第2話 燃えてしまえ


 その地を東西に分断するかのように横たわる大山脈、そのふもとでは水が湧き、谷間に集まり川となる。 そしてその地を絶壁の山崖と奈落の谷川で分断する。 雨季に魔物たちは自然境界線に従い閉じた縄張りで争い、乾季になり水量が減ると生物の往来が盛んになり大規模な勢力争いへと発展する。 敗北者は森の養分となり、適者だけが繁栄する。


 大自然の悪意が魔物たちの進化を促す。



 ソル190



 ――やっとだ。ついに雨が止んだ。


 今日までに武器を――いや、兵器を揃えた。


 さあはじめよう――鉱山を奪い返してやる。


 たかだか数百億年の進化で生まれた悪意と、1500年の濃縮された進歩が生んだ悪意。


 どちらの悪意が勝つか決めようじゃないか。



 /◆/



 目の前には鉄兵ゴーレム50体。


 かき集めた物資で作り上げ、これで資源地帯を取り返す。


「目指すは鉄鉱山! 必ずや奪い返すぞ!!」


「ハッ! 出陣! 全体進め!」


「この兵器で上手くいけばいいんだけど……」


 ――あそこさえ手に入れば生産力は復活する。


 鉱山を襲った魔物は北の虫と同じだった。


 この虫をとりあえずバグズと呼ぶことにした。


 水量がまだまだ少なかった段階で川を渡って鉱山まできたようだ。


 この数日で川は激流に変わった。


 言ってしまえば少数のバグズを倒せばまた鉱山と高炉が息を吹き返すってことだ。


 だからこの数日間で作り上げた兵隊ゴーレム50体とを使って勝負を仕掛ける。



 その日、兵隊ゴーレムは貯水池にある橋から鉱山を目指す。 かつて舗装された道を荷車を引きながら行進する。 ほどなくして鉱山を目指す一団にバグズが群れをなして襲い掛かる。

 ゴーレム達は迎撃するべく荷車の装置を動かす。 ボンベの栓を開き火口をバグズに向けて火種を点ける。 20m以内に入り次第引き金を引いてボンベ内の燃料をバグズに放射する。


 火炎放射器がすべてを焼き尽くす。



 /◆/



「……黒煙が上がってるな」


「はい、うまくいって――!!? 爆発!?」


「うわ!? やられたか?」


 ――作り上げた武器は火炎放射器。


 その見た目のインパクトに比べるとそこまで強くはない兵器だ。


 それでも倒すことはできるだろうと踏んで製造した。


 用意した原料は3つ、【重油】、【窒素】、【LPガス】だ。


 それぞれを別の【ボンベ】に入れてある。


 可燃剤として【重油】を使い、配管の途中で高圧の【窒素】と混ぜて噴出する。


 そして【LPガス】は火口の近くで火種として使っている。


 なんてことはない【ガス溶接機】のボンベの中身を変えて、火炎放射器に改造してやったのだ。



 火炎放射器ってのは歴史が古く中世のビザンツ帝国時代にはすでに実用化されていたらしい。


 だが歴史は有れどコイツは欠点が多い。


 まず射程が20m以下というのが致命的。


 次に集中攻撃されると誘爆するというのは絶望的に扱いずらい。


 他には容量と重量の関係から重く、継戦能力が低い。


 そこで採石所に転がっていた荷車にボンベを乗せて移動させることにした。


 幸い鉄鉱山までの道のりは整備してあるから、その道に沿って進んでいける。


 1台の荷車に兵隊ゴーレムが5体、全部で10台の火炎放射部隊の進行になる。


 ゴーレムはノーコンだ。


 命中させる能力がないのなら範囲攻撃すればいい、そういう発想で作り上げた。


 この兵隊ゴーレムと火炎放射器を作るために冶金試験場の試験片を片端から潰してしまった。


 それでも倒しきるには時間がかかるだろう。


 そのノーコンのせいで二次被害として森が焼き払われるってのが――――!!?


「また爆発だな! ――!」


「今度は2回ですね。工場長、森に火が移ったようです」


 ――わかっていたが森が燃えるのは嫌だな。


 ん? 兵隊ゴーレムが戻ってきた。


「ハッ! 報告です! 襲ってきた敵はすべて燃やしました! 誘爆で放射器が3台、兵隊は18体やられました」


「誘爆かよ! アルタ君、作業用ゴーレムに鉱山周辺の探索をさせてくれ」


「わかりました」


 ――また雨が降ってきた。


 このまま降り続いてくれれば消火してくれるだろう。


 この天気は――雨はいつまで続くんだ?


