第6話 冶金と書いて《やきん》だよ


 ソル133



 製紙工場とスモールハウス核シェルターは入り組んだ水路とため池の間に建ててある。 製紙工場は順調に稼働し、ボイラーは蒸気を噴き水を消費していく。装置を動かすための水車は連日ゴトゴト動き続けている。 くみ上げポンプ、給水塔、製紙工場、ゴトゴトゴトゴト鳴り続けている。



 ――紙は当初予定を軽く上回った。


 ということでいつもの計算の時間だ。


 紙の重さは坪量つぼりょうといって単位g/㎡で表す。


 ようは1平方メートルあたりの重さを求めているだけだ。


 実際は紙が薄く軽すぎるので1000枚当たりの連量で測定するのが慣例といわれている。


 ってことで紙束を計りに乗せて計算すると1枚100gになった。


 抄紙機しょうしきの幅は1mよりちょっと長く、最後の裁断で長さをそろえるようにしている。


 ちなみに今の製造スピードは10m/minだった。


 これまた眠くなる1ソル当たりの計算をすると14.4㎞/solってことになる。


 重さに換算すると1.4トンの紙が手に入る!


 そしてそして! ここまでの計算式を地面でも石板でも木板でもなくに書けた! 書けたのだ!!


 ひゃっほーー!


 最高だね。



 あとはこの体制が数ソル分維持できれば当面の紙の需要はまかなえる。


「何とか紙の量産ができそうだ。今度は紙を使った次の工程に移る」


「工場長? 紙でなにするの?」


「いろいろ使えるが……3つの使い道を考えている」


 ――紙の用途はそれこそ大量にある。


 だけど生産にだけフォーカスすると限られてくる。


 ひとつは、製図用の紙。


 ひとつは、生産管理用の紙。


 ひとつは、実験記録用の紙。


 あとはその他で大量に使うぐらいだ。


「君たちには実験を大量にしてもらうからな」


「じっけん! 掘削だー!」


「違います――と言いたいところだけど、まあ当たってるか。今後我々は【冶金やきん】を積極的におこなう――」



 ――説明しよう。冶金学とは!


冶金やきん」と書いて【やきん】と読む。


 流し読みすると「治金」【ちきん】と誤読してしまうので注意だ!


 さて冶金やきん学は原料の掘削、鉱物の精製、金属の加工をおこない、目的にあう合金を製造する包括的な学問――つまり大量生産学の基礎にして原点のような学問だ。


 それと同時に永久磁石も粉末冶金技術を基にしているぐらい最先端の学問である。


 だからマイナー学問とか言ってはいけない。知名度無いけど――。



「工場長、今までと何が違うオブ?」


「違いは今までは私の感覚とノリそしてアルタ君の錬金術でやってきたことを、一つ一つ検証しながら生産していく」


「ノリでうまくいくなら別にいらないよねー」「ねー」


「ごほん――冶金やきん技術なしでは高度な機械、設備の開発は不可能に近い。よって異なる金属を混ぜた合金の試験を行い、紙に結果を記入する。 オーケー?」


「はーい」「ほーい」「ウェーイ」


「工場長、私のほうでも合金の錬成をしていきますね」


「ありがとう。なら製造が難しい合金をつくってもらおう」



 ――今はまだいいが、ここはバケモノの群れにニョロニョロと危険地帯でしかない。


 目的を忘れてはいけない。


 高出力のエンジンを作るには?

 ――それに耐えられる合金が必要だ。


 望む合金を見つけるには?

 ――実験を繰り返しデータを集めるしかない。


 膨大な実験データをまとめるには?

 ――紙に書いて記録すればいい!



 ならば紙を大量生産して冶金研究だ!!



 そう初期の計画通りだ。


 何も問題はない。


 ……本当だろうか?


 最近の鉱山と工場の生産力にはいろいろ問題がありそうだ。


 生産力低下が起きている。


 原因はわかっているがチャチャっと解決できる案が思いつかない。


 焦っても仕方がない、気長に研究するしかないな。


「工場長、試験後はまた溶かして再利用?」


「いや、結果を確認するためにインベントリで保管だな」


「ずっと掘削! ヒャッハー!!」


「その通りだ。つまり、リアルサイエンスパック・合金だ」


「わかったオブオブ!」


 ――わかるのかよ!


