第3話 熱分解中にラスボスが現れた!


 沼地では石油を掘り当てる前から天然ガスや漏れ出た石油の一部がヘドロとなり堆積していた。 この有毒なガスにより湖とは違った雰囲気を漂わせている。 この地は工場長が来る前から豊富すぎるミネラルと天然の化学物質に満たされそれらを吸収して成長する生態系が形成されていた。


 あの青い銅花草のように――。



 ソル145



 ――昨日までになんとか【重油】を減圧蒸留して潤滑油質のオイルを分離できた。


 そのあと【基油・脱れき前】にLPガス――つまり【プロパン】の溶媒を混合して潤滑油成分だけを分離するのにも成功した。


 おかげで重油は【軽油】と【基油・軽質】、【基油・中質】、【基油・重質】、【基油・脱れき】に分離できた。


 ということで【重質基油】としてまとめて扱うことにした。



 それでは今後の工程だ。


 目の前にある【重質基油】は水素化改質と溶剤脱ろうを経て、製品として使える【基油】になる。


 水素化改質ってのは硫黄を取り除く工程で、石油製品はすべてこの工程を経る――例外は認めない。


 溶剤脱ろうってのはロウソクの成分を文字通り溶剤で溶かしだす工程――つまり近代的な溶剤をから集めなければいけない。


 おお、長すぎるぞ!


 よろしいならばさっさと始めよう。



「おはよう、アルタ君。今日も工場建設だ!」


「おはようございます工場長。まずは朝の体操からしましょう。体の健康は大切ですよ」


「あ、はい……」


 ――体操しながら溶剤製造計画をまとめよう。


 溶剤の種類は?

 ――信頼の【アセトン】。


【アセトン】の製法は?

 ――受験生必修のクメン法!


 クメン法に必要な材料は?

 ――【ベンゼン】と【プロピレン】


 ではこの2つの採集は?

 ――【ベンゼン】はコークス製造時に大量に手に入る【コールタール】を蒸留すればいい。

 ――【プロピレン】はナフサ分解で手に入る。ついでに【ベンゼン】も手に入る。


 今の【ナフサ】で問題ないか?

 ――無理、硫黄が多すぎるから水素改質で脱硫しないといけない。



「――よし頭と体の体操おわり」


「それでは工場長、こちらのスタンプを押しますね」


「……」


「毎日頑張りましょう!」


「……あ、はい」


――最近、朝の体操確認カードが作られた。


対策としては間違っていないはずなのに……この心に渡来する感情は何なんだろう?


まさか……これがエモい!


……な訳ないか、それよりも開発だ。そして大量生産だ!



「――と、言うわけで【ナフサ】の水素化脱硫装置をつくる」


「工場長! 爆発はまだですか?」


「私は日々学んでいるからな。今回は爆発無しだ!」


「え~~~」「ありえないオブ」「ほんとねー」


 ――ふん、見ているがいい。


 爆発しない工場というやつを建設してみせる。


 まずは水素化改質装置で不純物の除去だ。


 必要なのは触媒を詰め込んだ反応塔。


 では触媒の材料は?

