第2話 いろんな蒸留装置
この地に石油鉱床が存在するのは偶然である。 この惑星は地球よりも長い歳月を刻んでいて遥かに早い段階で生命が誕生したが、逆に文明が発生するのが遅れていた。 太古の植物達は惑星を覆い、そして気象変動の度に絶滅し石油の素となっていった。 その石油が地殻変動によりプレート沿いや山脈付近で噴出するのは偶然であるが何ら不思議ではない。
ソル142
――ふぅ、何とか加熱炉と蒸留塔を作ることができた。
うるひゃっほー!
加熱炉ってのは油田からくみ上げた石油、つまり【原油】を加熱して【石油蒸気】にして蒸留塔へ送るちょいと特別な炉だ。
ここの温度管理が重要で約350℃で熱し続ける。
今までの鉄や銅、石炭に比べると比較的低温で熱するので温度管理が大変。
そこでガスフレアである。
腐食に目をつぶればいい感じのバーナーだ。
腐食性と熱に強いパイプを通しこれで加熱することにした。
「爆発のフラグおぶね」「ワクワクですな」「うぇーい」
「爆発はさせない。耐腐食性の合金パイプと温度センサーを使ってるし、低温だから大丈夫なはずだ」
「心配なので錬成した耐爆トーチカから覗いてくださいね」
――むむ、誰も信じないとは泣くぞ!
まあいい、順調に加熱すれば次の工程に移れる。
加熱炉で【原油】を【石油蒸気】に変えて、蒸気圧から蒸留塔に流れ込む。
【蒸留塔】は木タールの分離で失敗してから封印していた。
だが執念で温度計を作り上げたからついに蒸留プロセスを実行できるようになった。
蒸留ってのは紀元前から存在する化学プロセスのひとつだ。
まあ昔から人類は蒸留酒づくりに人生をかけてたってことだ。
いいね、脱出の目途が立ち余裕ができたら酒造りをしてトン単位の酒を浴びるように飲んでやりたいよ。
おっと、設計しなければいけないのは蒸留塔だ。
蒸留塔は身近なモノで例えるとアルコール炭酸水(ビール)を沸騰させて二酸化炭素、アルコール、水に分離するイメージ――酒が頭から離れない!
この時、重要なのがやっぱり温度だ。
蒸留塔は温度管理されスムーズに分離できる作りにしなければならない。
巨大な塔状のものを温度管理するのは大変だ。
まあ実際は実験室の100mm程度の大きさから、超巨大な高さ100m、直径10mまで幅はあるけど――石油産出量が少ないので手元の資源と相談しながら形状を決定する。
よろしい、蒸留塔の設計をするには石油の性質を知らなければいけない。
つまり懐かしの理科の実験をおこなう。
/◆◆◆◆◆◆/
さて【原油】を分離するということは量を計れば成分比率がわかるということだ。
ということで大量生産ラインとは別に実験室でよく見る実験器具を組み合わせて蒸留塔と同じ原理を再現した。
この実験で成分比率、つまり【得率】がわかるってことだ。
「工場長、計ったのを紙に書いたオブよ」
「ありがとう…………うん、なかなかきれいに分かれてくれたな」
――ではこの【原油】の得率を紹介しよう。
~~~~~~~~~~
【LPガス】、その他――?
【ナフサ】、ガソリン――40%
【灯油】――20%
【軽油】――10%
【重油】、混合物――20%
~~~~~~~~~~
――だいたいの比率はこんな感じ――正確な数値はわからない。
化学反応と道具がいい加減だからこれ以上は無理。
配管やビーカーにこびり付いたのを全部集めるとかたいへん。
実験後の洗浄もメンドクサイ。
キ〇ワイプが欲しい。
なんで荷物として持ち歩かなかったんだ。
理系の必需品じゃあないか!
家の片隅には置いてあるのに!!
過去の行動を批判してもしょうがないもっと前向きに生きよう。
そうだとも簡単なことだ無ければ作ればいいんだよ。
だが今は蒸留塔だ。
明日には稼働させてやる。
……いや無理だな3ソルはかかりそうだ。
ソル144
――やったー完成! 2ソルで出来た!!
とはいっても錬金術で蒸留塔を稼働させながら内部構造を変更するという――アルタさんの力業により早く完成した。
この蒸留塔は加熱炉のすぐ隣に建っていて、【石油蒸気】が流れ込んでくるからいちばん底は350℃に熱せられる。
塔はダンジョンゲームのようにフロアで別れていて、それぞれのフロアの温度が違う。
いちばん底は350℃で液状の【重油】が溜まる――だからすぐに重油貯蔵タンクに流れるようになっている。
下から二番目のフロアはだいたい240~350℃で液状になる【軽油】が溜まる――つまり軽油貯蔵タンクに流れていく。
三番目のフロアは170~250℃で【灯油】が液状になる領域だ――もちろん灯油貯蔵タンクにヒアウィゴー!
