第3話 液体空気こそ産業の起爆剤


 石油施設はまだ建設できない。 産出した鉄はスチームエンジンの部品に使われているからだ。 組み立てた重機は鉱山で順次稼働している。 しかし火力掘削という大量の汚染水をまき散らす方法を自粛している都合から生産力が落ちている。 しかし距離が離れており影響が無かったコールタールオイルは今も生産し続けている。 油田爆発前に作った南東の蒸留設備はプロパンを含めた大量の化学物質を製造供給し続けている。



 ソル167



 ――今日こそ生産力を復活させるための妙案を実行するとき。


 アンモニアを合成するついでに鉱山産出力と生産力を復活させる。


 そんな都合のいい開発を画策している。


 そうして出来たのは液体空気製造工場!


 どこに建てるか迷ったが空地が多い遺跡につくることにした。


 相変わらずの河川沿いの桟橋の近くに建設することにした。


 上流から冶金研究所、窒素工場、製紙工場そして遺跡から離れて下流には石油工場予定地とゴチャゴチャしてきている。


 遺跡に隣接する東山のふもとには工作機械群が置かれスチームエンジンの部品作りが行われている。


 ゴチャゴチャしてきたから河川の北側にも更地を作ったほうがいいな。


「ではアンモニアを生成するためにまずは質のいい窒素を手に入れる」


「空気から取り出すのですね」


「そう、インベントリを盛大に使う予定だ」


 ――窒素の分離はとっても簡単。


 1.まず頑丈な高圧タンクを用意する。


 2.大気中の空気をインベントリに収納する。


 3.窒素のみをタンク内に放出する。


 おわり。



 ……なんてことはしない。



 ここは熱力学の第二法則を使いちょこっと196にしてやろう。


「まず手始めに不純物の無い空気をインベントリに大量に蓄える」


「はい、前日に言われた通り空気を取り込みました。――あの窒素の分離だけならこの工程は不要なのでは?」


「たしかに不要なんだけど、この冷却プロセスの副産物に用があるんだよ」


「なるほど、わかりました」


「ではタンクの中にインベントリの出口を作って、空気を入れて圧力を上げてくれ」


 ――空気圧力を高めると圧縮エネルギーが熱エネルギーに換わる。


 温度にして80℃ぐらいになるので冷水で冷やす。


「工場長! 湯気、ゆげです!」


「これで10℃になればいいが、残念ながらただの水じゃ25℃がせいぜいだろうな」


 ――温度が下がるまで時間があるから次の工程に必要なモノをどんどん作っていこう。


 高圧タンクをいくつも並べて全部高圧高温にしてあげる。


 よし、放置だ。



 /◆◆◆/



「……工場長~、温度さがりましたよー」


 ――よろしいでは続きだ。


 高圧力の空気、その圧力を下げるとどうなるか?


 圧力を上げた際に発生した熱量分温度が下がる。


 とってもいい加減な計算をすると25℃から80℃になったのならだいたい25℃に戻る。


 ならば高圧状態で80℃から常温の25℃になるまで冷やしたあとに圧力を下げると何が起きるか?


 もちろん温度を下げてくれる――熱力学は律儀だからね。


 スプレー缶を使ってると缶がヒエヒエになるあの現象だ。


 この冷える原理を利用して空気を冷やして液体化する。


 だいたいマイナス200℃ぐらいまで。


 最初の冷却効果では達成できないから熱交換して隣のタンクを冷やす。


 それでも足りないからマイナス温度の高圧タンクでさらに隣のタンクを冷却する。


 多段階で高圧タンクを含めたプラント全体を冷却していって最後には液体空気を取り出す。


「ヒエヒエだ」「カチコチだ」「爆発だ!」


「バクハツは確かにするが固体にはならん」


 ――この工程を総じて【深冷式空気分離】という。


 この液体はたとえ、真空魔法瓶にいれても常に沸騰して絶えず膨張する。


 それだけではない。


 なんと【液体窒素】はほっとくと空気中の酸素を液化してしまい、この液体酸素が爆発事故の原因となるヤベー奴だ。


 保管の知識がないと盛大に実験室を爆破しちまう。


 耳にタコができるぐらい取り扱いの指導を受けてたから幸いこの手の事故を起こしたことはない。


 それに私が【うっかり自爆】の称号を有していても周りのみんながしっかりしているから問題なかった。


 ……今は一人だ。つまり――。


 超こわいから【チェスト】か【インベントリ】で保管してしまおう!


