第7章 窒素の時代

第1話 公害対策


 ソル161


 早朝になりアルタと合流し再度石油関連施設の計画を練り直した。 そしてアルタは襲撃してきた魔物から採れた魔石について調べ始めた。 その横で工場長は朝の日課である体操を始めるのだった。


「アルタ君、その魔石について何かわかった?」


「はい、古代に別派閥が研究していた技術に似ています」


「別の派閥……」


 ――古代の不老不死研究はいくつかの派閥に分かれているらしい。


 私がよく知っているのは魔石に意識を転写して、不死の岩石生命体になる研究。


 結果は子供のような、知性が未熟なゴーレムが誕生した。


 アルタが言う、もうひとつは魔石をに埋込み生命力を上げ、不老を目指す研究。


 こっちの詳細は不明らしいが目の前の亡骸の山が研究成果だろう。


 まあ、完全に炭だけど。


 ゴーレムコアと魔石をくっつけると反応する、その理由はそもそも同じ技術の派生だからか?


 古代人たちは他にもいろいろやってたらしいが、ひとつ言えるのはヤベーやつらってことだ。


「――よし体操終わり」


「ではこちらのスタンプを押しますね」


「…………」


 ――体操毎にスタンプを押すのがアルタの日課になっている。


 何だろうこの感情、なんかモヤモヤする。


 いやいやそんな事よりも――。


「――つなげると気分が悪くなる原因はわかりそうか?」


「たぶんですが二重になってるんでしょう。解決法があればいいんですが」


「二重か……」


 ――ゴーレムコアは科学的にみると、とてつもなく優秀だ。


 視覚と聴覚それに思考がひとつのパッケージにまとまっている。


 それが倍に増えると処理が追い付かないのかもしれない。


 人に例えるなら、魚眼レンズで360度が見える状態で、さらに二重になっているそんでもって音声にエコーが鳴り響いてる状態なのかもしれない……。


 おお、高機能欲張りセットの弊害だな。


 あ! いいこと思いついた。


「なら片方の魔石を金属で包んで情報量を制限したらどうだ」


「なるほど、試す価値はありそうですね」


「実験台ですか。実験台なんですか」


 ――魔石を銅板で包み接触部分だけ穴が開いている状態にする。


 だがそれでは固定できないので、筒状の銅管にはめ込む形になった。


 ようはゴーレムコアの片面だけが見えてればいいのだ。


「うーん、なんかモノアイ感がすごいな――そう、量産型ロボットぽさ増量だ!」


「はぁ、そうですか。それで調子はどうですか?」


「あ……う……お……はっ! まったく問題ありません! 工場長閣下殿! 女王陛下殿!」



 ……………………これは問題がないのだろうか?


 うん、どうやら群体生物の特性が付いたようだ。


「興味深い変化だな。あとそれから多重敬語になるから【工場長】で統一してくれ」


「はっ! わかりました! 工場長!」


「あの……私も女王はやめてもらいたい……です」


「はっ! わかりました! ……母上!」


「ハ……まあしかたないのですね」


 ――いかにも兵隊のようなゴーレムについては後で調べることにしよう。


 さて、気は重いが公害対策をやっていこう。


 今まで避けていた西側の本格調査だ。


 まずは湖周辺と湿地帯を重点的に調べて公害汚染がどのようになっているのか見ていく。


 それから具体的な対策を立てて実行に移す。


 おーけー始めよう。



 その日は沼地の生態系と湖の生態系そして鉱山からの排水を重点的に調べていった。 ただし検査キットを持っていない状態での調査には限界があり、ほぼ推論で問題の把握に努めることになった。 だがおおむね正確に事態の全容をつかむことができた。



 ソル162



 ――なんということだ。


 石油の流出関連だけが問題だと思っていたが、鉱山廃水に湖の生態系の消失。


 そしてなんといっても衝撃的だったのが湿地帯に生物が存在しないことだ!


