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「スガヤドン! あのパトカーを狙えるか?」


 赤色灯を映し出すサイドミラーに視線をくれると、山村はスガヤドンへと問う。いずれ追いつかれてしまうのであれば、その前に叩いてしまうしかない。だが、山村はトラックの運転に手一杯で、猟銃を構えることができない。必然的に、両手が空いているスガヤドンに対処してもらうしかなかった。トラックを止めて運転を交代している余裕はない。


「美和子、場所を変わってくれ……」


 ゴロウシチの嫁と座席の位置を交代し、窓を開けると足元の単身自動装填式散弾銃を拾い上げるスガヤドン。一度は修羅場をくぐり抜けたせいか、随分と落ち着いている様子だった。殺らなければ殺られるだけ――。それを自然と理解したのかもしれない。山村からすれば、これ以上手を汚させるような真似はしたくないのであるが。


「ちょっといいか」


 山村はスガヤドンが手にした猟銃に手を伸ばすと、それの安全装置を手探りで解除してやる。さっき一発使っているから、猟銃の中に残っている弾は二発。いちいち弾を装填している暇などないから、その二発でどうにかして欲しいところだ。


「これでいい……。散弾だから、そこまでピンポイントに狙いをつけなくていい。大まかでいいから、パトカーのほうに向かって引き金を引け。祭りの屋台で空気鉄砲くらいやったことがあるだろ? あれと同じくらいの感覚で構わん」


 素人相手に、何を基準にして狙いをつけるのかなど説明している暇はない。そんなことをしていては、パトカーに追いつかれてしまう。


 山村の言葉に頷いたスガヤドンは、窓から身を乗り出して猟銃を構える。一度撃っているからなのか、素人にしては充分さまになっている構え方だった。


 一般的な散弾の射程距離はおおよそで50メートルから100メートル。散弾が広範囲に飛び散るため、命中精度も優秀だといえる。しかし、その代わり標的との距離があると威力が落ちてしまうという特徴があった。パトカーとの距離は目測で射程距離範囲内ではあるが、相手は鉄の塊である。皮肉なことに距離を詰めてやらねば、パトカーを沈黙させることはできないだろう。


「今から距離を詰める。俺が合図をしたら撃て!」


 銃口のチョークを絞り、散弾が飛び散る範囲を狭めて威力を得るという方法もあるが、素人のスガヤドンに説明する時間がない。距離を詰めて威力を強めるほか方法がなかった。


 山村はアクセルを緩め、ギアを一段階落とす。赤色灯との距離がみるみるうちに縮まった。本当ならばもっと引きつけたいところだが、それだと外した時の立て直しがきかなくなる。もう少し距離を詰めた段階で、射撃の合図をすべきだろう。山村が慎重にパトカーとの距離を測っていると、乾いた音が辺りに響いた。明らかに銃声だった。それと同時にスガヤドンが体をトラックの中へと引っ込める。


「スガヤドン! 俺はまだ撃てとは一言も……」


「俺じゃない! 撃ったのはあっちだよ!」


 その言葉に、山村はサイドミラーに視線をやる。距離を詰めたおかげか、パトカーの中に乗っている人間の影がおぼろげながら確認できる。運転席と助手席に一人ずつ――助手席の人間は、スガヤドンと同じように窓から身を乗り出している。


「駐在が――撃ってきやがった」


 スガヤドンが焦燥したように声を震わせた。駐在は制服警官であり、制服警官は常に拳銃を携帯することが義務付けられているはず。相手が銃器を持っているのならば、おいそれと窓の外に身を乗り出すような真似はしないほうがいい。


「スガヤドン! 何か別の方法を考えよう。あっちが飛び道具を持っている以上、こちらから仕掛けるのは危険だ」


 駐在が発砲したことで、どこか動揺してしまったのだろう。ギアをうっかりトップではなくローのほうへと入れてしまう。当然、トラックは急減速。ギアの焼けるような匂いがトラックの中へと入ってきた。この場面でやってはならないイージーミス。山村は慌ててギアを入れ直して立て直しを試みるが、重量のあるトラックが一度スピードを失えば、立て直すまで時間がかかってしまう。追いつかれてしまったか――。額から脂汗を垂らしながらサイドミラーへと目をやると、しかしパトカーとの距離は思った以上に縮まっていなかった。まるで、あちらが一定の距離を保っているかのようだった。


「……山さん。もしかすると、このまま逃げてるだけじゃまずいかも」


 スガヤドンが窓の外を見つめながら呟いた。その先に視線をやると、車のヘッドライトが並走しているのが見える。この道路の一本向こうにある旧道を走っているようだ。さっき、パトカーに続いて駐車場を飛び出し、西部のほうに曲がった車であろう。


「――あいつら、まさか挟み撃ちにするつもりか!」


 もう一台が走っている旧道は、山村達が走っている本道ができるまで、村と外を繋ぐ主要道路だった。本道ができてからも、西部の人間にとっては村の外に出るための近道となっている。つまり、本道と旧道はいずれぶつかるということである。具体的には、村の入り口にある小学校の手前で、旧道が本道に合流するようになっていた。


「あぁ――。多分、旧道を走っている車を先行させて、旧道と本道が合流する場所を封鎖するつもりなんだ。だから、パトカーは一定の速度以上は出さない。俺達がスピードを出して、先行する車より先に合流点に到達されたら困るからな」


 スガヤドンの言葉に、山村は背筋が凍りつく思いだった。一定の距離以上に近づかないパトカー。旧道を走るヘッドライトは徐々にスピードを上げている。それらは全て、山村達を挟み撃ちにするための布石なのだ。


 残念ながら本道は一本道。両側は田園風景が広がっているだけ。南部は基本的に田んぼばかりだから、脇にそれる道もない。


 今からスピードを出しても旧道を先行しているヘッドライトには追いつけないだろう。後ろには一定の距離を保つパトカー。さすがに止まれば追いつかれるだろうし、このまま走り続けても挟み撃ちが待っているだけ。脇道にそれることもできない。万事休すという言葉がぴったり。何かアクションを起こさねば、この窮地を脱せないことは明白だった。


「ならば、挟み撃ちにされてしまう前に、あのパトカーを叩くしかないな」


 山村はサイドミラー越しのパトカーを睨みつつ唇を噛む。このままでは遅かれ早かれ挟み撃ちをされてしまう。だが、パトカーを叩こうにも、相手は拳銃を所持している。窓から身を乗り出しての射撃が危険なのは考えずとも分かる。


 パトカーを叩けば窮地を脱することは分かっているが、でも実際にどのように叩いて良いのか分からない。窓から身を乗り出すのは危険だし、トラックの陰に隠れられてしまうと狙いにくい。何よりも射撃をするのは自分ではなく、素人同然のスガヤドンだ。運転しながらも山村が考えを張り巡らせていると、ふとスガヤドンが何かを思いついたかのようにして呟いた。


「山さん……。俺、ちょっと試してみたいことがあるんだ。いいかな?」


 先手を打たれてしまった山村達。果たしてこの危機から脱する手段はあるのだろうか。ただ、今の山村にとっては、スガヤドンがぽつりと漏らした言葉が、実に頼もしく思えたのであった――。

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