第7話 爆発はミステリー
粗銅は板状に成型して電解槽へと置かれる。電解槽には種板となる純銅の板と粗銅の板を交互に並べて、水溶性硫化銅の電解槽に浸される。発電機で発電した電力で銅電解精錬が行われ、銅イオンが解析されていく。
――まず落ち着いて計画を立て直そう。それが重要だ。
そもそも銅の精練にリソースを割いたのは今後の飛行船建造脱出計画に必要だからだ。
飛行船にはあらゆる技術が必要になる。
だが基本的な機能はさして多くない。
浮く、動く、止まる――このぐらいだろう。
オーケー元ネタは自動車の三大要素、「走る、曲がる、止まる」だ。
衰退した飛行船の設計思想なんてマイナー学問すぎてわからない。
ここは最先端かつ絶賛衰退中の自動車工学の考え方を流用してやろうってことだ。
ここでさらに包括的な3要素、【運転の3要素】も考えなければいけない。
つまり、「認知して、判断して、操作する」だ。
この運転が今後の課題だと考えている。
なにせこちらの人員は「睡眠が必要なうっかり不器用人間」と「へっぽこゴーレム」そして「やることが多すぎる万能錬金術師」しかいない。
電子化と自動操縦を実現しないと操縦できないってことだ。
さらに自動化っていうのは工場においても重要なのは当然だ。
だから磁力選鉱がうまくいかなくてもいいんだ――別にいじけてるわけじゃない。
重要なのは電気を扱えるようになったことなんだよ。
「工場長、そろそろ次の指示を――」
「む!? 少し待ってくれもう少し
粗銅には金銀レアメタル硫黄が含まれていて、電解精錬により銅イオンが溶解してそれ以外は沈殿する。電解精錬の反応により電解槽の温度は70℃程度に上昇し――熱対流が起きる。対流は陽極泥を巻き上げて槽全体を濁らせていく。
――えーっとどこまで考えてたんだっけ?
そう、それに銅の電解精錬で【陽極泥】というスライム状の貴金属が手に入る。
一番多いのは【銀】、それから【金】、そして微量ながら【レアメタル】と大体相場が決まっている。
操業すればするほど大金持ちだ!
使い道はないけどな!!
ほとんどは【触媒】や添加物などの工業的な用途になるだろう。
触媒反応をうまく活用すれば硫酸やいろいろな化学物質を生成できる!
そうなればわざわざ危険な洞窟を掘り進めなくていいってもんだ。
さてそろそろゴーレム達に次の指示を出さなければいけない。
いまの懸念があるとしたら燃料だ。
「木炭の生産は間に合ってるか?」
「生産量は需要に合わせて増産しているので問題ありませんが……木材を30トン/solの勢いで消費しています」
「ぐげ!」
――ほ、ほんとうか? け、計算だ。まずはそれからだ。
木炭を1トン生産するのに3.7トンの木材を投入している。
加熱するために燃やす薪は約7トン分。
つまり合わせて木炭1トン生産するために木材10.7トンは消費する。
鉄1トン毎ソル生産するために1.4トン木炭を消費している。
だから鉄1トン生産するだけで木材を14.6トンは消費する。
銅はどうだろうか?
生産量はソル0.1トンだが、計算上では銅1トンに必要な熱量は木炭約0.8トンだった。
さすが自溶炉は噂にたがわぬ低燃費ですばらしい!
さて計算しやすく銅の消費木炭を1トンで計算するとさっきと同じで木材の消費は10.7トンになる。
実際は生産量が10分の1だから、木材は1トンぐらいの消費だ。
銅生産量が少なくてよかった……。
それにもろもろの生産を加味すると――。
「工場長――木炭、レンガ、鉄、銅、ワニス、銅線、永久磁石そしてゴーレム素体に木材と木炭を毎ソル投入し固定消費し続けています。その結果、木材の消費量が初期の15トン/solから30トン/solに増加しています。それとは別に工場建設にも木材の変動消費が発生しています。どうしましょう」
「ぐげげ!!」
――銅の生産性が低い現状でこのレベルとなると毎ソル1トン体制あるいは飛行船建造体制になったら各設備の消費量はさらにはね上がる。
現状では伐採量にも限界がある。
開発スピードを落とすか?
