第6話 工場長は二度と洞窟へはいかない


 ――12ソル前―― (ソル70)


 工場長達は自溶炉が壊れたため新耐火レンガを作るため一路遺跡まで戻ってきていた。そして次の工程の計画を地面に書きながら必要なリストを思い出していた。


「しまった! 【硫酸銅】がなかった!!」


「硫酸?」


「あれだよ自溶炉に入れたオブ」


「それは【硫化銅】な! 硫黄がくっ付いた銅、じゃなくて――」


 ――【硫酸銅】とは【硫酸】と【銅】のイオン化合物で、ぶっちゃけ【銅】を【硫酸】で溶かしたもの。ただし常温だとイオン化しないから200℃ぐらいで加熱をする。

 ようするに【硫酸】があればすぐにできるってことだ。


「硫酸ないよー」「銅はつくり中ー」「ぜんぜん少ないよー」


「……落ち着け、少し考える」


 ――いまアルタはレンガ窯の陣頭指揮を執っている。


 錬金術は鉱物から特定の物質を抜き出すことには長けているが、複雑な化学物質の錬成は不得意だ。


 特にイオン化とか硫酸の錬成はたぶんできないだろう。


 だから別の手で硫酸を生成しなければいけない。


 なーに硫酸の生成経路はそれなりにある。


 一つずつ試せばどれかうまくいくはずだ。


 では製法は――


 ――二酸化硫黄と触媒反応で作るなら、触媒としてバナジウムの鉱石が必要…………見つけるのが大変だ。


 ……このルートはやめよう。


 次、鉛塔は……ノウハウが無いな、次!


 二酸化窒素ならどうだ? 


 白金とアンモニア……アンモニアは私が毎ソル生産してるが……白金が無い!


 よし硫酸は諦めよう!


 ………………。


 いや待てよ?


 もっとシンプルに【硫酸銅】を直接手に入れればいいじゃないか!


 中世のイスラム錬金術師は胆礬たんばんから【硫酸】を発見したという。


 胆礬たんばんとは【硫酸銅】の白い粉に水を5滴たらして結晶化させたゴリゴリの5水和物、CuSo4・5H2O……あ~眠くなってきた……。


 いかんいかん、つまり欲しいのは【硫酸銅】……そう別に硫酸が欲しいわけではないのだ!



 では胆礬たんばんが採取できるところは?

 ――銅鉱山の奥!


 つまり銅鉱山へピクニックだ!!


「アルタ君! ちょっとピクニック行こうぜ!」


「ふぇ!? あ、採掘ですね。すぐに窯はできますので少々お待ちください」



 ソル71



 ――久しぶりにみた銅鉱山はかなり削られていたがそれでも全体の一部にしか過ぎない。


 浮遊選鉱により黄銅鉱だけを効率よく取り出せてるようだ。


 だがそれよりも……。


「ゼーゼー……やっと鉱山についた……」


「今後のためにも鉱山にトロッコを作りますね」


「ああ、今後の生産のためにもよろしく頼む」


 ――鉄は毎ソル1トンのペースで生産している。


 銅ははるかに少なく、炉が再建されても毎ソル0.1トンの予定だ。


 そもそも黄銅鉱が1%しかないのがいけない。


 山を100トン削っても1トンの黄銅鉱しか手に入らない。


 それでいて今のゴーレムによる掘削ペースでは30トンがいいところだろう。



 これ以上の人員投入はできない。


 なぜならいつもの問題、ゴーレムを大量に投入して掘削量を増やすと事故率と故障率が増加する。


 ところがどっこい我らが歩くマザーマシンアルタはそこら中を動き回ってる――私のせいで!


