第3話 ゴーレム
古代魔法王国では不死の研究が盛んにおこなわれていた。その研究の一環としてゴーレムという石と木でできた人工の体に魂を移すことで不死性を獲得しようとしていた。
アルタは廃墟となった研究所の古代錬金術師であり、ゴーレムに意識を移す研究に従事していた。この研究が完成間近のときに【大災害】が発生し王国は滅亡、その滅亡時に記憶をゴーレム・コアと呼ぶ魔石の中に移すことに成功した。だが動くことができずに長い年月を過ごすうちに、意識と記憶が薄れていき――現在に至る。
古代ゴーレム研究は一応の成果は出していた。魔石を原動力としてコアに人の意識を移すことに何度も成功した。しかも基本記憶のコピーだから元となった人間へのリスクは皆無に等しかった。
与えられた命令を実行すれば壊れるまで動き続け、死も恐怖もない不死の軍団はまさに古代王国の中核を担うのに相応しい存在になる、予定だった……。
「だーかーらー、勝手に動き回るな!」
「いえーい!」
実際は動き出したゴーレム達に悪戦苦闘していた。当時も……。
――なんという使えない連中だ! カタログスペックは最高なのに!
とにかく何が問題かといえば好奇心旺盛な子供のそれじゃないか。
命令すれば実行するが、それ以外となると……。
――待機中に虫を追いかける。
――足元の石をひっくり返し覗き込む。
――木の棒でそこら中をツンツンする。
――捕まえた虫を引きちぎる。
――大量の無意味な質問を繰り返す。
――etc.
「ええい! うるさい、全部一時収納だ」
「分かりました、マスター」
――ほんとにやばかったインベントリがあってよかったよ。
/◆/
その後ゴーレム一体毎に呼び出して命令を与えていった。3体には水源調査を、5体には遺跡周辺の調査を命じた。
そして残りの3体に――
「マスター、一体だけ遺跡の上部に逃げ出しています」
「なに! う、この階段を上るのか――私は運動苦手なんだが……」
巨石を削って作られた遺跡は古代において神殿として機能していた。古代の魔法王国では神殿の神事と神秘の魔術の研究が一体となっていて、この一帯では巨石を削って作られた神殿と削った石を積み上げて囲うように作られた魔術師の研究所が共存していた。
――はぁ~しんど……だから遺跡の上部は行きたくなかった……。
「はぁ、はぁ……やっと着いた」
「お疲れ様です」
「ふぅ……おお! これは興味深い」
遺跡の上部はストーンヘンジのような石の柱が円状に置かれている。
「当時は神官が太陽と月、星の位置から暦を読み、種まき収穫などの時期を決めていたそうです」
「なるほど、お! 今はちょうどお昼時か……」
――柱の影の傾きぐあいと、床に彫られている模様から昼だと判断できる。
そうなるとここに来たのは早朝だったのか。
見渡す限り遺跡群になってるな。
目算で一辺が約5㎞程度で碁盤のような道の痕跡がある。
住居があったと思われる所は茎の長い雑草で覆われているので違いがはっきりしている。
遺跡の周囲は森に山脈そして……湖かな……。
「ん?! なんだあれは……」
――よく見えないが……森ではなさそうだ。繭?