 ふ~今考えても仕方がない。


 まずは目の前の鉄だ。


 ――全てを燃やし尽くしてでも鉄を確保して考えるのはその後だ。



 ソル195



 あれから5ソル費やして鉱山周辺は文字通り火だるまになった。


 雲の切れ目から日が差すとバグズに襲われ、撃退するために火炎放射器を使うと森が焼ける。


 バグズは火で倒せる――しかし獣と違い逃げ出したりしないようだ。


 昼夜問わず突撃してくるせいで、もはや雨が止むことを恐れるようになってしまった。


「工場長、鉄鉱山までは何とか取り返しました。しかし駆除が進みません」


「鉱山一帯は川と山脈に囲まれているから数に限りがあるはずなのに一向に減る気配が無いとは…………はぁ、ところで農地と南部はどうなってる?」


「南部の魔物は基本的に火を恐れるので火炎放射ですぐに逃げ出しました。鉄さえあれば鉄柵を作って侵入を防げるのですが――」


「工場長! 報告であります! 敵の巣が見つかりました!」


「ホントか!? それでどこなんだ!」


「ハッ! 銅鉱山偵察に向かいました! 途中の石灰石の採掘所に巣がありました!」


「石灰石の採石所だと……」


 ――それってつまり。


 いつもの採石場じゃあないか!


 いや落ち着け、まずは情報収集だ。


「巣の大きさ規模はどの程度だ?」


「ハッ! 直径5mほどの繭のような形でした!」


 ――たかだか数日で巣を築城するってことか。


 もっとだ。もっと情報を集めてから対応を考えよう。


 

 ソル196



 ――ああ、なんてことだ。


 ほんとにこれしかないのか?


 だがしょうがない、たぶんやれって言ってるんだろう――爆発の神様が。



 バグズの巣を監視して判ったことはいくつかある。


 まず晴れているときには巣の周辺にはバグズが数体見張りに出てくる。


 この見張りに見つからずに燃やそうにも、火炎放射器ではどうしても射程が足りない。


 数によるごり押しも考えたが1匹でも取り逃がしたら、またどこかに巣をつくられる可能性が高い。


 他に判ったことは、雨が降っている時には見張りも立てずに巣の中でじっと動かないことだ。


 たぶんあの巨体を維持するのに雨風や低温は苦手なんだろう――そうじゃなければ山脈の雪山を通り抜けてとっくの昔に襲ってきている。


 ということで雨のとにき襲えないかと試したら音に反応したのか突然襲ってきたそうな。


 アルタが突撃すれば問題はすぐにでも解決するんだけど、相変わらず過保護なので離れて戦ってはくれない。


 まあ相打ちとかになると私が詰むから絶対に行かせないけどね。


 なんにしても雨の間は一カ所に集まってくれるのならこれほど好都合なことはない。



 ということで私の有しているあらゆる情報が絡み合って一つの答えへと導かれた。


 まあ、端的に言ってしまうと『いつもの採石場』に居るのなら奴らの運命は決まったも当然ってことだ。


 そう爆発だ――盛大に爆破してやろう。


 もはや爆発のプロである私が本物の【爆弾】を作ってやろうじゃないか。



 /◆/



「それでは【爆弾】を作る」


「!!?」「つ、ついに……爆弾を……」「……ヒャッハー爆弾だーー!!」


「ということで作るのはみんな大好き【黒色火薬】だ」


 ――本当は掘削現場で使いたかったが仕方がない。


 必要な材料は【木炭】と【硫黄】と【硝酸カリウム】――はないから代わりに【硝酸ナトリウム】を使う。


 大体似たようなものだから何とかなるだろ。


 製造法は【炭酸ナトリウム】と【硝酸】を混ぜるだけ、これで【硝酸ナトリウム】になる。


 【硝酸】は窒素肥料工場の製造ラインで絶賛製造中だ――なんとまだ爆発していない!


 そして【炭酸ナトリウム】は製紙工場で蒸解後に出てくる【黒液】を燃やした後に残る粉が大体【炭酸ナトリウム】になる。


 なんてことはない紙づくりのついでに生産をし続けていたのだ。


 あとは各材料を粉にして、混合して、均一にして、プレスして、破砕して、乾燥させる。


 いえーい! 今までとやってることが一緒だ!


