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「さて、再会を喜ぶのも結構なんですけど、状況が状況です。早速ですけど、無事な方々はこれで全員ですかい?」


 寝訃成の脅威は一時的ではあるが影を潜めた。しかしながら、またいつ寝訃成が攻めてくるか分からない。再会の喜びは手短にして、快晴は現状を把握したいのであろう。


「いや、西部の作業小屋で高校生三人が待っているよ。何事もなければ無事な……」


 加賀屋が喋っている最中に、ノイズのようなものがカットインする。どうやら、エンジンがかかったままの軽トラックのほうからノイズ音はしたようだった。


「あぁ、軽トラックにね、アマチュア無線用の機材を積んであるんです。どうやら、別働隊からの連絡みたいですね」


 軽トラックのほうに視線をやると駆け出す快晴。無線機を軽トラックに積み込んで、仲間とのやり取りをしているらしい。電話線のように線が繋がっていないのに、電波でやり取りをすることができる無線は凄いと思う。それを昇華させたものが、きっと携帯電話なのであろうが。


「快晴――聞こえる?」


 ノイズ混じりでありながらも、軽トラックのほうから女性の声が聞こえてくる。快晴は運転席に手を伸ばすとトランシーバーを片手に返事をする。


「えぇ、聞こえてますよ姫。現在、加賀屋医院前。数名の生存者と合流しました。そっちはどうですか?」


 無線の内容が気になり、自然と軽トラックのほうに近づく加賀屋達。軽トラックの助手席には、物々しいほど大量の機材が載せられていた。電源はどうやらシガーソケットから引っ張っているらしい。もっと時代が進めば、車の中で全てがまかなえる日がやって来るのではないだろうか。


「こっちは西部の外れまで来てみたんだけど、どういうわけか作業小屋みたいなのが寝訃成に囲まれているわ」


 無線機からの言葉に自然と加賀屋は漏らした。すなわち「花巻君達だ――」と。それで事情を察してくれたのか、快晴はトランシーバーを口に近づける。


「姫、どうやら作業小屋の中に高校生三人組が取り残されているみたいです。助けに向えますかい?」


「やってやれないことはないと思うけど、そういうことなら助けに来て。快晴のバックアップがないと厳しいかも」


 ノイズ混じりの無線機からは、女性の少し焦ったような声が漏れ出す。花巻達を置いてきた作業小屋が、寝訃成に取り囲まれている。待っているように指示を出しただけに、責任を強く感じた。


「今からそっちに向かいます。姫のご希望であれば普段のバックアップだけではなく、夜のバックアップでもなんでもしますから!」


「誰がそんなことを言った。この馬鹿者」


 そこで無線がぶつりと切れる。デリカシーもへったくれもない一言を快晴が放ったからであろう。彼の印象がどんどん悪くなる。そんな彼は加賀屋達のほうへと視線をくれてきた。


「どうやら、西部の作業小屋が寝訃成に取り囲まれているようです。すでに仲間が向かってますが、私としては加勢に向かいたい。先生達もそれで構いませんか? 詳しい話は西部の作業小屋の一件が片付いてからにしましょう」


 自分のトラックから武器という武器を引っ張り出した山村が、それを快晴の乗ってきた軽トラックの荷台に移しながら振り向く。


「当然だ。ただ、西部の外れとなると、俺のトラックじゃ道が狭いし小回りも効かん。それに――さすがにあれに乗る気にはなれん。お前の軽トラで行くぞ」


 山村は助けに行く気満々で荷台へ乗り込む。山村のトラックは真っ赤に染まっていた。フロントガラスがないせいで運転席まで血の海になっており、さすがに乗れそうになかった。


「悪いが病人がいるんだ。助手席に乗せてやって欲しい」


 いまだに美和子のことを背負っていた加賀屋が頼むと、快晴は「むしろ、私の軽トラの助手席は女性専用なんです。どうぞどうぞ」と、これまた俗世なことを言う。彼なりの冗談なのであろうが、ここまでくると紀宝寺の信用問題になってくるような気がする。ともあれ、美和子を助手席に乗せてやる加賀屋。芒尾も荷台に乗り込み、快晴のチェンソーを荷台に乗せるのを手伝ってから、加賀屋も荷台に乗り込んだ。


「それじゃあ、それなりに飛ばしますから落ちないようにお願いしますよ。それと、運転中は寝訃成とやり合えないので、応戦はそちらに任せますからね」


 快晴が運転席に乗り込み、そして軽トラックは発車する。窓を開けているのか、快晴が無線で話す声が聞こえる。


「姫、今からそっちに向かいます。どうぞ――」


 しかし、あちらからの返事はない。ただ、耳障りなノイズが聞こえるだけだ。


「もしかして、さっきのやつ怒ってます? や、冗談じゃないですか。冗談」


 快晴が無線を通じて話しかけるが、しかし返事は一切なかった。もしかすると、無線に出られないような状況になっているのかもしれない。快晴も同じことを考えたのか、軽トラックの速度が増し、変わり果ててしまった村の景色が次々と通り過ぎて行く。


「寝訃成にいつ襲われるか分からん。二人とも、気を抜くんじゃないぞ」


 猟銃に弾を込めながら辺りを警戒している様子の山村。わざと集落を回避しているのか、今のところ寝訃成との遭遇はない。芒尾は少し疲れてしまったのか、過ぎ行く景色を呆然と眺めているように見えた。辺りもすっかりと明るくなり、加賀屋の目に映るは昨日とはまるで違った赤沢村。


 この先どうなるのであろうか。それに、花巻達は無事なのか。もし彼らに何かあったら、そこで待つように指示をした自分にも責任がある。どうしても嫌なほうに考えてしまうのは、状況が状況だからなのであろう。


「みんな、絶対に生き延びてやろうな」


 芒尾がぽつりと漏らした言葉に我へと返った加賀屋は、ただただ「あぁ」と頷くことしかできなかったのであった。

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