 ふふん、これで爆発フラグは回避だ!!


 さて安定的に【窒素】が手に入るからアンモニア合成工場を作れる。


 だが焦ってはいけない。


 まずはこの【液体酸素】を使って生産力を復活させてやる。



 ソル168



 ――たった1ソルでは少なすぎるがそれでも【液体窒素】と【液体酸素】ができた。


 いえーい! これで次の問題を解決できる。


 それは熱衝撃掘削法を終わらせることだ。


 というよりそのためにわざわざ【液体酸素】を作ったといっても過言ではない。


 ということで実験だ。



「ほらゴーレム達、大好きな爆発実験だ」


「ヒャッハー!!」「待ってましたーー!!」


「では、きのうから作り続けているこの液体酸素を事前に作っておいた地面の穴に流す――」


 ――この液体には木炭の粉と金属粉を事前に混ぜておくこと。


 こうして出来上がったのが、かの無名な【液体酸素爆薬】。


 有名すぎるダイナマイトの登場により姿を消した爆薬だ。


 導火線代わりに雑草の茎にタール系の燃えやすい油を染み込ませたものを使う。


 やることは簡単で穴に爆薬液を流し込んで導火線を垂らして火を点けるだけだ。


 不発しても15分ほど放置すれば気化して無害になる――。


 「ということでささっと点火!」



 導火線に火を点ける。 その炎は穴とその底に溜っている液体酸素爆薬へと進んでいく。 そして久方ぶりの管理された乾いた爆発音が響き渡る。 爆発による衝撃で地面はえぐれて土煙が舞い上がる。 工場長はその様子を耐爆トーチカの中から聞いて満足する。



「すばらしい、なんて近代的な秩序だった爆発だろうか!」


「それはもうパーンって感じのしょぼい爆発で不満オブ」

「……あれ? 今のが爆発? 木が割けた音かと思ったっす」

「ただ煙が上がる見るに耐えない爆発ですです」


「なんて爆裂狂いな感想を述べるんだ! いったいどこで教育を間違っ

たのか――嘆かわしいよ!」


「工場長、チェストで輸送するので基本的に安全ということでよろしいでしょうか?」


「ああ――ただし衝撃、摩擦ちょっとしたことで爆発するから使うときはチェストからの出し入れ以外はしないように。おーけー?」


「!? おけオブ、行ってきまーす!」「ハッハー!! 爆発だぜ!」


「うーん心配だ。アンモニアできたら早めにダイナマイトをつくろう」


 ――この新しい方法でも最後には鉱物の比重選鉱などに水は消費し続けるので汚染処理場は必要だろう。


 それでもこれで資源の無駄遣いを低減できた。 よっしゃ!


 そしてこの【液体酸素爆弾】の利点は大規模に山を燃やすわけじゃないから炭鉱でも使えるってことだ。


 いいね。鉱山産出力を復活どころか一気に近代レベルにまで押し上げてやったぜ!


 まだ実績はないけどな!


 さあお次は生産力の増強だ。


「次は何を爆発させるっす?」


「次は爆弾じゃあない。ガス溶接装置だ!」



 /◆◆◆/



 ――ガス溶接装置に必要なモノは何だろうか?