どうしよう?
除去しきれなかった硫黄と水は巻き上げられたレアメタルを触媒に複雑な化学変化を繰り返し硫酸へと還元されていく。
――木炭の消費量が増大している。
対策を検討するとして――方法は?
燃料を探す。
消費を抑える。
植林をする。
代替燃料はいま探している――ボーリング調査班が代わりの燃料をついでに探してくれている。
つまり結果が出るのにまだ時間がかかる。
消費を抑える――これは銅の採掘を諦めればいいが、銅は今後大量に消費する鉱物資源だ。
自溶炉から取り出す銅マット以降の工程を錬金術でカバーするのもありだ。
銅線、ワニス、磁石は燃料が確保できるまで当分停止してもいいかもしれない。
インベントリに貯めこんで一気に製造したほうが効率いい。
植林は……必要なのだろうか?
30年周期の気の長い林業はあまり意味が無い。
とはいえハゲ山を作りたいわけじゃない。
大量生産学にも長期的な視点での植林はメインテーマの一つだ。
後世のためにもやっておいていいだろう。
質の悪いワニスを塗布したエナメル線は高熱と大電流に耐えられず火花を散らし始める。軸受に潤滑油代わりに塗布した油は発火点が低く容易に着火する。高速回転するからと多めに塗った油は撒き散っていたため火が移り、発電機全体が燃え始める。
工場の天井には水素が溜まっている。
――さて、持続可能な植林計画を建てつつ、飛行船づくりに必要なものを作らねばならない。
それは…………あれ、電解工場から煙出てね!?
「火事だ! アルタ君、至急こっちに来て火事の消化――――ぶフォッ!!?」
溜まった水素が爆発し、吹っ飛んだ工場長の頭に破片が直撃し――ヘルメットが割れる。
「ぐぅ…………ヘルメットしていて……よかった…………ごふ」
「こ、工場長ぉ―――!!」
その後、救出された工場長が回復するのに1ソルほど費やすことになる。
ソル85
――は~~~~~~。
ひどい目にあった。
だが頭はすっきりしている。
そう、頭を打って灰色の脳細胞が活性化したのだ。
だから今日は事件の現場検証を行い犯人を突き止めようと思う。
否、犯人は私以外ありえないから、自分の間抜けっぷりを検証しようってことだ。
「ということで現場検証に行くぞ。ワトソン君」
「?? あ、はいわかりました。工場長――」
――うーん、こういうネタわかる人が欲しい。
ハッ、異世界じゃ誰もわからんじゃないか!
さて、屋根は吹っ飛んでるが、下の装置は案外無事だ。
つまり爆発は横と上に向かうという性質から考えて屋根にガスが溜まっていたことが分かる。
次に電解槽の底と槽の周辺にも青い結晶があるな。
これはよく知っている――硫酸銅のゴリゴリの結晶、
水槽は有害で危険だがどうやら銅板がショートしてることが見てとれる。
「発電機は燃えているが……アルタ君、各部品を分解できるか?」
「お任せください。すぐにできます」
――やはりこっちもショートしてるな。
事件の真相がわかってきた。
/◆◆◆◆/
「という訳でおよそ起きたことがわかった!」
「ウェーイ」「ヒャッハー」
「あなた達、静かにしなさい」
「ありがとうアルタ君、つまりこういうことだ――」
――化学式は悪くない。
問題は教科書に載っている美しい数式達と違い、現実の化学はとってもいい加減でメンドクサイ存在ということだ。
これだから理論化学は信用できないんだよ!!
