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 あの日【なか屋】にて提供された山菜。それこそが惨劇を引き起こしてしまったトリガーだった。しかし私は知っている。この山菜は何者かによって【なか屋】に提供されたものであるということを。


「では、このままわたくしの考えを続けてお話しさせていただきます。さて、惨劇が起きてしまった直接的な原因である山菜ですが、実はこれに関して共通した発言をした人物が二人いるんです」


 私はすっかりぬるくなってしまったコーヒーを飲み干すと、彩香さんの言葉を待つ。そこにまで気づいているということは、もう彼女はたどり着いているのだ。あの赤沢村を襲った惨劇を引き起こした人物が誰なのか。


「それは【なか屋】の女将さんと、紀宝寺の快晴さんです。女将さんはお通しを運んで来た時に、そして快晴さんは花巻君を助けた後、山菜の話題が出た時に、共通してある人物の名前を口にしています」


 正直、原稿を最後まで読んでもらうための口実のつもりだった。彩香さんが乗り気だったから、そのまま付き合ったわけだが、こうも事件の真相にズカズカと上がり込まれてしまうと、当事者としてはなんだか切なくなる。私の勝手なわがままであるが、もうそっとしておいて欲しいとさえ思った。色々と腹を決めたつもりなのに、自分がなんだか情けない。


「あ、その前に山菜が【なか屋】で料理として出されてしまった経緯を整理してみましょう。これは、快晴さんの台詞ですが、珍しい山菜をもらった――という話を【なか屋】の、おそらく女将さんから聞いたようなことを口にしています。となると、どうやら【なか屋】で出された山菜は、誰かから提供されたものだったようです。お裾分けというやつでしょうかね?」


 特に田舎というものは地域の繋がりというものが強い。お裾分けという文化も、ごくごく当たり前のように根付いている。特に時期になると、採りすぎた山菜を他の家庭などにお裾分けするのは、もはや日常茶飯事である。その日常茶飯事に惨劇は潜んでいたのだ。


「えぇ、田舎では持ちつ持たれつという文化が強いですし、特に村で飲食業をやっている【なか屋】の女将さんは地域の人との繋がりを大切にしていました。まずお裾分けをされて断ったりはしないだろうし、それを料理に使うことはざらにあったと思います」


 事実、たまに【なか屋】では猪の肉を使った料理が提供されることがあったのだが、その仕入先はほとんどが村の猟師からのお裾分けだと聞いたことがある。地元に根付いた店だからこそ、その土地の食材をふんだんに使った料理を提供する。それが【なか屋】のスタンスだった。


「では、例の山菜は何者かによって【なか屋】にお裾分けされた――と考えて間違いありませんね。問題はその先……果たしてその何者かとは誰なのかということです」


 ――惨劇の引き金を引いたのは誰なのか。彩香さんはまるで見てきたかのように過去の出来事をたどっている。表向きでは若者が発狂して村人を殺して回ったとされている赤沢村大量虐殺事件。その隠された真相が、長い年月を経て、はるか離れた地である東京で解き明かされようとしていた。


「ここで話を元に戻しましょう。山菜の話題が出た時に、快晴さんと【なか屋】の女将さんが共通で口にしたある人物の名前――それは、芒尾大輔です。美和子さんにどこで採った山菜かと聞かれた女将さんは『芒尾さんに聞いたらどうですか?』と答えています。快晴さんは、山菜があれば寝訃成になった人を元に戻せるかもしれないという話題になった時に『芒尾さんは心当たりとかありませんか?』と聞いているんです。しかし、当の本人は心当たりなんて全くないといった具合に首を振る描写がなされています。どうして、二人とも話を芒尾さんに振ったのでしょう?」


 当然ながら、兄は山菜のことなど知らなかったに違いない。それなのに、どうして二人から話を振られてしまったのか。その理由はいたってシンプルだ。


「それは、お裾分けをした人物が、芒尾大輔に近い人物だったからではないでしょうか? だからこそ、芒尾大輔ならば何か知っていると思って、女将さんと快晴さんは話を芒尾大輔に振ったんです。では――具体的には誰がお裾分けをした人物だったのか?」


 彩香さんはそこで一呼吸を置くと、二杯目のコーヒーに口をつけ、そっとカップを置いた。


「――あなたなんですよね? 芒尾秋紀さん」


 私の過去の過ちが……ずっと心の奥底に封印してきた罪が、ようやく白日の下に晒された瞬間だった。これは私の懺悔ざんげである。これは私の戒めでもある。ことが起きたのは今からおおよそ15年前。私の生まれ故郷である赤沢村で惨劇が起きた。後に赤沢村大量虐殺事件として報じられることになる事件である。表向きでは気を狂わせた若者が村人を殺して回ったということになっている事件であるが――そのきっかけを作ったのは、何を隠そう私自身なのである。観念した私は、ついに自らの口から真相を語る。


「――当時、少し前に読んだ郷土史で、かつて明治時代に奇妙な事件が起きていたことを知った私は、村のある特定の場所にしか群生しない【夢見乃草ゆめみのくさ】というものが原因だったことを知ったんだ。明確なことまでは書かれていなかったが、その【夢見乃草】はたいそう美味である代わりに、経口摂取をすることにより強烈な幻覚作用を引き起こすものだったらしい。明治時代に起きた事件でも、やはり【夢見乃草】を食べた人達が強烈な幻覚作用がゆえに気を狂わせてしまったらしい。私はその【夢見乃草】に興味を抱いてしまったんだ。そんな馬鹿げた山菜があるわけない――という否定する思いが強かったからなのかもしれない」


 私は一時期、旧公民館で郷土史などを読み漁ることにハマっていた時期がある。その際に、直接ノートに文字を書きなぐったかのような書物を見つけて【夢見乃草】の存在を知った。しかし、具体的な群生場所のことは書かれていなかった。


「気が向けば山に入って【夢見乃草】を探したこともあった。けれども、見つかるのは普通の山菜ばかりだった。いつしか【夢見乃草】のこともすっかり忘れかけていた頃、偶然にも私は【夢見乃草】を見つけてしまった。普段は人も立ち入らないような渓谷の崖っぷちに、それは群生していたんだ」


 彩香さんは私の独白を黙って聞いている。たまに口を挟みたそうな顔を見せるが、とりあえずは私の話を最後まで聞いてくれるようだ。


「私はそれを夢中になって採取した。今、思い返せば、どうしてそれを見つけた時に、あそこまで興奮していたのか分からない。渓谷の崖っぷちという危ない場所で、どうして何時間も山菜を採っていたのか――。今となっては不思議な話だ」


 気がつくと辺りは真っ暗になっており、その日の私は山菜を自宅の自分の部屋へと持ち帰ることにした。食べた者は強烈な幻覚作用に襲われるという、いわくつきの山菜。さすがに食べる気にはなれなかった。ただ、その日の夜は眠れなかったのを覚えている。


「翌日――私は検証したくて堪らなくなった。本当に【夢見乃草】で人は気を狂わせてしまうのか。そんなことはしてはいけないという自分と、試してみたくて仕方のない自分がせめぎ合っていた。結局、最終的に勝ったのは、試したくて仕方のないほうの自分だった。私はどうしようかと考えたすえに、気がつくと採った山菜をビニール袋一杯にして【なか屋】の裏口に立っていたんだ」

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