 まずはガス、これは【アセチレン】と【酸素】の2つのボンベが必要だ。


 ここでも【液体酸素】が大活躍だ。


 ところが【アセチレン】はメンドクサイそこでLPガスつまり【プロパン】で溶接機を作る。


 それでは燃料以外に必要なのは――


 ――ブローパイプというガスの火口。


 ――ガス調節器という流量を調節する機械。


 ――逆化防止弁という火が逆流したときに止めてくれる器具。


 ――最後にこれら器具からガスが漏れないように【ガスケット】が大量にいる。



 おーけー。【ガスケット】から作っていこう。


 前々からアルタに頼らない開発計画としてシール材の作り方を考えてた。


 そこでフェノール樹脂パッキンを思いだした。


「工場長! ガスケット、パッキンってなんなんオブ??」


「ああ! ガスケットはパイプの間とか動かない部分の漏れがないようにするシール材で、パッキンは動く部分のシール材だ」


 ――シール工学ってのは機械の間から液体や気体が漏れないようにする専門性の高い学問だ。


 種類も金属パッキンからゴムパッキンはたまた麻を使った植物パッキンが存在した。


 最初期の蒸気機関のピストンにも植物パッキンが使われていたぐらい歴史がある。


 そして宇宙ロケットやステーションの重要部品は最先端のシール工学によって成り立っている。


 いまわれわれの手元には金属ガスケットと雑草を使った植物ガスケットしか持ってない。


 ということでフェノール樹脂でシール材を作る。


 せっかくプラスチックの原料が大量にあるのだから使わないのはもったいない。


 フェノールの樹脂化は案外簡単だ。


 2つ方法があり――。


 一つは【ホルムアルデヒド】を使う方法。


 もはや常連となっている【木酢液】を蒸留してメタノールを生成し酸化させる方法。


 もう一つは【クレゾール】を用いて樹脂を合成する方法。


 いわゆるベンゼン・プラスチックルートをたどればクメン法と似た経路で【クレゾール】と【アセトン】が得られる。


 ようするに作ろうと思えばいくらでも作れる。


 今回は木酢液ホルムアルデヒドから作る。


 けど木炭需要が減り続けているから、コールタール・クレゾールが主要な製法だな――アセトンはあって困ることはない。


 ということはアルタのラスボスぐあいがさらに上がるってわけだ。


 アルタに頼らない開発計画とは一体なんなんだ?


 うーん、この辺は考えたら負けだ。


 アルタが優秀過ぎるのが原因なんだからしょうがない。



 さて、フェノール樹脂のシール材は布入りだったはず、布は無いから代わりにパルプ繊維を入れてあげよう――つまり紙ベークライトだ。


 ふぅ、やっとシール材――けどこれさえできれば溶接機は分で出来る。


 それでも【フェノール樹脂】ができればかなり近代チックになる。



 ソル169



「でけた! いやーそれにしても配合比率とかで結構時間がかかったな」


「これがベークライトですか」


「ではアルタ君、さっそくで悪いがコレを使ってガス溶接機をつくろう」


 ――作るといっても作業者にとって都合のいいホースは無い。


 だから固定式の溶接加工機械をつくる。


 忘れてはいけないのがゴーレムは私と同じく不器用だ。


 だから溶接工のような高度な技は期待できない。


 そこでいつものように自動化ってことになる。


「2つの板を設置して、あとは自動送りで溶接していく――この装置ができればタンクや設備の建設が一気に進むはずだ」


「そうですね。その方が錬金術の回数を減らせますね」


「最近は設備が大型化して錬金コストが上がってるからな、これで負担を減らせればいいんだが」



 /◆◆◆/



「レバーを下げて、ほいオブ」


「バチバチ言ってる。工場長みてみて」


『すまんが遮光ガラス無いから直接は見れないんだよ』


「工場長、自動送りは上手くいってます。それからガス漏れもなさそうです」


『ほんとか! 漏れ確認ができてよかった』


 ――ガス漏れを確認する方法を思いつかなかったので密室を作って、いぶして煙を充満させて、視える化した。


 いえーい、密室! 高圧ガス! 溶接の炎! 自分で確認できない!!



 まあ、できたってことはいいことだ。


 これで溶接と溶断をゴーレム達に任せることができる。


 しかも自動送りだから質は一定ってのもすばらしい。


 各鉱山から【液体酸素爆薬】の報告がきている。


 すばらしいことにちゃんと掘削が進んでいる。


 この溶接で生産力も上がった。


 これなら石油工場の復旧もすすむだろう。



 ということで、さあ待たせたなハーバーボッシュよ。


 明日から待ちに待ったアンモニア工場だ!


――――――――――――――――――――


製造工程


圧縮空気 → 液体窒素 + 液体酸素 + 液化アルゴン


液体酸素 + 木炭粉 + 金属粉 → 液体酸素爆薬


フェノール + ホルムアルデヒド + パルプ → 紙フェノール樹脂

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る