第3話 種を回収するとき


 大規模な捜査の結果、新たなバグズがいないと判断し鉱山の主が舞い戻った。 そして黒色火薬による発破と共に掘削を再開する。 高炉は息を吹き返し、石炭の代わりに重油を燃やし鉄を溶かす。

 もはや焼け野原と化した鉱山一帯は堀と有刺鉄線による要塞化が進み、溶鉱炉以外の重要設備はすべて遺跡へと移設した。 工場長達はすべての資源地帯を確保し順調に工場生産を再開する。


 そうして対岸で増え続けるバグズを見つめながら次の対策を思案する。



 ソル205



「報告します! 南方銅鉱山地帯を平定しました! 襲撃で散乱したゴーレムコアをすべて回収しました!」


「ありがとう持ち場に戻っていいぞ――ふぅ、これですべての生産拠点と労働力が戻ってきたか」


「あの子達はできる娘なんです!」ツヤツヤ


「あ……ああ、そうだな」


 ――どうやら機嫌はよくなったようだ。


 この数ソルの間、自爆攻撃に我が子を使ってお冠だったので、ねぎらいと感謝の言葉を述べながらアルタの全身をアセトンで洗浄し、丹念にワックスがけを――。


 ってなんでこんな恥ずかしい事を思い出してるんだ?


 いかん集中だ――目の前の難問に集中だ。


「工場長それから一カ所だけ、合成ゴム試験所は奪還できていません」テカテカ


「ああ、そうだったな。対岸の奪還も考えたほうがいいか?」


「はい、しかし問題は山積です。黒色火薬と重油は鉱山再開に使っています。それから炭酸ナトリウムの生産力が不足しているので黒色火薬の生産能力は低いです」


「うーん、ちょっと整理するか――」


 ――鉱山を奪い返してから5ソル経った。


 これまでの推移をまとめると。


 東の山脈ワームは雨季には巣から出てこないのか非常におとなしかった――問題は晴れると襲ってくることにある。


 そこで巣穴を掘り当てたら液体窒素を流し込んで鉱山拠点と補給線周りを倒していった。


 燃やすと貴重なリンがどこかへ行ってしまうので仕方がない。


 バグズもワームも倒すと魔石が出てくるのでこの辺の魔物は全部古代人の置き土産だと考えている。


 これだから古代人は迷惑すぎる!!


 今は石炭地区の再開を目指している。


 なぜなら溶鉱炉系は重油を吹き込む重油高炉で稼働させている。


 もはやもっとも格安の燃料が重油なのだから仕方がない。


 ただし、重油は潤滑油精製でも重宝するからできれば石炭のほうがいい。


 あと数ソルすれば乾留できたコークスの供給を再開するだろう。


「周辺の防御はどうなってる?」


「バグズ以外は個体数が少ないので火炎放射だけでほとんど追い払えました。今は製造した有刺鉄線を張り巡らせて侵入を抑えています」


「畑を荒らされなくなったのはいいことだ。そうなるとやはり北部だけが問題だな」


 ――遺跡の河川から北半分はバグズに占拠されている。


 合成ゴムの反応器畑に巣くうバグズ達というある意味見栄えのいい状況だ。


 それにしても防壁が全く役に立たなかったのは悲しくなる。


 まあそれは仕方がない――準備ができていなかったのだから。


 しかし壊されたわけではないので遺跡内のバグズを駆逐すればそのまま活用できる。


 つまり設置式の火炎放射器を上に備え付ければヒャッハー系ゴーレムでも守れるようになるってことだ。


 うーん、世紀末な光景が目に浮かぶよ!


 そのためには向こう岸にわたるための【橋】と敵を倒すための【武器】が必要だ。



 ところでわざわざ危険を冒してまで北部を奪還する必要はあるのだろうか?


