第5話 製紙工場
ソル130
農地に新しく給水塔と調整池を作った。 沼地から引いてきた水をため池に流し、次に給水塔にポンプでくみ上げる。 給水塔からは、木材で作った木管を鉄の支柱で支え、農地全体に網の目の様に木管が張り巡らせてある。 木管には簡易的なスプリンクラーが付いていてどの程度水が流れるかは条件により変わる。 農地は条件の違いで柵を囲んであり、ゴーレム達はこの条件を見て散水をおこなう。
水路の隣には調整池が等間隔に作られており、そのすぐ近くには給水塔が同じく等間隔に建てられている。 大量に水を消費する製紙工場と工場長の家はちょうどその間に置いてある。
「さあ始めよう。アルタ君まずは農地の報告を」
「はい。農地は予定どおり20ヘクタール作付けできました。指示にはありませんでしたが、木炭・石灰の粉を農地に配合したパターンを追加しました」
「すばらしいじゃないか! アルタ君!」
――昨日はずっと農地の開発をがんばった。
おかげで種まきがおわった。
おおよそ90ソル後つまりソル220には大豆が20トン手に入る。
それ以外にもニンジンとキャベツもできるだけ作付けしておいた。
これで食糧事情は大分改善されるぞ。イエーイ!
「よーしやる気が出てきた。さっそく製紙工場の建設だ!」
「それでは水車を稼働させますね」
「まーた水車おぶ」「水車は爆発しないからダメダメyo」
――子供ってどうして爆発が好きなんだ?
声が変わっても性格はそのままなのは悲しいな。
まあ幾度の教育により大分マシになってるからいいけど。
愚痴っててもしょうがない。
さあ製紙業をはじめよう。
製紙工程はシンプルだけど薬剤の入手が別工程として必要になる。
紙ってのは木材を用意して、蒸気で溶かして、機械で抄いて、乾かして、出来上がる。
けど薬剤はあの電気分解をしなければいけない。
だから最初に電気分解を済ませてしまおう。
そうここから薬品製造工程だ。
やることはいつもの破砕機で岩塩を砕きます。
これで塩水と呼ばれる塩化ナトリウム水溶液をGET!
「ということでまずは岩塩を砕いて塩と呼ばれている【塩化ナトリウム】の粉を大量にそろえる」
「ヒャッハー新鮮な破砕だー!」
――そう破砕だ! 粉になるまで破砕だ!!
ちょっと舐めてみよう……うん、しょっぱい。
この塩化ナトリウムを水に投入して【塩化ナトリウム水溶液】という名の塩水にする。
「岩塩は不純物が多いからまずは沸騰させて塩分を抽出、煮詰めて結晶を取り出すように」
「工場長、では塩化ナトリウムを分解で精製しますね」
「さすが5分クッキングはテンポがいいね」
――自動化のためにも煮詰める工程はゴーレム達にやらせておこう。
質のいい岩塩鉱床が見つかれば工業的に大量に低燃費に処理できるけど見つかってない現状はこれでいくしかない。
ここからが本題。苛性ソーダ工程だ。
この工程、はっきり言って全部危険だ。
一番安全な【イオン交換膜】はまだ作れない。
ということでアスベスト隔膜法と、水銀法という2つのどちらかを選ばなければいけない。
そう悪名高き【アスベスト】と【水銀】だ。
では公害としてどっちがマシかというと、アスベストのほうがマシになる。
労働力は不死のゴーレム、彼女らに肺は無いからだ。
労働基準法を守ると心に決めた矢先に全否定しなければいけないのが心苦しいがまだ作れないんだから仕方がない。
ではその【アスベスト】だがコイツは【蛇紋石】と一緒に生成する天然の鉱物の綿だ――石綿とはよく言ったもの。
砕くにしても水を掛けながらじゃないと粉じんが舞い危険である。
防塵マスクを装備しないと怖くてしょうがない。
だがこっちには錬金術とインベントリがあるから危険性はほとんどない。ウェーイ!