「記憶が正しければそちらは北になりますが、あのへんなのは見たことがありません」
「アルタ君も知らないのかあとで調べてみるか……」
「ところでアルタ君、古代王国滅亡の原因はわかるか?」
「……わかりません。残念ながら……記憶が欠落しています」
「ウェーイ、テンション上がってきたー!」
石柱の上に一体のゴーレムが騒いでいる。
――そうだコイツを捕まえに、ここまで上がってきたんだった。
「インベントリに収まりなさい」
「いやーアイキャンフラ……」
ゴーレムは逃げ出す間もなくインベントリに収納される。
/◆/
――直接、北の森を調べるのは危険だという判断になり捕まえたゴーレムと残り2体に調査を任せることにした。
デジカメ持たせたし、ある程度の確認はできるだろ。
それにしても、さっきまで好き勝手動き回ってたのに【命令】をすればちゃんとその通りに動くのは不思議な感じがする。
「一つ聞きたいんだがスキルと人格は分離できるのか?」
「可能です。そのときは、疑似人格のアルタは寝た状態になります。譲渡を終わらせますか?」
――そうなると対話しながらスキルを発動するか、ある程度自律的に使うか。
うん、スキルは私が使うよりアルタに任せたほうが都合がよさそうだな。
「スキルは譲渡状態でいいよ。――では次にあれは……あのゴーレムは何なんだ?」
「……汎用性を目指した労働ゴーレムの試作品です」
「他にもタイプがあるのか?」
「はい、いくつか用途別にあります。例えば研究所の隣に大型の労働兼警備ゴーレムが朽ちてます」
――遺跡の隣の墓と思われたのはどうやら大型のゴーレムの残骸らしい。もっともコアは壊れてるのでもう動かせないらしい。
本来決められたパターンでしか動かないのがゴーレムである。 そこで高度な命令を聞くゴーレムの開発と不死の研究の1つである人格を他に移す研究は必然的に結び付いた。 そして罪人の人格を付与する実験は成功した……だが失敗作ができた。
「結局、当時の天才魔術師や賢者もちろん私の人格も転写しましたが……できたのはさっきの子供のようなゴーレムでまともに運用できませんでした」
「うん? 一応命令は聞いてたと思うが……」
「はい、アシストスキルの補助もあるのでスムーズにいきましたが、本来はあの程度の命令を理解させるのに数週間以上かかります。それに――」
「キャァァァァァ」
そのとき悲鳴のような声と共に轟音が近づいてきている。
音のほうに向かってみると最初に見つけた水路に勢いよく水が流れ込み、体を無くしたゴーレムコアが3つ絶望的な悲鳴をあげながら下流へと流され……
「アァァァ、あ! マスター! 楽しいですよ!!」
「一緒にどうオブ?」
「むしろ楽しんでるな。アルタ君、回収できるか?」
「はい、マスターすぐにインベントリに回収します」
「ああ、頼む」
――予想はついてたが水源調査をしていたゴーレム達のようだ。
とりあえず一体に何があったのか聞いてみよう。
「水路を辿って上流を目指したオブ。そこで――」
――そこで 見つけたのは 石を積み上げて築いた堤防。
古代に治水の一環として築かれたその堤防は本来貯水池の役割を果たしていた。 だが長い年月により朽ち果て土塁は川に流された結果、貯水池は地上に露出していた。
当時の壁面と巨木の根が辛うじて堤防の体をなしている状態だが、風化により崩れる寸前となっていた。
ゴーレム達は代わる代わる説明をした。
「水源を見つけました」
――そいつはすばらしい。
「調査したオブオブ」
――ここまでは問題無さそうだ。
「堤防に木の根が張り付いてたですです」
――放棄されたから仕方がないね。
「垂れてた根っこに飛びついてみました」
――バカじゃないの!?
「ア~アア~やったオブ」
――そうだバカだった!
「根本から千切れたですです」
――腐ってたんだ……。
「根本から水がピューって出てきました」
――あ、オチが読めてきた。
「上から見たら水が溜まってたですです」
――貯水池だろうか?
「一番大きな根っこでもう一度ア~アア~しました」「上でジャンプしたオブ」「石をいっぱい投げたですです」
その結果、堤防は決壊した。
ゴーレム3体は楽しそうだから、あえて濁流に飛び込み流されながら戻ってきたのである。
「アルタ君……もっと教育と命令を徹底しないとだめだな……」
「はい、マスター。当時も命令を曲解して、好奇心で行動し制御できませんでした。今回の場合は……たぶん堤防の強度の調査辺りが妥当でしょうか」
「……そりゃ手に余るわけだ――そんな拡大解釈の屁理屈が通るならどのような行動も許されてしまう」
アシストスキルのおかげで何とか使える状態なのだが問題がおおい。
「何にしてもコアが無事でよかった。ただゴーレム素体が無いと次の作業ができん」
「錬金術で素体を造りましょうか?」
「できるのか! それなら――!? ……だがその前に昼食の食糧を探そう」
――まさかお腹が鳴るとは思わなかった。
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