第7話 爆発ソムリエ


 ソル137


 出来上がった紙の束は湿気ないようにインベントリに、それまでは倉庫に積み上げられる。

 そしてまた紙を定規とカッターで裁断していく……。



「農場と紙はこのぐらいでいいだろう。我が家核シェルターをインベントリに入れて研究所が今後の活動拠点だ」


「わかりました。すぐに収納しますね」


「おっと、その前に中にある書類を取るのと――ハシゴから屋根の上に登ろう。農場や沼地をちょいと眺めておきたい」


「……そうですか、気を付けてくださいね。本当に……」


 ――インベントリに重用品を収納するときはアルタに現物を見せてからじゃないといけない。


 そうしないと膨大な物資と試験結果の資料があるインベントリ内から特定の書類を見つけ出すのに苦労するからだ。


 まあ、二人で探し物するのも悪くはないんだけど――時間の無駄。



 ワイヤーコンベアは一日中パルプを運んでいるが摩耗から鉄粉がそこかしこに付着していく。

 コンベアに運ばれドライヤーで紙を乾かした際に繊維と、一緒に鉄粉も乾燥し撒き散らす。 そして工場内の粉じん濃度は急激に上げていく。


 しかしゴーレムの目は節穴だから粉じんが舞っていることに気づかない。



 のカッターとの定規で紙をせん断していく。





 カッターで切断していく。





 そして火花が散る。





 バチッ!






「お、この資料この資料、これは蒸気機関の理論出力の計算式だから図面と一緒に取り出せるようにお願いね」


「イメージ図があると再構築もやりやすいですね」


「よし、あとは隣の工場を一時的に止めて…………!!?」



 工場長は製紙工場の突然の爆発によろめいたが…………どこにもぶつかることはなかった。 そう、ヘルメットは無事だ。 核シェルターは爆発にはビクともしなかった。


「びっくりした!? また爆発か!」


「工場が吹っ飛んだ!」

「この人でなし!」


「工場長、外を確認してきます。中でお待ちください」



 ビクともしなかった。 が、それ以外は別である。 水路は農業用水と調整用のため池で水量が増加していた。水量が増した分、水は周囲の地面に浸みこんでいた。 工場、給水ポンプと水車の振動により地面は緩んできていた。 液状化とは言わないまでも緩んだ地面の上にヘビーハウス核シェルターが建てられている。


 つまり、地面が崩れた。


「うおおおぉぉぉ!!!」


「こ、工場長ーー!」


 農地 兼 製紙工場用のため池のすぐ近くに置かれたヘビーハウス核シェルターは足元から崩れてため池に滑るようにスライドし沈み込んでしまった。


 床下浸水に驚いた工場長は屋根上に上がるためのハシゴを登り、難を逃れようとする。


「くっ! 私は泳げないんだよ…………ワッ!!」


 ハシゴを踏み外した工場長は作業机に頭からぶつかり、やはりヘルメットが割れた。


「ッガハ!! わっぷわっぷ…………ぐぶぶぅぅぅ」


「今すべての水を飲みこみますのでもう少しがんばってください」


 機転を利かせたアルタによりため池の水をすべてインベントリに収納した。


「ぜーぜー……だから水には……近づきたくないんだ……」


 ――もう……まったく……今日は寝る! ふて寝してやる!


 その前に暖まりたい……。



 ソル140



 ――まったく、また爆発した。


 けどいい経験になった。


 さっそく紙を使って報告書を書いてやった。


~~~~~~~~~~


 事故報告書


 原因――工場爆発の原因は粉塵爆発だった。


 被害――製紙工場とゴーレム5体(修復済み)。ヘビーハウス。ヘルメットとか備品。


 改善――換気口を設置。換気口に紐を付けて流れの見える化。紙の保管と湿度管理の新設。作業ゴーレムのアース接続。


 今後の方針――コンクリートの生産と治水強化。(ただし優先度は低い)


~~~~~~~~~~



「工場長!報告書が雑です、ですね」


「いいんだよ。詳細を書いた読まれない紙より、誰でも読めるシンプルな紙の方が価値がある。たぶん」


「貴女たち、そもそも紙はまだ貴重なので必要最低限の文章以外は不要です」


 ――うんうんアルタさん、ナイスフォロー!


