第3話 イセ松パインケミカル工業


 ――いま純度98%の粗銅が目の前にある。


 ではこれ以上に純度を上げるには?


 そこで近代になって化学的に純度を上げる方法を模索した。


 その結果、受験生に必須の知識である銅の【電解精錬】が確立した。


 なんとそれにより銅の純度は99.99%にまで跳ね上がった!


 こいつはすごい!



 【電解精錬】に必要なのは?

 ――電気だね!


 電気を起こすのに必要なのは?

 ――【発電機】だね!


 【発電機】の材料は?

 ――純度99.99%の銅線だね!




 …………なんてこった!


 これだから理論化学の授業は原始人には役に立たないんだよ!


 とはいえ【発電機】ができないわけじゃない。


 不純物が多い銅線だと発熱量が上がって使いづらいだけだ。


 電気抵抗の低い金でも豪勢に使えば何とかなる――ないけどな!



 だがここは異世界らしくもっと簡単な方法でさっさと高純度の銅を手に入れてしまおう。


「――ということでアルタ先生! よろしくお願いします!!」


「任せてください。そういうのは錬金術の得意分野です」


 ――錬金術はいいぞ~。最高じゃないか!



 ――5分後。



 錬金術は特に指示しなければ錬成して出来上がる製品は鏡面仕上げになる。これは分子レベルでの再構築の際に凹凸を表現するのは、むしろコストが高いからだ。目の前には鏡面仕上げの【純銅】が現れ、ヘルメットと防塵マスクそして作業ゴーグルを装着した工場長の顔が映し出された。



 ――すばらしい! 高品位の銅ができた。


 鏡面仕上げの銅なんて大学の研究室かパソコンのCPU放熱部品ぐらいでしか見ないものを――。


 1トンの塊で手に入れるなんてひゃっほー!!


 心象的にはもったいないが今後のためにコイツを溶かして加工しよう。



 銅は約1000℃ぐらいで溶けてくれるから鉄よりも加工難易度が低いのがいい。


 というわけだからいつものように炉に火を入れて銅を溶かす。


「次は何をするんですか~工場長?」


「よく聞いてくれた! これから作るのは発電機の重要部品である【銅線】だ!」


 ――銅線ができたらしてモーター作って発電だ!


 【磁石】はないけど何とでもなる。


「という訳で――せっかく作った銅を溶かして、みたいに押し出して、銅線を作る」


? ……とにかく炉に銅を投入しますね」


 ――そういえば技術的な情報以外は渡していから、この辺で意思疎通が難しくなるな。


 うーん、ま、問題ないからいいや。



 それよりも大量生産だ。


 この炉は横に小さな穴が空いていて、そこから少しずつ銅を取り出し水車で巻き上げて銅の巻線を作る予定だ。


 よし赤々と溶けてくれたから、粘土の栓をとって引き抜いて……



 ジャーーーー



「工場長! どんどん流れ落ちています!」「キャー」


「工場長のおしっこみたーい」「キャーキャー」


「待て待てレディがはしたな……ってそこのゴーレムあとで事情聴取だ――アルタ君インベントリに回収!」


 ――うん、銅って熱すると水より粘性ないのね。


「それでは工場長、熱して柔らかくなる程度に調整しますね」


 ――温度調整のために木炭を消費しまくってるな。


 欲しい粘性は柔らかくけれど押すなり引くなりしないと穴からでない程度のほどよい溶け心地。


 そして出てきた銅を水車の軸に取り付け巻き上げる。


 ん~、今後ゴーレムに製造任せられるのか?



 /◆◆◆/



 ――うまくできなかった……。



 少し銅線の製造法を考えてみよう。つまり歴史の確認だ。



 古代において、銅線はまず銅の板をつくり、端から切って銅の棒材を作ったのが始まりだと考えられてる。


 棒材といってもとても細く、そして断面が四角くなるからハンマーで叩いて丸くしたのだろう。


 この方式は……あまりに脳筋すぎるので即座に却下。



 んで歴史を無視したのが最初にやろうとしていた【ところてん方式】、イメージとしては押してにゅるんと銅線ができたらいいな~って感じだけど、実際は粘性低い水のような状態だったから諦めた。




 それではもう一度歴史の授業。


 時代が経って近代以降は水車工場での巻線になった。

 

 水車による伸線引抜なんだけど、専用のペンチで熱した銅を摘まんで水車側の金具とつないで回転力で引き抜く方法。


 わかりやすく言うと【水あめくるくる方式】!!


 ……なんだけど、そもそも不器用だから【ところてん方式】を試そうとしたのであって…………。


 ――よし、諦めよう。



 私は不器用なんだから仕方がない。


 それにたとえできたとしても基本的にはゴーレムが製造できなければ意味が無い。


 不器用仲間の彼女らにそんな不毛な作業はさせられない。



 だが、うーん…………よし、今日は疲れたし寝て明日からがんばろう。


 睡眠は大事、脳のリフレッシュはエンジニアにとって必須だ。


 さっき鏡見たらすこしやつれてたし、徹夜はお肌に悪いってもんよ。


 ……ということにして早く寝よう。


 

 ソル77



 ――アイデアはおはようと共に。


 眠くなる歴史の授業中に寝てやったから、本題にすぐに入れる。


 えーと昨日どこまで考えてたんだっけ?