それでもいつかイオン交換膜をつくってやる。
/◆/
「工場長、アスベスト隔膜電解槽ができました」
「すばらしい。これで電気分解をすれば塩水を3つに分離できる」
――この塩水を電気分解して、【水素ガス】と【塩素ガス】そして【苛性ソーダ水】が手に入る。
爆発性のガスと人類初の化学兵器と腐食性劇薬だ。コイツはやベーな。
全部ヤバいからチェストかインベントリで保管することにした。
耐薬専用のタンクもバルブもパイプすらない。ここは魔法に頼ろう。チクショーめ。
まあおかげで爆発の心配がないのはいいことだ。
「ば、爆発しないんですか!?」
「させません」
「ダメダメおぶぶ」
――こいつら……いや平常心、平常心。
塩素は毒ガス兵器としてみると三流、だけど水道水の消毒で有名な元素。
これをうまく使えば安全な水を大量に手に入れることができる。
自然水とか天然水なんて言ってしまえば人に有害な可能性が高い水でしかない。
ちょうどいい例で魚養殖池と農業用貯水池が隣り合っている。魚の死骸や糞がヘドロの様に存在してるってわけだ。
こう考えると大腸菌や細菌が多い汚染水を農業に使いたくなくなる。
そこで農業用水側を化学消毒してしまうのはいいアイデアだ。
さて本命の【苛性ソーダ水】、またの名を【水酸化ナトリウム】。
こいつが木材の中のリグニンを溶解してくれるから必要だ。
電解工程は稼働し始めたばかりだから、ここはいつもの手で先にモノを用意しよう。
「アルタ君――」
「水酸化ナトリウム水溶液ですね。再構築で用意しました」
「アルタ君……君ってやつは――」
――わかってるじゃないか!
だが残念ながら錬金術はイオン化とか水溶性液の微妙な再構築は苦手だ。
だからまず【ナトリウム】の塊を錬成する。
この【ナトリウム】は水と反応すると発熱、発火、爆発する。
「ガタッ!!」
「爆発させないからそこのゴーレム静かにするように」
――次に少量の水を溶かして水溶液を作り、その時の発熱で温度を上昇させる。
そして【水酸化ナトリウム】を溶かしきってから水を加える。
最後に目的の用途に合わせて濃度を調整して使用する。
濃度が薄くても【水酸化ナトリウム】だと爆発的な反応はしないから格段に扱いやすくなる。
ま、こんなところかな。
これで木材を溶かす!
/◆/
やっと本来やりたかったことに移れる。
「ということでいつもの破砕工程から始める」
――まず木材をチップレベルまで砕いていく。
ここで安心と信頼の破砕機の出番だ。
「けどけどやっぱり水車ですか工場長」
「いまだに水車とか恥ずかしくないんですか工場長」
「しょうがないだろ発電の銅も蒸気機関の鉄も燃料も足りないんだよ!」
「貴女たち工場長は病み上がりなのだから煽らない」
「はーいマム」
――そのうち蒸気機関が完成したら、彼女らをスチームゴーレムに改造してやる。
……いや、それは効率悪そうだから止めておこう。
/◆/
――次は蒸解釜――そう蒸解工程だ。
次に砕いた木チップをドロドロにするために蒸気をふきかける。
けど木材が蒸気や沸騰したお湯ぐらいで溶けるならナベのフタや木の箸は存在しない。
ようするに繊維はとっても丈夫ってこと。
だからここは化学と薬品の力で樹脂成分である【リグニン】を除去してしまう。
最終的には連続蒸解塔にしたいが今は大きめのタンクで我慢しよう。
投入するのは【木材チップ】と出来たての【水酸化ナトリウム】そして【水蒸気】。
水は100℃以上にならない。
だけど蒸気ならもっと温度が上げられる!
この時の温度は150℃と結構管理が必要になる。
「こんなこともあろうかと温度計を作っておいたのだ」
「これで温度調整ですですか」
「温度確認ができるんだよ。調整はこっちの蒸気の流入バルブでおこなう」
――回路制御にして自動化できればいいんだがまあノリでなんとかするしかない。
さて、ボイラーのほうはできているかな?