 まあいい、これから材料工学冶金研究室の建設だ。



 ソル134



 冶金研究は遺跡の端ですることにした。 鉱山地帯の工場群は資源産出のための場所であり、爆発事故も起きることから研究場所に向いていなかった。 水路側は農地にあまり工業施設を建設したくなかったから候補地から除外している。 そこで水も使うことから運河の近くに研究施設を建てることにした。 製紙工場も試験運転でそれなりに紙が生産し終わったら、すぐにでも遺跡に移動する予定である。



「これより材料試験をとにかく大量におこなう。」


「ひゅーひゅー待ってました工場長! で何するの?」


「まあそうだろうな。 やることは簡単だ――」


 ――試験といっても基本的な考えに不思議なものはない。


 引張試験

 ――試験片を引っ張ってどの程度で千切れるかを確認する試験。


 この試験で優秀な合金は見事、金属ワイヤーやロープなどに使える。


 圧縮試験

 ――試験片をプレスしてどの程度で破壊するかを確認する試験


 この試験で優秀なのはコンクリート支柱や鉄の支柱として建築材などで役に立つ。


 曲げ試験

 ――同じく試験片を今度は横から力を加えて曲げ強さを確認する。


 優秀だと橋とかクレーンとかいろいろ使える。


 ねじり試験

 ――以下同上


 ゆーしゅーならネジに使える。


 熱衝撃試験

 ――マグマドライバー!!!!


 ボイラーとか蒸気機関やエンジンの一部に使える。


 その他いろいろ試験がいっぱい!


「――このとっても楽しい試験をキミらにやってもらう。おーけー」


「くっさく……しないだと……」

「合金を作るですですね。どうやって?」


「そう言うと思って小型の炉を用意してある」


 ――燃料が木炭のみだった場合、実はこの研究の時点でほぼ詰み状態。


 森林伐採スピードと木炭生産速度には限界がある。


 そうなると研究に回せる燃料にも限界があり、試験結果が出るまで体育すわりの刑が待っている。ひぇ~~。


 そこで石炭の登場だ。


 いまは掘削量が少ないけど、蒸気機関の開発とスチーム重機の運用が始まれば劇的に資源と燃料の供給量が増える。


 そうなれば全体の生産量が増えて、リソースを研究開発に振り分けられるってもんよ。


 つまりハンマー力とビーカー力がともに増加するってことだ。ひゃっほーい!


 ふふん、待っていろ飛行船、すぐにでも図面を書いて必ずや造ってやるからな。



 ソル135



 広い空き地と化した遺跡の一角に新しくできた研究室では煙が上がっている。 小型の炉をいくつも並べて、わずかな配合率の違う合金を作り続けている。 合金には配合が書かれた紙のラベルが張られて試験場へと送られる。



「試験場はうまく機能してるか?」


「固定するっス、重りを乗せるっス、引っ張るっス、壊れるっス、ハンコを押すっス、あってるおぶおぶ?」


「……うん、うまくいっているな。アルタ君ほかの試験機はどうなってる?」


「同じように記録をハンコ形式でとっています。独特ですが慣れれば読み込むことはできます。試験材料はチェストに収納しているので記録に疑問が出てもすぐに調査できますので問題ありません」


 ――何とか研究をおこなえるところまできたか。


 今は材料強度の研究をしている。


 はっきり言って足らない。


 例えば磁石との相性を調べる磁気試験は試験項目すらできてない。


 他にバネとして使えるか――というバネ特性の試験。


 刃物として使えるか――という性能試験。


 表面メッキ加工とかカッコいい名前――という電気分解試験。



 いざ紙が目の前にあるとやりたい試験がどんどん増えていく今日この頃。


 しょうがないね、だって男の子なんだもん。


 ということにして紙の生産量を1トン/solから10トン/solに増産させようと画策している。


 ちなみに今試験している条件は私のうろ覚えの配合比率がほとんどだ。



 研究速度を早める方法を考えてみよう。


 そんなのは簡単だ。


 試験装置を大量に並べて大量に試験をすればいい。


 とてつもない紙の束から目的のものを探すという苦行が待っているが、まあ何とかなるだろう。



 ソル136



 ――紙生産は目標量である2トン以上を当の昔に達成した。


 各工場の状態はハンコを押す形でまとめられて、報告書として集まってくる予定だ。


 まだ報告がきてないから断言はできないが、やはりいろいろと問題がありそうだ。


 生産目標は達成したから明日には製紙工場を一旦止めて、別の場所に動かそう。


 水量が減っていてもまだまだ運河のほうが水は豊富だ。


 農場の近くに工場ってのは心情的にはやはり嫌なんだからしょうがない。


 腰さえ痛めなければ最初からいい感じの所に作っていたさ。


 今さらしょうがない建設予定地を見つけて、水をさらに確保したら移動させよう。



 製紙工場の蒸解釜からパルプと黒液が出てくる。 黒液は濃度を高めてからボイラーに送られて燃焼し蒸気を出す。 蒸気は蒸解窯で木チップを溶かす。 この時に余った余熱は間接的にドライヤーの熱源として使われる。 直接だと紙に不純物が付き質の劣化は避けられないからである。 こうして紙は強制的に乾かす。 乾いた紙はカッターでせん断し束にまとめられる。


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