 そこでこの難問を解決するためにトロッコを作ってしまおうということになった。


 これで人員の交代とメンテナンス、そして採掘物の工場への輸送を迅速に行うことが――できたらいいな。



「ぜぇ、任せた。あとゴーレムを何体か出してくれ――」

 

「それではゴーレムたちこれから探してもらうのはカルカンサイトつまり胆礬だ」


「胆礬?」「たんばんさん」「胆礬サイト!」


「探している硫酸銅の結晶で猛毒だから注意するように」


「工場長がねー」「だねだね」「よーわーい」


 ――これだから不死のゴーレムどもはふらやましいよ。


 【胆礬】は銅鉱山の坑道に青いクリスタルみたいな結晶を形成している。


 銅のような金属を含む鉱物は外気に触れると眠くなるほど複雑な化学反応によって強酸性の水溶液になる。


 それが雨風がしのげる洞窟内で徐々に結晶化し成長してできる。


 だから坑道か天然の洞窟を探検して見つけ出さないといけない。


 だがラッキーなことにファンタジーは私に味方してくれた。


 あの山脈ワームが勝手に洞窟を掘ってくれていたのだ!


 それに洞窟の入り口に分かりやすい目印つきときたもんだ。


 この分ならすぐに見つかるだろう。



 山脈ワームの巣穴からは長年銅イオン水が流れていた。その影響で洞窟の入り口には青いコスモスのような花が群生し、ここに銅があることを教えてくれてる。暗い洞窟の穴とそこから流れる青花の川という不気味な、しかし幻想的な光景が現れる。



「――ごほん、銅鉱山にあるワームの巣に入り蒼い結晶を集めてくるように、私は比較的大きめのこの洞窟を調べる。――各自ツルハシを持ったな! では採掘だ!」


 ――ロープ自分に結んで、反対側を入り口の岩と結ぶ……とこれで何かあってもロープを手繰れば戻ってこれる。


 落盤が起きそうなら外で待っててもよかったが、この洞窟の岩盤はわりとしっかりしているな。


 LEDライトもまだまだ使える――準備はオーケー。


 いざ地底探検へ!



 この天然の洞窟は山脈ワームが住み着き、あるいは掘って数百メートルも補強がしてある。その地面はワームの排出物が数千年積み重なって、地層のようになって最深部まで続いている。

 火力採掘で扱う大量の水は近くの川からアルキメディアン・スクリューでくみ上げてから採掘場まで流してきている。

 この水は山脈ワームの巣にも流れている――



「鍾乳洞の洞窟探検とかワクワクするな! だが胆礬たんばんは危険な鉱物でもある。しっかり作業着とヘルメットを着用し肌の露出は減らさないといけない」


「工場長があるよー」


「よし、乗り越えよっと……って――うぃひゃ……ごふ!」


「こうじょうちょーー!」



 ぬかるんだ排泄物の地面は滑りやすく、足をとられた工場長は後頭部から鍾乳石にぶつかりヘルメットにひびが入った。



「……ぐぅいたたた――ってうわああああぁぁぁ」


 姿勢が崩れた工場長はそのまま勢い余って暗い洞窟の奥へと滑っていく……。そして二度目の鍾乳洞にぶつかりヘルメットが割れた。

 幸運だったのはこの洞窟には胆礬たんばんの結晶がなく、人体への悪影響がなかったことである。



「ヘルメット着けててよかった…………ご、ゴーレム達ちょっとロープ引っ張って――」



 その後工場長はゴーレム達にロープで引っ張られて救出された。



 /◆◆◆◆/



 アルタは数時間してから鉱山にトロッコを敷いて戻ってきた。


 ――アルタ君がなにか言いたそうにこちらを見つめている。


「……やあ、アルタ君! そっちはうまくいったようだな」


「――工場長は何をしているんですか? いえなんで寝ているんですか?」


「ママ聞いて聞いて! 工場長、意気揚々と洞窟に入ったんだけど、段差で転んでここで休憩中~」


「……面目ない」



「ハァ……工場長にアクティブな活動の才能無いんですからあまり動かないで下さい」


 ――く~~言い返せない。


 うぅ……洞窟でスペランする才能か…………どうせ私はインドア派さ!


「青結晶いっぱいありましたよ」


「そうかよくやった。水に弱いからすぐにインベントリにしまってくれ。さ、帰るぞ鉱山は寝にくいから拠点に戻りたい」


「遠足終わり?」


「その体でトロッコは危険なので、工場長をタンカにのせて帰還します。それから5ソルほどは療養です」


「え!? なにそれすんごい恥ずかしいんだけど!」


「ふふ、大丈夫ですちゃんと運びますので、このアルタに任せてゆっくり休んでください――ね!」


「……イエス、マム」


 ――この後の記憶は忘れよう。そう忘れよう…………。




 ふたたび

 ソル82




 ――ああそうだ、せっかく忘れそうだったのに。


 もう二度と洞窟にはいかない。


 絶対行かないぞ!