「工場長、ボイラーの形はこれでいいですか?」
「ああ、問題ないよ。上手くいかなかったら改善すればいいだけだ」
「では蒸解釜を稼働させますので、後ろの防壁まで下がってください」
――まってアルタさん、爆発はノルマじゃないぞ!!
/◆/
出来た! 何度かボイラーの改良をしてついに動き出した。
だが蒸解しきる時間が分からないので1時間おきに中のチップをインベントリに収納してほぐれているかを確認する。
/◆/
――ということで1時間経過……ぐはぁ、くさい!
「全然ダメだな」
「では戻しますね」
2時間――変わらず。
3時間――まだまだ。
4時間――あとちょい。
5時間――これはいい感じだ!
6時間以降は大差がないけどこのまま明日までおこなう。
だから今日は寝てしまおう。
くさくて寝れないけどな!
ソル131
――空が明るくなってきた。
なんてすがすがしい……いや臭くて全然さわやかじゃない。
……うげ。
木チップは蒸解窯で溶けて【パルプ】、【黒液】に別れる。
「まずは副産物の【黒液】から処理する」
「たしかリグニンの塊ですか?」
「その通りだアルタ君、あとナトリウム含んでるから使いにくいので燃やす」
――これは燃料としてボイラーで再利用する。
つまり燃やすのだ。燃えろ、燃えろ!
燃えカスである残った残滓を水にいれて【緑液】という名の【炭酸ナトリウム】水溶液ができる。
う~わ体に悪そう。
この緑液に【石灰】を投入し【白液】する。
まあ細かい化学変化式は省くと最終的に【苛性ソーダ】に戻ってくれる。
こうして循環システムができるわけだ。
理論回収率は驚異の90%! とても魅力的だ。
……しかし待てよ?
【苛性ソーダ】の循環システムがあるならわざわざアスベストの電解槽を稼働させた意味がなくなってしまう。
だが炭酸ナトリウムを在庫として持っても後々、利用価値があるのだろうか?
うーん。
だがエンジニアの本能が【塩素】と【水素】を今後大量に使うと言っている気がする。
――ここは本能に従って炭酸ナトリウムを在庫として保管してでも生産を続けておこう。
さて本筋を忘れてはいけない。
紙を作りたいのだよ私は!
明日こそ紙の製造だ。
ソル132
――今日はついに紙の製造工程だ。
「ふふふ、この日のために準備していたのだよ」
「ああ、例の網ですか――」
「その通りだアルタ君、その節はありがとうございました」
――療養中に作った【ワイヤーコンベア】。
これを使ってヴィンテージ感のある最初期の
【ワイヤーコンベア】といっても強度に不安があるのはわかっている。
はっきり言って1ソル持てばいい。
出来れば2ソルぐらい動いて紙を2トン製造できればそれでいいのだ。
後々強度のあるワイヤーを開発すればいい。
「ではパルプをワイヤーに流して紙にしていこう」
「わかりました。水車を動かします」
――規模の小さい製造ラインだが鉄の網だから水車動力で動かす。
【ワイヤーコンベア】の上に溶けたパルプを敷く。
ワイヤーは隙間が多いので水分が下へ落ちてタライに溜まっていく。
パルプはコンベアに運ばれて、ローラ―で押し伸ばされていく。
このプレスローラーによって上下から挟まれて均一化する。
繊維がしっかり絡み合っているから、紙と呼べるものになっている。
最後にボイラー熱でドライヤー代わりに水分を蒸発させる。
乾燥した紙は巻き取って、ロール紙として運び出す。
ロール紙はカッターでせん断して、紙束にする。
漂白工程が無いから少し茶色くなっていて、ローラーのノウハウが無いから厚みにばらつきがあって、作業着のポケットにあったのを忘れていた油性ペンで書くとにじむ。
売りに出したら1円ですら買ってもらえない、ゴミみたいな紙ができた。
これってサイコーだね。
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製造工程
木チップ → パルプ + 黒液
黒液 → 緑液 → 白液
パルプ → ロール紙 → 紙束
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