 ――【アルミナ】が必要だが錬金術でなんとでもなる。


 あとは【ニッケル】や【コバルト】などの貴金属も手に入れなければいけない。


 しかしこの辺はさして問題にならない。


 鉄鉱山の残滓や銅の浮遊選鉱の副産物として貴金属はそれなりに手にはいった。


「あとは反応促進用の加熱炉と供給ポンプそして水素が必要になるが……」


「減圧蒸留装置と同じ要領で反応させればよろしいでしょうか」


「さっすがアルタ君は頼りになる」


 ――ここはスキルを駆使して硫黄を取り除いてやる。



 /◆◆◆/



 ――錬金術で直接有機化合物から硫黄だけを取り除くことは不可能だ。


 そこでまず加熱炉で【ナフサ】を300℃まで熱する。


 熱しての【ナフサ】を建設した反応塔の上から【インベントリ】で流し込む。


 この時、水素も大量に流し込む。


 圧力が5~30atmになるように【インベントリ】からさらに流し込む。


 これで触媒反応が起きて硫黄分が硫化水素という副産物になる。


 あとは反応塔の下から【インベントリ】で全部取り出す。


 【インベントリ】内部でナフサと硫化水素は別枠?で保管されるらしい。


 この辺の定義はいまいちわからないが、たぶん複雑な化合物の分離と2つの気体の分離ではが違うのかもしれない。


 あとは水冷すれば液体の【ナフサ】が手に入る。


 そして注目すべきは使用しているスキルは【インベントリ】であるということだ。


 あの【錬金術】とちがいこちらは回数や時間制限はないので、熱した【ナフサ】をしまっておいて小型の反応炉を持ち歩きながら片手間に作り続けることができる。


 つまり本当に歩く工場になってしまった!!


 ついでに同じ方法で重質基油も水素化改質して硫黄分も除去した。



 /◆◆◆/



「欲しいのはナフサではない。ということでナフサ分解工場で分解じゃー」


「それでは加熱炉マーク2に火入れをしますね」


「マーク2は今までの350℃とはわけが違う。2倍以上の800℃にナフサを加熱する」


「ば、爆発だ!」「ひゃっほー!」「ばーくはつ、ばーくはつ!」


「し、しないはずだ。こらそこ合いの手しないで!」


「工場長、トーチカから出ないでくださいね」


 ――なんて情けないんだ! まったく信用されてない!


 だがまあ仕方がない。


 ぐちぐち言ってても仕方がない――熱分解した【ナフサ】を蒸留塔に送るとしよう。


 石油ってのは高熱で分離が促進して、高熱と高圧力で結合が促進する――というイメージで問題ない。


 あとは効率よくするためにいろいろやっている。


 スチームを入れたり、触媒入れたり、燃やしたり。


 上手く分離したら分解ガス分蒸留塔に送られる。


「あの工場長、インベントリで別保管できるので分離塔はいらないと思います」


「!!? ――ふ~これだから、まったく……おーけーそれで行こう」


/◆/


 ――それでは分離した結果を上から順に


 ――水素。

 ――メタン。

 ――エチレン。

 ――エタン。

 ――プロピレン。

 ――ブタジエン。

 ――ベンゼン。

 ――トルエン。

 ――キシレン。


 ――あとわかんないけどいろいろ。


 そして反応しきれなかったナフサが底に溜まるはずだ――化学反応ってのはいいかげんだからな。


「ちょっと反応時間が長かったのかもしれない」


「分離が進みすぎないように調整しますね」


「そうしてくれ、この操作を繰り返せば目的の2つだけを大量に手に入れられるはずだ」


 ――調整にはまだまだ時間がかかるだろう。


 だけど【ベンゼン】と【プロピレン】が手に入った。いえーい!


 量が少なくてもコールタールからも手に入るし問題ないだろう。


 そう【インベントリ】操作のみでここまで出来るということはマルチで処理しても問題ないのだ。


 唯一の懸念はアルタの周りに反応装置がニョキニョキ生えてきて、ラスボス感もとい仏像の後光のようになってきてる。


 熱すれば分解が始まるってことはごく細い管に通して瞬間的に熱すればいいということである。


 熱した管にナフサを通して分解したかしないかのタイミングでインベントリに送り、分離に満足すれば冷却水へ、ダメなら再度熱分離をする。


 ようするにあっちこっちにパイプが伸びて、加熱炉からはガスフレアの火柱が、冷却槽からは水が沸騰して水蒸気柱がモクモクと伸びている。


 うん、ラスボスだ。 どう見てもラスボスだ。 黄銅パイプと鉄パイプが年末のラスボス感をさらに出している。


 もう近寄れない。絶対近寄りたくない。


『アルタ君、調子はどうだい?』


『こちらは問題ありません。絶対に近づかないでくださいねー』


『おーけーけー』


 ――ほとんどメガホンでのやり取りになってるけど、どうしてこうなった?



