第一部 基礎開発

第1章 石の時代

第1話 アシストスキル (20/06/04・改訂)


 一人の人間が始めた戦争の勝敗が、生存競争の優劣が決しようとしていた。


 土砂降りの雨が先ほどまでの激戦の傷跡を洗い流していく。 それでもいまだにガソリンと魔物の黒煙があちこちで上がっている。 半ば要塞と化している壁の前には突撃してきた魔物のおびただしい数の死骸で埋め尽くされている。 雨により戦火の勢いは弱まりしばしの小休止となる…………。



 ソル330



 ――私は何を間違ったのだろうか?


 いやそれ以前に、ただここから去りたかっただけだ。


 ならなぜこんなことになっている?


 いや考えるだけ無駄か……なんたって化け物の群れが相手なのだから…………。


 次で勝てなかったら物量差でこちらが負ける。


 ……もう賽は投げられた。――やるしかない。


「工場長! ご命令を!」


「……事前の打ち合わせ通りだ! 今日こそ勝つぞ! 雨が上がり次第、今度はこちらから攻める!」


「ハッ! 了解しました! 全軍準備せよ! 準備せよ!!」



 男は壁の上から周囲を見渡している。 眼前には魂無き鉄の兵団が整列し、進軍のための準備を進めている。

 この地域で唯一の人間が始めた魔物たちとの終わりの見えない攻防戦。 それを打開するための脱出計画。


 ――すべてのはじまりは約1年前のあの日からである。



 ソル1



 薄暗い森の中、日の光を遮るように伸びる枝が水蒸気を包み込み、ほどよい湿気を感じることができる。 文明の保護は消え失せ、自然の悪意だけが横たわっている。 静寂が鳴り響き、心細くなっていく。



 ――いや待って待って! どうしてこうなった!?


 よし、落ち着こう。


 そして考えよう。


 キュイィィィィイン ポン!

 その時、目の前に発光する球体が現れた。



「はじめまして、マスター私は……」


「なんかしゃべった!!」


「マスターのアシストをするスキルです」



 /◆◆/



 ――ふ~、落ち着こう。そしてゆっくり現状を認識しよう。


「まあ、つまり話をまとめると、ここは異世界で、キミはアシストスキルで、そしてに送ったと」


「はい、その通りです、マスター」


 ――なんてこった!?


 こっち来るまでに考えてたのはなんだ?


 『発展度合いが低くて』


 ――あ~思った。たしかに考えた。


 『成長の余地が高くて』


 ――うん、手付かずの森林、そして資源が豊富で成長性がありそうだ。


 『外的な影響の少ないところ』


 ――誰もいないなんて影響はなしだな!


「――って森の真っただ中に飛ばさなくてもいいでしょ!!」



 ――ここはどこなんだ? ヒトの気配すらない。いきなりサバイバル生活を始めろと?



「――否定したいのにファンタジーそのものに説明されるとは……あとそれからマスターってのはやめてくれ」


「ではどのようにお呼びすればいいですか?」


「そうだな私の事は鈴木太郎と呼んでくれ」


「…………」


「どうした? 黙りこんで」


「……それ偽名ですね?」


 ――なんだ、そんなことか。


「当たり前だろう……謎のメッセージを頭に直接流し込んで、瞬時に森の奥に跳ばし、おまけに喋る発光体だと! こんなわけわからん世界で本名を名乗るなんて馬鹿げてる!!」


 ――ふう、いってやったぜ。


「……分かりました」


「分かってくれたか? よろしい!」


「でしたら日常においても偽名ではなくマスターなどの肩書のほうがよいのでは?」


 ――おっと、そう言われるとそんな気もするな。


「……なるほど、分かった。当分はそれでいいや」


 ――何かしっくりくる肩書を考えておこう。


 なんでもこのアシストスキル以外にも2つスキルが与えられているらしい。


 その詳細な説明をこれからしてくれるそうだ。


「それではステータスオープンと言ってください」


 ――既視感のあるやり取りに頭痛が……酔い覚めた社会人にはツライ。



「ステータ…………やっぱり止めた」


「そうですか? 次に進めないのですが……」


「ふん! どうせステータスとかオープンとか言うとゲームみたいに適当な数値が出てきて能力やスキルがわかるんだろう? Gameみたいに!!」


「たしかにそうですが……」


「やはりな! だがなこの私は数値で計れるほど単純な男ではない!!」


「……さようですか」


 ――とても冷たい視線を感じるが気にしてはいけない。


「では、錬金術とアイテムインベントリを口頭で説明します……マスター」


「ああ、わかった」


 ――やはりどことなく事務的だ。



 錬金術とは――物質の分解と再構築を基本とする体系的な技術。 だからこの錬金術のスキルは一部のアイテムと生物以外なら分解できる。 分解したものを再構築して別の形にしたり分離・錬成して純度を上げたりもできる。



