第4話 演奏ゴーレム


 ソル126



 ――腰を痛めてから10ソルほどたった。


 もう痛くない。動くことはできそうだ。


 半ば軟禁状態だったのが解せ――いや忘れよう……ナニヲサレタノカ……忘れよう。



 /◆/



 よし、きのうまでに製紙工場建設の計画はできた。


 だから計画をもとに進めていくだけだ。


 計画は以下の項目に別れる。


 1 腰痛対策

 2 水の確保

 3 農場の近代化

 4 工場建設


 おっと、半分以上が製紙と関係ないぞ。


 まあ必要なことだ。


 まずは畑にいるアルタにお礼参りを――。


「工場長、もう動いても大丈夫ですか?」


「うぉ!? も、問題ないな、これ以上は体が鈍ってしまう――それより畑はどこまで進んだかな?」


「予定通り10ヘクタールほど伐採できました」


「すばらしい! それなら今日から計画を進められる」


 ――やはり木の伐採方法を変えたのがいいのかもしれない。


 今まではとにかくオノでやたらめったら切り込みを入れて、自重で倒して木を伐採した。


 だが今は先進的な文明の利器を利用して伐採をしている。



 ちょっとした対策として伐採方向とは逆側からも切り込みを入れて、このとき少しだけ切り込みの位置をズラすことで【テコの原理】が作用しやすくする。


 あとは切り込みに【くさび】をいれてハンマーで叩くと重心がズレる。


 この重心のズレと切り口のズレで【テコの原理】が働き、あとは重力により倒れてくれる。


 いやはや木の伐採を合理化してしまった。


 こいつはすげーぜ!


 この先進的な伐採手法になにか名前を付けてやろう――。


 おーけーもちろん冗談だ。


 古代から人ってのはずっと木と対話をしてきた。


 たぶんこんなこと当たり前のようにやってるんだろうな。


 それはどこだろうと変わりあるまい。



 この【てこの原理】を用いて木を伐採する方法を林業においてはごくごく常識的な伐採手法であり、倒れる側を【切り口】、クサビを打つ側を【追い口】と呼んでいる。 林業にとってこの伐採法に名前はない。 それほどまでに当たり前の技術である。



 ――農地周辺の木はそこまで大きくないからいいけど、手斧での伐採は細木以外だと時間がかかる。


 もっとこう化学的あるいは機械的に一括で伐採して運ぶ方法を思いつけばいいんだけど。


 手元の物資じゃ――とりあえず焼き払う、ぐらいしか思いつかない。


 木は重要な資源だからそんなもったいないことはしないけど。



「さて計画その1として腰痛対策に蓄音機を作りたい」


「蓄音機ですか?」


「そうだちょっと音楽が欲しいんだよアルタ君」


「……音ならゴーレムはお望みの音が出せますよ」


「……ふぁ!?」



 ――ゴーレムには口がない。


 ではなぜしゃべれるのか?

 ――答え、望む音波を出してるから。


「ちょっと待てよ。そこのゴーレム、ビープ音とか声色変えたりとかできるのか?」


「ビービー こんな感じですか?」


「ワァオ、びっくり!」


「工場長の反応おもしろー。みんなで声変えよー」


「貴女たち、変えるのは構いませんが工場長の不快にならない範囲にしなさい」


「さすがに高周波は困るな」


 ――こいつはすげーぜ。


 今まではちょっと【高めの女性の声】だったのが、【幼い少女の声】、【淑女の声】、【野太いおっさんの声】、【ラスボスっぽい声】とどんどん変えていく。


 ――待て! いろいろ突っ込みどころ満載だ!



 /◆/



 声に比べれば均一な音を出すのはさして難しくないらしい。


 つまり楽器の再現も可能ってことになる。


 歩く指揮者様が私のいいかげんなフレーズをまともな楽譜と歌詞に直てくれて、これをもとにひとつの曲を完成させてくれた――しかも1時間ほどで!


 しかもしかもスピーカーと同じで複数の音波を重ねて出すこともできるから、ゴーレム1体でオーケストラの演奏もできるという優れもの。


 ただゴーレムのリソースをすべてそれに割くから、しゃべれないし演奏中は歩く以外できないそうな。



 あとは音楽と歌詞を覚えさせれば、演奏ゴーレムの出来上がりである。イエーイ!



 ……しまった今日一日を音楽に費やしてしまった!


 まあ、たまにはいいだろう。


 これで明日から心置きなく復帰できる!



 ソル127



 工場長の朝は早い。

 その日も音楽と共に始まる。


 ≪♪~まずは体の伸びから、サンハイ、イチ、ニイ、サン、シ~≫


 彼の日課は朝の腰痛防止体操から始まる。

 背伸び――屈伸――体を回す。

 工場勤務では当たり前の光景である。

 演奏ゴーレムの頭部はメガホンの形状に変更し、音が遠くまで響くようになっている。



 ――工場の朝の風物詩にして決して忘れてはいけない儀式。


 こっちに来てからすっかり忘れてたけど。


 なぜもっと早くに導入しなかったんだ?


 そんなのわかりきってるだろ!


 余裕がなかったんだ!


 私は悪くない、腰が悪くなったのだ!


「工場長? ニンゲンはみんなコレやるの?」


「ん? ――どうなんだろう、たぶん合理性が低い所はやらないと思う」


 ――建設業や工場など「体が資本」と言われる業界では腰痛対策に積極的だ。


 しかしその他の業界では消極的だったはず。


 朝、体操している医療従事者、ITエンジニア、金融商社、商店料理人そして小学生を見たことがあるだろうか?


 現場を離れて開発室や研究所に籠っているエンジニアも消極的なのは知っている。


 そして腰を痛めるのだ!