 なんにしても10ソル前に【硫酸銅】は手に入れている。


 つまり次の工程に移れるってことだ。


 まずは集めた青い胆礬の結晶を繊細にそして知的に取り出す――水に放り込め!


 硫酸銅は簡単に水に溶けだすからスペラン原始人にも扱いやすい。


 まあ猛毒で触ると火傷しちまうから耐薬品作業手袋は必須なんだけど。



「それではアルタ君が錬成した純銅と粗銅を交互に並べてモーターと……つながってるな」


「本当にうまくいくんですか? あと漏電? の心配があるので十分に離れてくださいね」


「イエスマム、化学式は正しいから大丈夫だ」


 ――が、かなり離れてから水車で発電機を回す。


 …………。


「……今のところ変化はないな」


「工場長。これいつまでかかるオブ?」


「だいたい10ソルぐらいだからその間は違う作業でもしていよう」



 /◆/



 ――まったく反応が無い。


 となると電力が足りてないのかもしれない。


 回転数を上げれば電力が上がって解決するだろう。


 水車の歯車比率を変更してしまえ。



 /◆/



 ――電槽は暖かくなってるみたいだし、電解精錬ができている気がする。


 高速回転仕様にするために軸受けを金属にしてしまった。


 潤滑油がないとすぐに摩耗してしまうから今手元にある油を多めに塗って対応しよう。


 いいね。このまま10ソル放置だ。


 植物由来の油はちゃんと精製しないと酸化してそのうち使えなくなるはず。


 ということは潤滑油の精製方法を考えないといけないな。


 ま、そのうち思いつくだろう。



 ソル83



 銅鉱山では黄銅鉱の産出量は少ないので鉄鉱山の倍以上の規模で連日掘削作業がおこなわれている。掘削した土砂は破砕して比重で振り分けられ、浮遊選鉱で貴金属物質だけを効率よく取り出している。




 ――電解精錬の結果が出るまで時間があるから、鉄鉱山の産出力を上げるために磁気ドラムについて考えてみよう。


 やりたいことは鉄の比重選鉱時に磁石で砂鉄を効率よく取り出す。


 方法は2つ永久磁石で回収するか、電磁石で回収するかだ。


 悩む必要はないな。


 電磁石は発電機を使うけど、そもそもエナメル線以外には銅線がない。


 見た目むき出しの銅線をそこら中濡れている作業場で使う勇気はまだない。


 そう言うわけで永久磁石方式でドラムをつくり粗鉱物をより高品質の精鉱に変えることにする。


 設置場所は鉄鉱山の比重選鉱装置の所で鉄鉱石をさらに効率よく分離するって寸法だ。



 /◆/



「そんな……ばかな…………」


「これは面白い現象ですね」


「しゅごぃ」「オブぃ」「ヒャハぃ」


 ――なんと【赤鉄鉱】って磁石がつかないのね。


 こんなことなら異世界行く前に鉱物学は習っておけばよかった。


 まあいい想定外はいつものこと。


 それに粉砕した粉状の鉄鉱石から多少は吸着している。


 鉱山以外からも砂鉄が採れるようになったと考えれば悪くはない……ということにしよう。


 鉄の産出量はあまり上がらないが、銅の電解精錬がうまくいけばレアメタルが効率よく手に入る。


 そう開発は無駄にはならないのだ。


 うん、あとで電気の使い道を考えよう。




 自溶炉では黄銅鉱自身の発熱作用で溶融し、投入したケイ砂や石灰とのスラグと銅マットを分離しそれぞれ回収していく。だが供給する酸素量が少なく硫黄が想定より残ってしまう。銅マットは転炉に投入してさらに酸素を供給して溶融し粗銅へと転換していく。しかし供給力が足りなくノウハウもないからやはり想定よりも硫黄が残ってしまう。



――――――――――――――――――――


製造工程


胆礬 → 硫酸銅水溶液


(陰極粗銅 + 陽極純銅 + 硫酸銅水溶液) → 次回

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