 まあいい、これでやっと【クメン法】が始められる。



「こーじょーちょー、罠に動物が引っ掛かりましたー」


「農業ゴーレムか……農地周辺の罠にかかるなんて初めてじゃないか?」


「はい、大型のチェストじゃないと入りきらなかったですです」


「おお!? これはイノシシか?」


「はーい、農地の近くでとれたオブよー」


 ――イノシシにしては巨大だな。さすがだよファンタジー。


 重要拠点の周辺には罠が仕掛けられている。


 残念ながら脆弱な私とゴーレムには動物の狩りはできない。


 だから化け物から身を守る方法は限られる。


 そこで古代から続く伝統的な方法を採用した。


 ――罠を張ってあとは放置!


 もちろん万が一を考えてヒトがかからないようにワナ注意の看板を掲げている――人いないから意味は無さそうだけどね。


 安全地帯の影響なのか今まで罠にかかった動物はいなかった。


 ではなぜ今回は捕れたのだろう?


 うーん情報不足、考えるのをやめよう。


「今は目の前の肉を焼くことを考えよう」


『工場長、この周辺は火気厳禁です。肉を焼くのでしたら私も作業を一時中断してからにしてください』


「え、一人でだい『ダメです!』あ、はい……」


 ――あ!? インベントリに大イノシシをいれやがった。


 なんてことだ! 私は自分で出し入れができないんだぞ!!


 く~後光の主張が強すぎて近づけない……。


 よし、落ち着いて考えよう。工場より食事を優先する理由はあるだろうか?



 ――まったくないな!



 当たり前のことだ。


 工場の生産力を増大させるという崇高な目的の前に食事などどうでもいいことだ。


 こんなのは、比べるまでもないだろう?


 ならばすることはただひとつだ!


『アルタ君ただちに作業を中断、移動して焼き肉パーティーだ!』


 ――なんだと!?


 本能が食欲ごときが理論と合理を否定したというのか!


『わ、わかりました。工場はどうしましょう? さすがに安全対策が不十分な状態で離れるわけにはいきません』


『アルタ君! 化工場は一時的にインベントリに回収。 温度や反応はそのままだから問題ない。 それから、分解の能力で肉の解体だ! 食用油が無いから動物油を優先的に手に入れる』


 ――いやいやいやいやオカシイだろ!


 能力をまったくムダなことに費やしている!


 アルタは反対もせずに貯蔵タンクを残して装置を全部しまいやがった。



「――それから食品加工場もつくろう」


「工場長、それはムダです」


「あ、はい……」


 ――さすがだよアルタ君!


 私の理性はキミだった!!


「代わりに鉄板を用意しますね。あと表面は酸化被膜処理を錬成で再現しましょうか」


「素晴らしい、そうしてくれ」


 ――キミには失望したよ!



 /◆/



「うひょーイノシシでイノシンの摂取じゃ~ 旨いんじゃ~」


 ――肉じゃ~焼肉じゃ~うまいんじゃ~。


「イノシシ鍋もすぐにできます」


 ――岩塩じゃ~。


 塩味でも旨いんじゃ~。



 /◆/



「…………ハッ!? 私は何をやっていたんだ?」


 ――工場建設より一時の食欲を優先するとはなんたる失態。


 すぐに工場の再稼働とクメン法の確立をせねば。


「あ、工場長が正気に戻った!」

「肉をキメすぎておかしくなってたんだよ」

「ちがうよ、工場をキメすぎたんだよ?」


 ――相変わらすゴーレム達は適当なことを言っている。


 だが、ずっと野菜モドキスープばかりで精神的に参ってたのかもしれない。


 赤い川事件以降、なんだか川魚を食べたくなくなったんだよな……。


 また暴走しないためにもベジタリアン生活は終わりにして、定期的に肉を入手する方法を考えた方が……。


 いやそんなことはない!


 工場最優先だ。


 これからは工場建設だ!


 ――――――――――――――――――――


 製造工程


 重油 → 重質基油 → 重質基油・脱硫


 ナフサ → 水素 + メタン + エチレン + エタン + プロピレン + ブタジエン + ベンゼン + トルエン + キシレン


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