 私みたいにな!!


 ≪最後に深呼吸~ ハイ!≫



 よし、神聖なる儀式がおわった。


「今日は計画その2である水の確保つまり治水工事をする」


「では貯水池まで行くのですね」



 /◆/



 ――ということで久しぶりの貯水池だ。


 相変わらずのため池に川魚がちらほら見える。


 ゴーレムが果物をとってくるとき虫食いだったり、腐ってたり食べられないものが結構な頻度で持ってくる。


 目が節穴だからしょうがない。


 そういったものは細かく刻んだ後に川魚のエサとして投下している。


 そのせいかこの川魚はそれなりに数が増えている。


 本流の川や湖そして沼地では魚が見当たらないらしい。


 たぶんこのまえの【赤潮】みたいなのでどこかへ行ってしまったのだろう。


 ようするに貯水池 兼 養殖としてここら辺を大規模に開発してしまおうというのがこの計画だ。



 水は農業にとって重要である。


 残念ながら川の水量は減り続けている。


 最悪の事態に備えて水を確保しなければいけない。


 夏の「節水呼びかけ」から分かるように、水不足になると苦労する。


 いまだに現代人ですら苦労しているのが水の確保ってことになる。


 さて目の前には古代人が残してくれた貯水池の残骸。


 今日はこいつを復活させて今後の水需要に応えられるようにするってわけだ。



 ということでちょいと計算してみよう。


 ひとつの貯水池の辺が500m × 500mで全部で8つ、2列4個並んでいる。


 相互に水門……まあ水路版の関所だな――でつながっていたと思われる。


 ……えーと25で8そして…………0いっぱい。


 200万平方メートルの面積になる――深さ5mぐらいだろうから。


 計1000万立法メートル……単位がやべー10M㎥メガ立法メートルの貯水施設になる。


 たしかダムの貯水量はさらに一桁上を行って1~2億㎥の容量だったはず。


 そのダムですら水不足で干上がることがあるっていうんだから、現代社会の水消費量は桁違い!


 そう考えるとすんごい単位の水を貯蓄できるからって、慢心ダメ絶対!



 /◆◆◆◆/



 いろいろ考えた結果、川から流れる水の大部分が貯水池に流れるように作り直した。


 満杯になったらまた支流に流れるように工夫してある。


 そして貯水池の川側つまり北側の四つは主に川魚の養殖池として。


 そこから南の四つは農業用水にするために藻やヘドロが流れないようにしてある。


 やったことは三列目の二つの貯水池の関に【ワイヤーネット】をいくつか配置して大き目の不純物が流れないようにした。


 三列目から四列目へ水を流すとき、我々が最も親しんだアルキメディアン・スクリューポンプで汲んで流している。


 これで今までは水路に川魚含めていろいろ流れていたのを止めて水のみを流せるはずだ。


 上流側はこれでいいだろう。


 明日からは下流側の水回りを変えていこう。



 ……それにしてもアルタの物量プレイはすさまじい。


 なにせ養殖池以外はインベントリの入口を大量に作って水もヘドロもすべて掻き出したんだから脱帽だ。


 そのあと未稼働のゴーレム人員を全部動員してさっきの入口に不要な土を放り込むという人海戦術。


 惚れ惚れするパワープレイだ!


 あとはインベントリに貯めこんだ水をちょい足しして池に戻せば完成だ。



 ソル128



 今までは貯水池の水をそのまま流すだけだった。 そのせいで水路は川魚や藻類、濁った泥水が流れていた。 貯水池を大幅に変えることで水路には澄んだ水が常に一定量流れるようになった。 そして水量は以前よりも増した。



 ――ということで農地側の開発だ。


 水路の流量が一定になったのはいいとして、それでも解決しなきゃいけない問題がある。


 まずはそもそも川の流量が減少傾向ってこと。


 まあこれは貯水池の拡大で焼け石に水ぐらいにはなるだろう。


 次に広大な農地にも大量の水がいる。


 水やりに大量のゴーレムを配置するつもりはない。


 ということで目をつけたのはあの沼地。


 古代ここに沼地は無かったらしいけど、あるのなら有効活用するのが人類って連中だ。


 ちょっと治水工事をして水が畑の近くまで流れるようにして、そのあとはいつものポンプでくみ上げて農地側に作った【ため池】に供給する。


 ようするに昨日作った貯水池の小型版を農地側にも作ってやった。


「人員を増やせばけっこう開発が捗るな」


「はいそうですね。しかし消耗はしますから常にはできません」


「それはしかたがないな。それでは農地の自動化を始めよう」


 ――たのしい自動化の時間だ。


 といってもやることは簡単で、ため池の水をさらにポンプでくみ上げて給水塔に供給する。


 あとは重力が仕事をする。


 つまり給水塔から銅管を通って散水する。


 ゴーレムがじょうろで水をやる時代は終わったのだ。


 問題があるとしたら私は最適な水やりがどのくらいか知らない。


 ノーキーンはノウハウがないのだからしょうがない。


 ではどうすればいいか?



 答え。

 ――思い付く全パターン試せばいいんじゃない!


「――と言うわけで【水路の水】と【沼の水】で自動散水にしよう」


「水質の違いを試すのですね」


「その通りだから半分の10haで農地を分けて、水質、水量と頻度を変えて数十パターン試す」


 ――もちろん最初の条件でも育ててリスクは回避しよう。


 楽しい自動化の実験だ。


「給水塔に管、操作しやすい制御それから……」


「工場長、もう日は暮れています。後はやりますので寝ていてください!」


「…………はいマム」


 ――お母さんに言われたらしょうがない。


 この調子なら今日中にはできるだろう。


 明日からはやっと製紙工場の建設だ。


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