 爆発事故から数日たち何とか工場は復旧した。


 蒸解窯と電気分解槽は別の施設だったから被害を受けなかったのは不幸中の幸いだ。


「前回よりも柔らかな瞬発力のある爆発っす」

「しかし爆発力は薄くなっているので心配ですです」

「爆発による予想外の連鎖には今後も期待できると言えるオブ」


 ――こいつらソムリエみたいになってやがる!


 このままじゃ爆発工場長とか自爆工場長はては異世界初の爆死した人になってしまう。


 なんとしても次の爆発は阻止しなければいけない。


 絶対にだ!!



 /◆/



「工場長、ここ数日の生産資料を持ってきました」


「ありがとう、アルタさん」


 ――やはり生産力が著しく低くなっている。


 紙を使って各工場の生産量を記録し始めた。


 その結果、生産力が低下しているのが目に見えてわかる。


 理由は設備の摩耗が激しいからだ――なんと老朽化している!


 原因は大体2つ。


 一つは使用している材料の強度不足。


 これは当たり前な話だけど、大部分の設備は水車と歯車の組み合わせそしてレンガで作った炉だ。


 理論は知っていても現場のノウハウ無しだから強度不足や劣化が起きている。


 解決策は冶金の地道な研究だ。


 言い換えると消費する物量と時間が解決してくれる。


 そうなるとそこまで問題じゃないな。



 もう一つはさらに深刻で【潤滑油】ないのだ。


 これは深刻というより詰みに近い状態。


 今生産している油はパインオイル系の松油、木タールゆらい油、そしてこれから精製していくコールタールゆらい油の3つ。


 将来的にはマメから植物油がとれる。


 残念ながら潤滑油として使えそうな量が取れない。


 なぜ手持ちの油が【基油】にならないのか?

 ――それはどれも問題があるからだ。


【パインオイル】は溶剤系つまりオイル除去が本来の用途。つかえない……。これをどうにか重合して重質油を作るにも生産量が少なすぎる。


【木タール】はそもそも木炭需要が減ってるのだから消耗品である【潤滑油】としてはつかえない……。


【コールタール】はお試しで実験した結果ちょっとつかえなかった。


 まだ試していない石炭の低温乾留でうまく重油質ができればいいが実験してみないと分からない。


 そうなると【コールタール】の研究のために燃料用とは別に石炭を大量に掘削する必要がある。


 摩耗が激しいからツルハシによる露天掘りより蒸気機関を作って重機で掘り進めたい。


 ところがどっこい蒸気機関の潤滑油が無いからすぐに摩耗して壊れる……。



 モーターはどうだろうか?


 南東で見つかった銅鉱山は魅力的だけど、例えモーターを大量に製造できても潤滑油無しのモーターなんてやはり摩耗してすぐに壊れる。



 解決策はないのか?

 ――答えはある。


 生産力の限界がきたと認めてこの生産能力内でやりくりしながら研究を進めていく。


 ようするにビーカー1個で100ターンかけて潤滑油の実績を解除すればいい。わーお。



 ほかにも方法はある。


 周辺の化け物を倒し続けて、牛脂や鯨油のような脂のある獣を見つけ出す。


 見つかったら森を大規模に数千haは伐採して農場を作って家畜化して定期的に油を手に入れる。



 あるいはパーム油のようなヤシ油が大量にとれる植物を見つけ出す。


 そして森を大規模に数千haは伐採してアブラヤシ農園を切り開いて植林して定期的に油を手に入れる。



 どちらにせよ森に侵攻するためにアノ化け物達と戦争を始めなければいけない。


 そうなると戦えるだけの武器と強化したゴーレムが必要になる。


 …………無理だな。



 ここは安全第一の信念のもと数年は潤滑油の研究を地味に続けるしかない。


 時間だけがすべてを解決してくれるってわけだ。



 /◆◆◆/



 ――ん? なんだこの臭いは!!


「うげ……懐かしいけど……うげげ」


「ボーリング調査班がもどって来てますね」


「工場長ー! 新しい問題よー!」


「うお! ドロドロだな、それにこのニオイは……」


「何か地面から噴き出たオブ」


 ――このニオイそして粘性のある黒い液体は……。


「ふふふ」


「工場長?」


「これは……石油だ! ひゃっほー!! アルタ君、すぐに全リソースを石油開発に割り当てるぞ!」


「ひゃっ……!? わ、わかりました。では直ちに準備に取り掛かります」


「懸念事項がひとつどころか全部解決だ!!」


 ――試行錯誤の日々だったが、これで大規模に開発が進められる。


 そう大量生産の本領はこれからだ!


――――――――――――――――――――


第5章 完

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