 そうそうやっと近代だ。



 ということで近代になり材料工学の優秀な人材が編み出した【圧延技術】で昨日の問題をさっさと解決する。


 【圧延技術】は100年程度の新しい技術である。


 けど言ってしまえば明治には小規模ではあるが出来ていたってことになる。


 こいつは負けられない。



 /◆/



 ここはエンジニアらしく水車動力式圧延装置を作って銅をローラーで圧延しながら引き延ばして粗線にすることにした。


「なんで最初からこの方法にしなかったオブですか?」


「……いいだろ――いろいろ試したかったんだよ」


「ふふ、工場長が楽しければそれでいいんですよ」


 ――最近のアルタは感情が豊かになってきてる。


 とかも人のソレになってきてる。


 けど生物とは言えないしこういうのなんて言うんだ?


 哲学的ゾンビ? なんか違う気も…………いかんいかん生存第一のいま哲学なんかに手を出しても不毛ってもんだ。


 パートナー青狸にいちゃもんつけてもしょうがない。



 ごほんごほん、製造について考えよう。



 とにかく延伸施設を稼働させて銅線のようなものを少しづつ製造しはじめている。


 あとはゴーレムでもできるはずだ。



 実は【銅線】じゃ発電機はできない。


 だからもう一工程加工して部品を作り出さなければいけない。


 そうこれから作ろうとしているのは【コイル】である。



 その材料はネジ3本と鉄の球体そしてU字磁石2つ…………ではない。



 うれしいことにもっと材料は少なくてすむ。


 【コイル】と【鉄心】があれば十分だ。


 この【コイル】はエナメルの被膜をどうにかして作らないと、ただのショートするゴミができるだけだ。


 おーけー簡単なことだ。


 被膜の原料つくって銅線に塗るだけだ。


 それではエナメル質の被膜つまり【ワニス】をつくろう。


 知ってる限りの原料は【樹脂】とそれを融かす【溶剤】の2つ、これを集めなければいけない。





 「――だから集めておいた」


 「あ~それで工場長にいろいろ集めさせられたですですか」


 「木をとか、切り株を削れとか面倒だったオブ」


 ――そうこの10ソルの間、レンガづくり以外にも地味な作業を続けていたのだ。


 【樹脂】を集めるためにイセ松や漆の木みたいなヤツの表面を傷つけて缶に溜まるようにしたり――。


 新鮮な切り株に固着してる【樹脂】を削り取ったり――。


 木タール、木酢液、パインオイルから水分を蒸発させて【樹脂】集めをしていたのだ。




 では【溶剤】はどうしたかというと、ついでにイセ松を水蒸気蒸留して精製して手に入れた。


 そういつものようにイセ松から取り出したのだ!


 パインオイルまたの名を松精油あるいはテレピン油は【溶剤】としても使えるから仕方がない……この辺の名称が統一されてないのはパインケミカル松脂化学という松脂重化学工業がマイナーなのが原因だとおもう。


 まあこれでうまくいかなかったら、木タールを蒸留してアセトンとメタノールをどうにか分離して【溶剤】として使えばいい。


 それでもだめなら紙を作って、油に浸して巻き付ければいい――第二次大戦前の伝統的な銅線の作り方だ。


 ようは絶縁さえできればいいのだから経路はいくらでもある。



「扱う【溶剤】は全部劇薬だから気をつけるように」


「工場長! 僕らに劇薬なんてないないYo」


「キミらが大丈夫でも私には危険なの!」


 ――不死の存在に安全と公害の概念を根付かせるのは大変――ほんとに大変。



「アルタ君、それでは【ワニス】の製造を始めよう」


 釜に【樹脂】と【溶剤】を入れて、低速ミキサーで内容物を撹拌する。


 圧力鍋みたいにフタをしてできるだけ気密性を上げて作業を行う。


 そうしないと溶剤が 蒸発して樹脂に戻ってしまうから。


「よーし窯の底から加熱して熱反応を促せ」


「今度こそ爆発だ!」

「圧力鍋爆発だ!」

「ワクワク、オブオブ」


「……アルタ君、穴をあけて圧力が上がらないようにしよう。あと気体はドラム缶に溜まるように管で繋いであとそれから――」


「ご安心ください。ミキサーの軸は隙間があるので圧力はさして上がりません」


 ――よしよし爆発はさせない絶対にな!



 /◆/



 ――どうして樹木から硬化する樹脂と液化させる溶剤その両方採れるのだろうか?


そんな難しい話ではない。


 樹木が傷ついたときに樹液が分泌する。その樹液を液体にするために溶剤を樹木自身が生成している。そして傷口から外気にさらされたときに蒸発して硬い樹脂に硬化する。

 ワニスってのはその現象を逆転させて、溶剤に漬けて樹脂を液体化させていろいろな製品や塗料として塗るってわけだ。

 昔から樹木を観察して利用してきた古代人の知恵を現代人が銅線にも活用したってだけの話だ。


「工場長、【銅線】もできたみたいですけど、これはどうなんでしょう?」


「ああー……うん、 ちょっと太さがまちまちでいびつで使いたくないな」


「よろしければ錬金術で均一な線になるように再構築しましょうか」


「……よろしくお願いします!」


 ――錬金術により粗悪銅線は綺麗な【巻線】へと変身した。


 今日の発見、製品の修正には錬金コストはあまりかからないようだ。


 これは新しい悪だくみの幅が増えるってもんよ。



 いま右手に【ワニス】が、そして左手に【巻線】がある。


 この2つを合わせると【エナメル線】が作れる!



 ――――――――――――――――――――


 製造工程


 純銅 → 巻線



 大木 → 樹液 → 樹脂


 木材 → 溶剤


 樹脂 + 溶剤 → ワニス



 巻線 + ワニス → 次回

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