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 玄関では山村と加賀屋が険しい顔で外を見張っていた。ある程度のバリケードは作成したものの、ここは最初で最後の砦のようなものだ。寝訃成が攻め込んできた時は、まずは玄関先で止めねばならないのだから責任は重大である。


「マイクロバスのほうは動きそうか?」


 山村が猟銃を片手に問うてくる。それに対して快晴は小さく首を横に振った。


「まぁ、いくつか問題が――。そこで山さん、ちょっとお聞きしたいんですけどね。加賀屋医院に置いてきた山さんのトラックって、ふたつのバッテリーを直列で繋ぐタイプですよね?」


 快晴の問いかけに、宙に視線を投げてしばらくしてから返す山村。


「あぁ、確か荷台の下にバッテリーがふたつ積んであるはずだ。直列だとか、そういうのはあまり良く分からんが」


 山村の答えに「結構」と頷く快晴。この時点でマイクロバスのバッテリーが使い物にならないことは山村と加賀屋にも伝わったことだろう。


「ちなみにサイズ――なんて覚えてませんよねぇ? 普段、意識するようなものではありませんし」


 自分の車のバッテリーサイズなど、よほどの車好きでなければ分からないだろう。案の定、どう考えても車好きではなさそうな山村は「知らん」で、それを一蹴する。


「まぁ、山さんのトラックともなれば、それなりに高出力のバッテリーが使われているでしょうし、マイクロバスに代用することもできると思います」


 話の流れからして、何をしなければならないかは、わざわざ快晴が口にせずとも伝わったことであろう。


「つまり、俺のトラックからバッテリーを外してマイクロバスにつけ替えるってことか――」


 外は相変わらず雨が激しく、止む気配など一切ない。そんな中、加賀屋医院まで向かってバッテリーを外して持ってくるなど、考えただけで億劫おっくうになる。もっとも、そんな天候だからこそ寝訃成も動かずに様子を伺っているのだろうから、バッテリーを外しに向かうチャンスと捉えることもできるのだが。


「その通りです。ここを手薄にするわけにもいきませんから、みんなで加賀屋医院に向かうことはできません。雨のおかげで寝訃成の動きも鈍くなっているでしょうから、二人くらいでバッテリーを取りに向かえればと思っています」


 快晴の言葉に互いに顔を見合わせる。流れからしても、バッテリーを取りに向かう面子は、芒尾、山村、加賀屋、快晴の中から選出すべきだった。岬も戦力になりそうだが、彼女をくわえてしまうと、未成年だという理由で見張りのメンバーから外した花巻の面目が立たなくなる。


「そもそも、どうしてもマイクロバスって必要なのかい? 今の人数なら、なんとか軽トラックの荷台に乗れるし、わざわざバッテリーを取りに向かうのはリスクが高いだけだと思うんだけど」


 加賀屋は快晴が何を考えているのか、まだピンと来ていないのであろう。本人に確認したわけではないが、マイクロバスを使ってどうするつもりなのか、芒尾にはある程度予測できていた。昔から気が弱くて、石橋を叩いても渡らないような平和主義の加賀屋だからこそ、快晴の思考にいたることができないのかもしれない。


「ここに来る前にお話ししたと思いますけど、村の外に繋がるトンネルの前にはバリケードが作成されています。工事用のフェンスだけならばまだしも、何台かの自動車を並べて道がふさがれてしまっている。そして、その周辺にはこれまでと比べ物にならない数の寝訃成がいます。当たり前ですが、車に乗らずに突破を試みるのは死に急ぐようなもの。トンネルに到達する前に大勢の寝訃成に囲まれて終わりです。じゃあ、軽トラックで突っ込もうということになっても、突破できるのはせいぜい工事用フェンスまでです。その先に停めてある自動車が道を塞いで身動きが取れなくなります。そこからは降りて強行軍をするというのもよろしくない。結局のところトンネルの入口と出口の両側から寝訃成に挟み撃ちされるのが目に見えています」


 芒尾は実際にトンネルの辺りがどうなっているのか見てきたわけではないが、快晴の話を聞くだけでも守りが厳重なのが想像できる。まるで、芒尾達を村から絶対に出すまいとせんばかりの布陣だといえよう。


「ならばどうすればいいのか。止まることなくトンネルの入口から出口までノンストップで駆け抜ければいい。寝訃成の連中を寄せつけず、工事用フェンスはもちろんのことバリケード代わりになっている自動車まで吹き飛ばして一気に抜けてしまえばいいんです。そのために重量とパワーのあるマイクロバスが必要になるんです」


 快晴の策略は芒尾が思った通りのものだった。村と外を繋ぐ唯一のトンネル。そこを抜けるには、荒技での強行突破しかない。その強行突破の鍵となるのがマイクロバスだ。


「そんな……無茶苦茶な」


 加賀屋は信じられないといった様子で首を横に振る。しかし、時として無茶苦茶な策のほうが、安全で確実な時もあるのだ。この非日常的な世界では、正攻法よりも無茶苦茶な手段のほうが効果的かもしれないなんて、なんともおかしな話である。狂ってしまったのは、世界かそれとも芒尾達の感覚か。


「ですが、それこそが現状で考えられる最も安全な脱出法だと私は思いますよ。マイクロバスを使わずにトンネルを通過する際に生じるリスクを考えれば、バッテリーを取りに向かうリスクなど安いものです。しかも、リスクを背負うのは二人だけで済みます」


 快晴の言葉に渋々と納得したのか、加賀屋は小声で「確かに……」と漏らす。ここで一同は根本的な問題に回帰した。すなわち、誰がバッテリーを取りに向かうかだ。


「あの――別にリスクを背負いたくないわけじゃないんだけど、僕は車に詳しいわけでもないし、はっきり言って運動も得意じゃない。バッテリーを取りに向かうのは、客観的に見ても僕にしないほうがいいと思うんだけど、みんなはどう思う?」


 加賀屋が遠慮がちに手を挙げた。良くできた自己分析だと思う。いざ二人でバッテリーを取りに向かおうとなった時、加賀屋がパートナーとなるのはいささか不安のような気がする。


「では、先生にはここに残ってもらうことにしましょうか。山さんと芒尾さんも、それで構いませんね?」


 芒尾が頷き、そして山村もまた頷く。万が一となった時に背中を合わせる相手は、できることなら心強い人物が良い。


「だとすると、もう面子は決まったようなものですねぇ。私と山さんは戦力として偏らないほうがいい。よって、どちらかがバッテリーを取りに向かい、どちらかがここに残ることになります。芒尾さんはバッテリーを取りに向かうことで確定しちゃいますが、何か異論はありませんか?」


 芒尾だって背負わないで済むのであればリスクは背負いたくない。しかしながら、加賀屋とここに残された場合、いざとなった時に他の人達を守れる自信がない。ゆえに、加賀屋がここに残る以上、自分はバッテリーを取りに向かうことになっても仕方がないと思うし、山村と快晴の戦力を分散させることにも賛成だ。よって、異論はなかった。ある意味、理にかなった振り分けだとさえ思う。


「あぁ、それで構わないよ」


 これで芒尾はバッテリーを取りに向かうことに、そして加賀屋は残って見張りをすることになった。後は山村と快晴をどちらに振り分けるかだ。

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