 あとはバグズに気付かれずに爆薬を設置する方法を考えるだけだ。



 ソル200



 ――言い訳をさせてもらうと別に爆弾で吹き飛ばす理由はない。


 なんだったら巣の周りを囲って相手の数的資源が無くなるまで倒し続けてから巣を燃やすのでも構わない。


 まあ、人員と物資の都合からとても時間はかかるんだけど、それでも一家世にいるのならできないことはない。


 しかし、どういうわけかアルタ以外の全員が爆破に病的なまでにこだわってしまった。


 今までの所業のせいだね――絶対にそうに違いない。


「ほんとにやるのか?」


「ハッ! お任せください! 必ずや成功させます!」


「そうかわかった。ちゃんとコアは回収するからな~飲茶するなよ~」


「……………………ぶ~」


「アルタさん、そう怒んないでくれ」


「…………いえ、一番確実な手だと思います」


 ――うん、ほんとにどうしてこうなった。


 基本方針は本当にシンプルだ。


 爆弾で巣を吹き飛ばす――これだけだ。


 【黒色火薬】だけでは燃え広がらないので【重油】と【ナフサ】を大量に積んでいる。


 火種として使い捨てチェストには燃え盛る木炭を入れた。


 あとは豪雨の時に近づくだけ。


 ではどのようにして音を立てずに近づくのか――残念ながら思い付か無いので別の手を考えた。


 鉄兵ゴーレムが石灰石の現場で音を立てずに近づくなんて無理だ。


 会議中に悩みながらふと変な案が思い浮かんで述べてしまった。


 その案とは、お役御免になった水車の羽根を鉄兵ゴーレムの胴体にくっ付け――武器腕ならぬ羽根腕にする。


 なにせ彼女らは炭坑ゴーレムのツルハシ腕のように関節の回転が得意だ――しかも馬力が上がっているから今までよりも自由度が高い。


 そしてやることはその状態で採石所の段々の上の方から巣に目がけて一気に近づいて爆破する。


 想像してみよう両腕が車輪で真ん中の胴体に爆弾を大量に括り付けてバグズに向かって進む姿を――。


 大量の爆薬を安定させるために車輪の間にドラム缶のような筒で覆ってしまう姿を――。


 そして採石所の上の方から最高速度で巣に突撃するその姿は――。


「レッツ、パンジャン!」


「やめろ止めるんだ。ロケットついてないからその名を口にしてはいけない」


 ――もちろんアルタは最後まで反対していた。


 四脚すらダメ出ししたのだから当たり前だ。


 他にもアルタの機嫌が悪いのはこの作戦は自爆が前提ということにある。


 まあコアは爆発では壊れないんだけどね。


 もちろんアルタが反対したからすぐに取り下げたんだが――兵隊ゴーレム達が「面白そうであります!」と嬉々として志願して、さらに労働ゴーレムも爆発好きだからお願い攻勢を強めてきた。


 そしてついにアルタが折れてしまった。


 なんてことだ!


 我が陣営は爆発狂の集団と化していた!!


 結局、レッツ、パンジャンすることにして現在に至る。


 うん、おかしい――紅茶を絶っているはずなのに発想が紅茶の国のそれだ。


 野菜か? 野菜茶のせいか?


 朝から晩まで野菜しか摂取していないから、あたま栽培男になっちまった!



 /◆/



「! ――爆発したな」


「…………巣が燃えていきます。バグズは多分全滅でしょう」


「ひゃっはー殺虫の時間だー!」「バクハツだバクハツだ!」「燃えてしまえ!」


 ――もう何も言うまい。


 発案した時点で彼女らと根底は一緒だ。


 今は前向きに鉱山が戻ってきたことを喜ぼう。


 これで鉱山区域は安全なはずだ。


「ゴーレム達はこのまま銅鉱山の奪還に向かえ。木酢液をたんまりとあげてくるんだ。無理そうなら火炎放射――いや液体窒素で山狩りだ」


「ヒャッハー。ワームの氷漬け!」


「アルタ、鉄鉱山の各設備の点検だ。すぐにでも再稼働させるぞ」


「……わかりました。ぷぃ」


 ――あ、まだ怒ってる。


 まあこっちは後でなんとかしよう。


 それより鉄資源と銅鉱山が手に入るなら火炎放射器よりも使い勝手の良い兵器を作れるってことだ。


 人類がいかにして地上の覇者になったのか虫どもに教えてやろう。


 さあ撒いた種を回収するときだ。


 ――――――――――――――――――――


 製造工程


 木炭 + 硫黄 + 硝酸ナトリウム → 黒色爆弾


 保有設備

 ――石切り場、採石所

 ――レンガ窯

 ――製紙工場

 ――冶金研究所

 ――石油工場

 ――液体空気工場

 ――窒素肥料工場

 ――工作機械群

 ――鉄鉱山

 ――木材炭化炉

 ――木炭高炉

 ――木タール蒸留所

 ――電解精錬所

 ――銅線工場

 ――永久磁石製造所


 喪失設備

 ――石炭鉱山

 ――コークス炉

 ――コールタール蒸留所

 ――銅鉱山

 ――合成ゴム試験所

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