 それも我々が掘り当てるはるか前から湿地帯の中心地で天然石油が漏れ出していた。


 おかげで湿地帯は中心部は赤黒いドロドロが堆積していてほとんど調べられなかった。


 遅かれ早かれここら一帯は石油で全滅していた可能性はある。



 鉱山のあの水を大量に使う掘削方法も何とかしないといけないな。


 あれじゃあ豊富すぎるミネラルが川に流れて淡水赤潮っていう河川版の赤潮がまた発生してしまう。


 よろしい2つとも改善してやろう。



「ということで今回の治水事業は主に2つの問題解決を前提としている――」


 一つは石油が出る沼地の埋め立てだ。


 残念だが沼地は干拓して埋め立てて、石油工場群の建設場所になってもらう。


 さいわい、沼地はできてから日が浅く、簡易ボーリング調査から出来てから数十年といったところだ。


 しかも天然で石油が漏れ出てた影響で独自の生態系はなさそうだった。


 まさに毒の沼といっていい。


 つまり埋め立てたほうが自然に優しいはずだ――。


「――そう私は自然に環境に優しい男なのだ」


「工場長お気をたしかに!」「まだ頭打った影響が残ってるオブ」「埋め立てればいいっすね」


「大丈夫です。必ず治りますからそれまでちゃんとお世話しますね」


「キミら全員、私を何だと思ってるんだ!」


 ――まったく、ここから抜け出すためにちょっと有害物質を大量に掘り出してるだけじゃないか。



 「……オッホン、もう一つは鉱山汚染水の処理だ」


 ――赤潮現象がどのように周囲に影響を及ぼしたのかは不明だが、発生しないように気を配ることは大切だ。


 根本的には水を使わないことだがこっちもいいアイデアを思いついたからおいおい対処する。


 今は鉱山から流れる水を一カ所に集めて汚染水を除去する処理所を作っていく。


「今後はスチーム重機を活用して作業に当たる全員重機を乗りこなせるようになること。OK」


「僕らレバー操作しかできないけど、レバー操作で動かせるモノなら工場長より上手っす」


「ん、私が育てましたから当然です」


 ――と、アルタが胸を張ってる。


 ……まあそうなんだけど。


 最近はゴーレムのほうが器用に動けている。


 教育ママの成果だろうか。


 それとも潤滑油やワセリンを可動部に塗った影響だろうか。


 つまり頼りになるってことだ。


 よろしい摩耗しきるまでこき使ってやる。


 /◆/


 やることの規模が大きくなっているから、スチーム重機を大量に配備しよう。


 部品はソル158から今まで作り続けている。


 10台ほどなら製造できるだろう。


 各現場で運用できれば作業が進みそうだ。


 いいね! スチームの時代がやっと来た。



 スチーム重機はクレーン以外にもショベル式の重機も製造していった。 これらの重機は油圧制御ではなく、てこの原理と鋼線ロープで制御するケーブル式を採用している。 これらの重機は岩をどかし地面を掘り進めて水回りの整備をしていく。 工事後は各鉱山での掘削作業の主力として使われることになる。



 ソル165



「よし、堤防作りは順調だな」


「さすがに湿地帯全域を埋め立てるのはムダなので河川沿いに区画分けして堤防を作ることにしました」


「すばらしい、あとは水を抜けば元沼地を移動できるようになるし、染み出るところに坑井をつくれば汚染防止にもなる。このまま進めてしまおう」


「はい、任せてください」


 ――これで毒の沼は無くなるが汚染も食い止められるだろう。


 今思うと毒の沼の水を農地に垂れ流していたのだ。


 なんで枯れたのかもう予想ができてしまった。


 これだから天然水は信用ならない。


 やはり人工的に作った農業土と農業用水こそが農耕成功の秘訣だね。


 ふぅ~最近、自然を保護したいのか破壊したいのかわからなくなってきている。


 今後も自分にとって都合のいい自然を守りながら、それ以外はガンガン開発していくんだろうな。


 そうつまり立派な現代人らしい行動をしてるってことだ。


 私もついに原始人でも古代人でも中世人でも近代人でもないになったんだ。


 そう思ったらやる気がでてきたぞ!