……おーけー化学は悪くない私の頭が悪いのがいけないんだ。
だから対策を立てていこう。
爆発が起きた原因は?
――水素が発生したからだ。
水素の発生は実験的に再稼働した電解槽で確認できた。
水素が発生しないようにするには粗銅に含まれる硫黄を減らす必要がある。
だからまずは硫黄除去から考えよう。
このまま対策を立てない場合は硫酸と水素が大量に発生してしまう。
…………むしろいいんじゃない?
硫酸は欲しかったしこのまま電解精錬のついでに硫酸製造するのは悪くない。
うーーーーん、よし放置!
次に
この循環で熱対流を抑制させれば【陽極泥】が巻き上がる問題も解決するだろう。
この工程で硫酸銅が手に入る。もう洞窟にいかなくていい!
発火は原因が複数考えられる――だから全部をかえてやった。
電極にコブが発生したのは銅板の隙間が短かったのも影響してそうだ。
――よって隙間を空ける。
発電機が発火したのは過電流に対するブレーカーが無かったが原因だ。
――そこでお手製のヒューズを作ることにした。
まず黄銅鉱の近くで採れた【錫】と【鉛】を混ぜ合わせて【はんだ】を作る。
なんてことはないショートしたら高熱で【はんだ】が溶けて金属棒が落ちる即席のヒューズだ。
……いつかまともなブレーカーを作ると固く誓おう。
発電機の回転数が高すぎたのも問題だろう。
これは実験しながら調整したほうがいいな。
最後に屋根だけが吹っ飛んだのはそこに水素が溜まっていたからだ。
よって屋根の形状を平屋から工場らしい斜めのノコギリ屋根にして、ついでに煙突を付けて水素が外部に出るようにした。
あのみすぼらしい倉庫がとても近代的な工場らしくなってくれて喜ばしい限りだ。ひゅーひゅー。
本当は水素を回収して何かに活用したかったのだけれど、水素ってのは最小の原子だから容器に保管するのが難しい。
インベントリに入れればそれまでなんだけど、そもそも一カ所にじっとしないための自動化であって水素のために張り付くなんてマヌケでしかない。
よって自然に返してあげた。
あとは熱を逃がしやすくするために軸にプロペラを取り付けて常に風を送る空冷式にしてやったぜ。
ワニスはもっと研究しますということで保留。
軸受は油の塗布をやめた。
いつか潤滑剤を手に入れるまで摩耗しながら回転させるしかない。
「発電機はひとつ燃えてしまったが、予備ので復旧した。結局原因はほとんど設計が悪かったってことだ」
「なんだ工場長のせいかー」
「そうだと思ったんだいつものことだしー」
「僕は最初から知ってたよ。ママの名にかけて!」
――このゴーレムどもめ言いたい放題言いやがって! 事実だけどさ!!
「あなた達そんなこと言わないで、工場長も一生懸命やってるんだから。――それにあなた達、異変が起きてるの気付いてて放置してたでしょ?」
――あ、全員そっぽ向きやがった!
うーんこの。
ソル88
「問題があったすべての工程が改善した……モータ制御以外。とにかくこれで目標へと一歩前進したのだ」
「工場長、お忘れですか?燃料問題が解決してませんよ?」
「ふぐぅ、水車式電気炉作れば少しは改善するはず……かな?」
そこへボーリング調査ゴーレムが報告に戻ってきた。
「工場長ー! お探しの黒い石ありましたよー」
「なに!? 見せてくれ!」
「あってる? あってる?」
「……ああ、これは石炭だ!」
――どうやら見付けることができたみたいだ。
これで燃料問題は解決する!
――――――――――――――――――――
製造工程
(陰極粗銅 + 陽極純銅 + 硫酸銅水溶液) → 純銅 + 陽極泥 + 硫酸銅 + 水素
――――――――――――――――――――
第3章 完
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