最後のフロアは30~180℃と低温で液体化する【ガソリン】と【ナフサ】が溜まる――以下略。
蒸留塔のてっぺんからは常温でガス状の【LPガス】が残る――パイプを通してガスタンクに送り付ける。
すばらしい、サイコーだ!!
これだから石油精製は一石二鳥どころか五鳥というぼろ儲けができる!
――ウェーイ燃料がいっぱいだー!
よーし、いつものように計画を立てよう。
石油開発で悩ましいのは分離した液体資源のうちどれから開発していくかだ。
これは【得率】と重要度でだいぶ変わる。
それでは開発の優先度を考えてみよう。
ガス――加熱炉で燃やせばいいんじゃない?
ガソリン――エンジンない子、熱分解すれば化学物質の宝庫だ!
灯油――ストーブ? ここに四季はない! 要らん子。
軽油――ディーゼルない子。
重油、残油――潤滑油などの原料。
「オーケー、重油から開発していこう」
「工場長、なんで重油が潤潤油?」
「潤潤……パンダみたい……じゃなくて。潤滑油は常温で気化して、引火すると困るんだよ。だから350℃でも液体の重油系が【基油】にちょうどいい」
「へぇー」
「今のままじゃ不純物が多すぎるから、もう一度分離しないといけない。では350℃で分離しなかった混合重油を分離するには?」
「錬金術!」
「錬金術は有機化合物には弱いから無理だな。水素原子だけ取り出すとかならできるだろうけど」
「高温で沸騰させる!」
「惜しい。それだと潤滑油の性質も高熱でダメになる――」
――つまり低温で分離したい!
そこで化学者達はとても効率のいい分離方法を思い付く。
それは真空にして蒸留するという方法だ。
富士山で水が沸騰するのは87℃、という雑学を聞いたことがある人は多いだろう――発想はこれと一緒!
潤滑油を手に入れるために【減圧蒸留装置】で更なる分離をおこなう。
「と、言うわけで真空ポンプがほしいな~」
「工場長、インベントリの応用で真空にならできますよ」
「なに!?」
――なんてこった! そいつは素晴らしい!
「ではさっそく減圧蒸留装置をつくろう」
「わかりました。やはり加熱炉から作るんですよね?」
「もちろんだとも、あと体積が膨張するから蒸留塔の直径はさっきより大きくしてね」
加熱炉で熱せられた【重油】は減圧蒸留装置で蒸発し分離する。
これで潤滑油の素ができる。
/◆◆◆/
――重油専用の加熱装置と減圧蒸留装置をつくった。
とはいっても量が少ないから実験室レベル1m程度の大きさの装置だ。
インベントリ式蒸留システムは――
まず【重油】を加熱炉で350℃に熱する。
次に熱した【重油】をインベントリに戻す――インベントリは熱量が保存されるので使いたいときに取り出せばいい。
蒸留装置は密閉されている――炭鉱事故の時、ゴーレムコアを取り出せたように――インベントリの出入口は物体を隔てても取り出し可能だ。
同じ要領で蒸留装置の内側の空気をすべてインベントリで吸い出してしまう。
いえーい! これで減圧完了だ。 真空ポンプなんていらなかった!
あとは通常の蒸留と同じで装置の底にアツアツの【重油】を投入すると、たちまち蒸発して分離してくれる。
各温度差によるフロア分けでいい感じの潤滑油の素つまり【
おかげで重油は【軽油】と【基油・軽質】、【基油・中質】、【基油・重質】、【基油・脱れき前】に分離できた。
化学反応ってのはいい加減だからどうしても重油にお隣の軽油が混ざってる。
減圧蒸留によって【軽油】といろんな種類の【基油】が手に入った。
「工場長、いっぱいですいっぱいいっぱいです」
「わかってる言いたいことはわかってる。最適な機械に使わないとうまく動作しないのが機械ってやつだ。大量の歯車や温度条件で調べていかないといけない」
「実験だー! 掘削実験! くっころじっけん!!」
「そうだ掘削現場に最適な潤滑油を使いながら探すのだ。だからもうちょっと待ってて」
「うぃうぃ、了解っす。爆発楽しみっす!」
――潤滑油が爆発するわけないだろ。
固着したときに機械が爆発するだけだ。
まあでも思ったよりも早くここまでこれた。
ふ~けどここからが大変。
さらに精製して、【脱ろう】でロウソクの材料になるワックスを分離してベースオイルつまり【基油】ができる。
一番めんどうなのが【溶剤】で【脱ろう】する工程。
つまり【溶剤】を作らなければならない。
はぁ~まーた溶剤だ。
パインオイル以来の溶剤だ。
………………。
疲れたから寝よう。
明日から【溶剤】の開発だ!
――――――――――――――――――――
原油 → 石油蒸気 → LPガス + ナフサ + 灯油 + 軽油 + 重油
重油 → 重質基油 → 次回
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