 必要ないね! それなら飛行船を作って脱出したほうがいい。


 乾季になったらおおよそソル90で水量が減り始めソル150には渡川できるだろう。


 その前に湖から西回りに襲撃してくる可能性もある。


 時間猶予は残り200ソル前後だろうか。


 その間に最速で飛行船を作ってそれが上手く空を飛べるとしよう――最悪の想定は……。


「ヒンデンですね。ヒンデンするっすね!」

「ブルクですか? ヒンデンがブルクしちゃうんですか!?」

「ヒャッハー! 爆発の時間だー!」


「ええいうるさい。ヒンデンもブルクも爆発もなしだ!」


 ――だが的を得ている。


 私はモノづくりに関しては自信があったが、できた製品の信頼性は地の底にまで墜ちてしまった。


 脱出のための乗り物は石橋を叩き割った後に鉄の橋を造るぐらいやらないと安心できない。


 うーん、くやしい……。


 脱出を長期計画とすると、それとは別に短期で効率がいい生存計画が必要になる。


 ということでさっきの疑問の答えとしては襲撃頻度が低い今のうちに北部を手に入れることに意味があると考える。


 つまるところ戦国時代よろしく出城として機能させて北部のバグズを一手にここで引き受ける。


 こうすることで最小の防衛リソースで最大限に相手の総数を減らしていく。


 積極的に数を減らしながら乾季の襲撃に耐えて飛行船を作り脱出する。


 上手くいくかはわからないが何もしなければ時間切れだ。


 よろしい、北部を奪還する。


 問題は武器がまだ無いってことだ。


 あの数では射程の短い火炎放射と黒色手投弾じゃ逆にこっちが突破されてしまう。


 おーけーやることはいたって単純だ。


 長距離射程の武器を作ろう。


 それも飛びっきりの現代兵器アサルトライフルをだ。


 上手くいくかは知らない。


 何故なら私は軍事のプロじゃない――自爆のプロだからね。


 それでも種はずっと撒いていた。


 それをすべて回収すればできなくはない。



 ソル215



 銅の電解製錬で硫酸銅が作られていく。 この硫酸銅を加熱して酸化銅と三酸化硫黄に分離する。 三酸化硫黄は硫酸の無水物であり水と反応して【硫酸】へと変わる。

 アンモニア工場では電弧法で酸化窒素を精製している。 この酸化窒素と酸素を600℃で冷却して二酸化窒素に変えていく。 最後に水を加えてることで【硝酸】になる。



「いままでため込んだ【硫酸】と【硝酸】を1:1の比率で混ぜて【混酸】を精製する」


「爆発します?」


「ああもちろんだとも。これから【ニトロ】を作るんだからな」


「ヒャッハー!」



 紙をつくるために蒸解炉で苛性ソーダを投入して黒液と化したリグニンを取り除いてパルプを大量に作る。 これを【セルロース】とよぶ。

 フェノールとホルムアルデヒドでフェノール樹脂つまり【ベークライト】を作っていく。 これはあらゆる特性で非常に優れていて特に絶縁体として電気製品に利用されている。



「【混酸】と【セルロース】を攪拌して【ニトロセルロース】をつくる。できたら洗浄するように」


「了解ですオブ」


「それから火花ひとつでおじゃんだから、木ゴーレムとベークライトゴーレム以外は作業厳禁!」


「チッ」


「あとで盛大に爆発させるから言うことを聞くように」


「ひゃっほー!!」



 フェノール樹脂の製造にクメン法を用いる。 その際の副産物として【アセトン】が生成される。 アセトンは潤滑油の精製する際に活用する。 だがほかにも利用することができる。


「【ニトロセルロース】ができたら【アセトン】につけてゆっくりと砂状のビーズをつくる」


「了解オブオブ」


「このビーズがガンパウダー、【シングルベース火薬】になる」



 ソル220



 ニトロセルロースのビーズを生産していく。 しかしニトロセルロース製造までに微量ながら鉄粉が含まれてる。 鉄粉はどんなに注意してもこすれ合いやがて発火する。


「――!!? 爆発か!」


「火薬が爆発しました! やったー!!」


「なにもよくないわ!!」



 冶金研究所では研究の一環として磁石を製造していく。 この【永久磁石】は発電機や鉄の選鉱装置または電子部品に大量に使用している。



「どうやら微量ながら鉄が含まれているのが原因のようです」


「なるほど――アルタ君、永久磁石で鉄粉除去のメソッドを追加して不純物を取り除けないか?」


「たしかにそれなら爆発を防げると思います」


「ハッ! この磁石でありますか! どうぞ――手にくっ付いたであります! 取れません!」

「ハッ! 私が取るであります! えい!」

「ナッ!? 手が取れたであります!」

「……ナッ!? 手がくっ付いたであります!」


「護衛達は何コントをやっているんだ。キミら鉄製なんだからその辺のモノを触らないように」


「すみません、あとで教育しておきます」



 鉄鉱山から赤鉄鉱を掘削し、何度も精錬して30トン以上の鉱石から8トンの鉄を精錬していく。 鉄を錬金術で錬成しさらに精練した【純鉄】を製造する。



「この【純鉄】をプレスして実包を作る」


「純鉄を使うのですか?」


「ああ、S45Cは固すぎて我々では筒状に加工できないからな」


 ――べつに純鉄が使いずらいのなら少しずつ炭素を入れて軟鋼で薬莢を作ればいい。


 要は筒であれば何でもいい。



 鉄がプレス機で成形されていく。 まずは板から打ち抜いて、次に小さな筒状に、何度もプレスしていき最後には筒状の【薬莢】ができあがる。



「プレス加工機で銅板を打ち抜いて径はいくつになった?」


「工場長、約ですが7.5mm×39mmの筒ができました」


「よし、【薬莢】はそれでいいだろう。次の製造に移るぞ」



 銅鉱山から黄銅鉱を産出する。 それを精練して粗銅を生産していく。 南の銅鉱床の開発が進み毎ソル2トンの生産量を誇るほどになった。 【電解精錬】により粗銅から【純銅】を生産していく。

 亜鉛鉱山からは亜鉛と鉛そしてカドミウムを生産していく。 カドミウムはウェストン電池の材料として、そして【鉛】と【亜鉛】は――。



「それでは【鉛】の弾頭を製造する」


「なんで【純銅】と【亜鉛】を持ってきたオブか?」


「それは【鉛】だと柔らかすぎるから【銅】と【亜鉛】の合金である【黄銅】で強度を上げる。――さあ製造していくぞ」


「ほーいオブオブよ」


「まずは鉛の弾頭をプレス機で製造していく。この弾をメッキ加工するために電解精錬の原理を応用した【電気メッキ】をおこなう。【黄銅】が溶けた酸液に鉛弾を漬けて電気を流してメッキ処理を施すだけだ」


 ビーズ状のシングルベース火薬を鉄の薬莢に充填する。 そのあとに鉛の弾頭と薬莢を組付けて【実包】を生産していく。


 無数の工作機械は弾丸以外にも製造していく。 石炭の熱を蒸気に換えてスチームエンジンが工作機械を回し、潤滑油が円滑な加工を促す。


「プレス機で鉄の【弾倉】を作ってバネを内蔵する、あとは実包を数十発分入れたらチェストに入れて保管すること、鉄である限りサビ対策と誤爆防止のためだ」


「ウェーイ! 了解っす!」


 ――さあ持てるすべての技術で弾はできた。


 あとは銃身の製造ラインができたら少しは生存確率が上がるだろう。




――――――――――――――――――――


※兵器製造小説ではないので【雷管】の描写は削除しました。

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