 よーし、つぎは鉱山周辺の汚水処理だ。



 /◆◆/



 さて汚染水処理場の構成は4つの槽に分けられる。


 鉱山と油田では汚染原因が違うが処理プロセスは全部統一している。



 まず最初の槽で水面に浮かぶ油分をとる。


 これで石油を回収できる。


 石油とか重油って名前の割に水より軽いから助かる。


 回収した油分はもちろん再利用だ。


 物資不足の我々にとっては貴重な資源だからな。



 次のプロセスは2つの槽で汚水を処理する。


 このとき隔壁の下側を開けることで、油分以外が流れるようになっている。


 2つの槽は最初に【石灰】その次に【消石灰】をそれぞれ入れて撹拌する。


 中和剤として利用される石灰系を放り込んででマゼマゼするってことだ――。


「工場長、石灰と消石灰てなーに?」


「炭酸カルシウムと水酸化カルシウムで――」


 石灰岩をいつものように砕いて炭酸カルシウムの粉を作る。


 そしてこの粉をいつものように燃やして炭素を吹き飛ばす。


 すると酸化カルシウムまたの名を【生石灰】が出来上がる。


 この生石灰はほっとくと二酸化炭素と反応してまた炭化するから水を掛けてやる。


 すると発熱はするが火も煙もでない都合のいい熱源になる。


 この現象は火を使えないお弁当とかを温めるのに使われたりしてるアレだ。


 そうして出来る水酸化カルシウムのことを【消石灰】っていう――。


「――わっかた?」


「ベントーってなーに?」「バクハツの予感」「ワクワク」「あとはわかんないねー」


「……おう!? そこからか! まあ今後覚えていけばいいよ――」



 ――さて第二槽の汚水に【石灰】の粉で中和反応を起して処理する。


 そのあと第三槽で【消石灰】の粉でさらに中和させる。


 細かいことはわからないけど、たぶん物質として安定している【石灰】だと反応が鈍く、燃やしたり水掛けたりして高コストな【消石灰】だと量をそろえるのが大変なんだろう。



 この方法を二段中和法といい。


 大量生産の弊害である鉱山廃水処理の重要なプロセスだ。


 たしか酸性に傾いた水の中和が主な目的だったはず。



 それでは最後の槽、第四槽で沈殿物を回収する。


 【硫酸】と【鉄】の粉をマゼマゼしてぶっかけると鉄イオンが何たらして凝集するらしい。


 ……と、むかし汚水処理場見学で見たからあってるはずだ。


 ………………。


「――工場長、撹拌の影響で沈殿しません」


「おお! それもそうだ沈殿槽は別途追加だ」


 ――いえーい。処理場に第五槽が増えたぜ。


 この処理により鉄、銅といったおなじみからカドミウム、ヒ素、クロム、水銀など人類基準の有害物質が手に入る。


 だが、資源不足に困窮している現状は豊富な資源でしかない。


 さらに分離と分解の女神アルタ様がいるから、ある程度まとまっていればローコストですべてを回収できる。


 ひゅーやったぜ!



 ただ鉱山周辺の植物は枯れるどころか活性化しているのが気になるな――特に青い花。


 たぶん人類にとって有害でも植物にとっては豊富な栄養でしかないんだろう。


 私の知っている世界よりもこの世界の植物は逞しくそして強かしたたかなのかもしれない。


 と、感傷にふけってる場合じゃなかった。


 さあ公害対策はこのぐらいにして、残りの問題を解決していこう!


――――――――――――――――――――


処理工程


汚染水(油・強酸・重金属)

比重分離 → 汚染水(強酸・重金属)

pH中和 → 汚染水(重金属)

凝集反応 → 放流水 + 中和沈殿物

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