作業小屋のそばに車が停まった。降りてきたのは二人組みの大人であり、なんとなくであるが、夜が明ける前にここへとやってきて、女性を殺した連中のように思えた。案の定、二人組みは女性の遺体があるほうへと向かった。何をするのかと扉の隙間から三人でトーテムポールになっていたら、二人組みは女性の遺体を持ち上げて、自分達が乗ってきた車に乗せた。


 固唾を飲み、息を殺して二人組みの動向を見張っていた花巻達であったが、ここで石野がやらかしてくれる。作業小屋の壁に立てかけてあったピッチフォーク……乾燥した牧草などを運ぶための大きなフォークを倒してしまったのだ。たまたま、ピッチフォークの倒れた先が悪く、花巻の持ち込んだブランデーの瓶へと直撃。派手な音まで立ててしまった。当然、二人組みにも気づかれてしまったのだ。


 二人組みの片割れが作業小屋のほうへと向かってきた。しかし、もう一人に呼び止められたようで、作業小屋の前までやって来ずに、車のほうへと戻っていった。二人組みが乗った車はテールランプの明かりを早朝の空気の中に残して姿を消した。思い返せば、ここで作業小屋を後にして逃げていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。


 しばらくすると、車が何台も連なって作業小屋の前へとやってきた。さっきの二人組みが呼んできたのだろうか――そんなことを考えながら扉の隙間から外を伺うと、車から降りる大人達が、それぞれに物騒なものを手にしているのが見えた。包丁にゴルフクラブ、斧や大きな木槌など。間違っても花巻達を助けにきたという感じではなかった。その直後、慌てて扉を閉めた花巻達は、今もこうして扉を隔てての攻防戦を続けている。


「まさか、俺達のことを殺すつもりじゃねぇよな!」


 誰に問うでもなく石野が叫ぶが、そんなことはないと否定してやることができなかった。


「分かんねぇけどさ、この状況ってどう考えても普通じゃねぇだろ! 何されるか分からないって考えておいたほうがいい!」


 こんなこと言いたくはなかった。言いたくはなかったが、しかし事実でもあった。村の空気がおかしいことを肌で感じ、電話を借りた家で変になってしまった大人を目撃していただけに、現状を楽観視することはできなかった。


「どうする! このままじゃ、いずれ扉が破られるよ!」


 加瀬が口を開くと同時に、またしても衝撃が扉へと走る。歯を食いしばり、なんとか扉を破られずに耐えるが、いつまでもつことやら。


「太一、裕太、ここはちょっとまかせた!」


 何を思い立ったのか、石野が扉のところから離れ、倒れたピッチフォークのところへと走った。元はといえば、こいつが倒れてくれたおかげで、こんな目に遭っているのだが。


「こいつで外の大人達を脅す。さすがにこれを突きつけられたら、あっちも手出しできないと思う」


 石野の作戦は単純でシンプルだった。このままでは大人達がなだれ込んでくるのを待つだけだ。その前にこちらから外へと姿を現し、ピッチフォークを使って周囲を威嚇。その隙に逃げようという算段なのであろう。しかし、花巻は素直に賛成できなかった。


「いや、やめておいたほうがいいと思う。なんて説明していいのか分からないけど、外の大人達は普通じゃないんだよ! そんな脅しが通用するとは思えない」


 花巻の言葉に石野が即座に反論してくる。


「だったら他に方法があるのかよ。このままじゃ、この小屋の中に攻め込まれるだけだぞ! それに、普通じゃないってどう普通じゃ――」


「朝っぱらから、いびきをかきながら……歯ぎしりをしながら、こんな西部の外れに集まっている時点で普通じゃねぇだろうが! なんかがおかしいんだよ!」


 花巻と石野が言い合いに、加瀬が「二人とも喧嘩するなよ!」と口を挟む。花巻は石野と顔を見合わせる。そして、またしても扉に衝撃。これはいよいよ限界かもしれない。


「次だ――。次の一発が来た直後に、こっちから扉を開けて外に出る。俺が先頭に立ってこいつで大人達を脅すから、その隙に二人は逃げろ。俺も後に続く」


 果たして本当にそんな作戦がうまくいくのだろうか。どうにも外にいる大人達が普通ではないように思える花巻からすれば、石野の作戦は危険だった。


「でも――」


「他に方法はねぇんだよ! 小屋の中に入られたら逃げ道が完全に塞がれる。でも、外に出れば、どっかに逃げる隙があるかもしれない! どのみち、このまま作業小屋にいても損しかしねぇんだよ!」


 花巻の言葉は石野の怒号にかき消された。石野の言っていることは間違っておらず、だからこそ言及をそれ以上することもできなかった。


「いいか? 次の一発を耐えたら外に出るぞ。大人達が何のつもりなのか分からねぇけど、あっちがその気なら、こっちはこっちのやり方でいかせてもらう。太一、裕太、ビビんじゃねぇぞ!」


 そう言っている石野自身、声が震えていた。漠然としすぎており、何が起きているかも把握できないことこそが、恐怖の根源なのかもしれない。


 またしても扉に衝撃が走った。回数を重ねるごとに扉の軋む音が大きくなってきているような気がした。扉を破られてしまえば、一気になだれ込まれて身動きが取れなくなる。逃げようにも逃げ場がないことになってしまうことだろう。だから、こちらから打って出るタイミングとしては、ひょっとするとベストだったのかもしれない。


 花巻と加瀬の二人とアイコンタクトをとった石野。勢い良く扉を開けると、ピッチフォークを外に向かって突き出す。


 ――外にいたのは十数名の大人達。しかも知ってる顔ばかりだった。花巻の父親、祖父、分家の兄ちゃん。それと、加瀬の父親に歳の離れた兄、これまた祖父。石野の家にいたっては、同じ村の中の親戚まで引き連れてきたようだ。車から降りてきた時点で扉を閉めて閉じこもったから顔まで確認できていなかったが、まさか三人にゆかりのある人達ばかりだとは思ってはいなかった。


 絶句。三人揃って絶句した。眼球を慌ただしく上下左右にぐりんぐりんと動かし、歯ぎしりをし、いびきをかき、そして口元からはよだれをたらす。そんな親族の姿を見れば絶句して当然。なんだか、物凄くショックだった。親族の変わり果てた姿――そして親族達が容赦なく自分達に襲いかかってきたことが。

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