 ――うーん、実際に試さないとよくわからないな。



 アイテムインベントリとは――生物以外なら何でも収納できる。 文字通りできるそうだ。


 ――これはこれで心配になってくる内容だな。


「マスター、さっそく近くの木を分解してみましょう。手で触れてください」


「うん? 手で触れるだけでいいのか?」


「問題ありません。スキルの発動はこちらで行います。そのためのアシストスキルです」


 ――それって私のスキルじゃない気がするけどまあいいか?


「…………」

「…………」


「ところでいつまでかかるんだ?」


「およそ5分お待ちくださいマスター」



 5分間、手を木に押しあて続け、静寂な時間がすぎていく。


 ――毎回スキルを行使するたびにカップ麺よりも長い静寂が訪れるなら、その間にできることを考えたほうがいいな。



 目の前の木が発光し小さな破裂音と共に消滅した。あとには切り株だけが残っている。


「スゴいな、半信半疑だったが本当に木がなくな――」ボトボトボト


「樹上の生物が落ちてきましたねマスター」


「ギャアアアアアアーーー」

 

 ――虫が! 虫! あ、なんか刺された!?



 /◆/



 ――クソッ! 触るだけで痛い、持っていた服の端を巻いとけば気休め程度になるか?


「……さんざんな目に遭った」


「申し訳ありません。マスター」


「いやいいよ、こっちも不注意だった、それにアシストの限界が分かったしな」


 ――アシストスキルはあくまで他のスキルや行動に対するアシストであって、未来予測や秘書の類いではないということだ。


 スキルの発動が対話形式だから少々誤解してしまった。


 コレに人格は無い、ただのツールだ。


 道具は正しく使わないと怪我をするのは自分ってことだ。


「ところで消えた木はどこに?」


「はい、インベントリに収納されました」


 ――ほんとうに手元から消えるのか!


 それにしても錬金術とインベントリはスキルが連動してるのか?


 アシストの効果ってやつか。


 もっと検証したいけど顔が痛い……、こんな森ではなくて落ち着ける場所に移動したいな。


「いてて、森を抜けよう。スキルについては後で調べるとして、アシストでこの辺の地理は判るか? あるいは人が居るか判らないかな?」


「はいマスター、残念ながらこの森はとても広く、数時間歩いた程度では脱け出せません。また、人の気配も今のところありません」


「うーん、そうなると拠点を作って計画的に脱出手段を考えるか」


「マスターそれでしたら、近くに廃墟があると思われます」


「本当か、痛……ならばそこに行こう」


「はいマスターでは案内します」


 痛みを堪えながら、光る球体の案内にしたがって森の中を進んでいく。その道中に注意深くあたりを確認する。


 ――森が深いおかげか移動を阻む藪や茂みが少なくてよかった、だが動物の気配がなさそうだな。


 木の種類は松それも米産のパイン松に似てるかな。


 ほかには――なんだろう?


 植物の種類はあまり詳しくないしな……。



 /◆/



「藪が阻んできたな、となるとそろそろ目的地か」


 ――種類にもよるが森の奥では光合成がしにくいから藪が成長しづらい。


 だから管理してない森の入口あたりに侵入者を阻むように生えていることが多い。


「はいマスター、この先に廃墟があります。分解しますか?」

「今度は必要最小限でお願いする」


 ――数分後、森の入口ができた。


 便利だけど暇つぶし考えないとほんと厳しいな……。


「これは……廃墟というより遺跡だな」


「その様ですね。やはり人またはそれに準ずる生命体はいません」


「――わかった。まずは周囲から調べるか」


 ――まあ調査といってもまずは道を作らねば……なんなんだこのイネのような植物は!


 ……前が見えない。


 この雑草が森の侵食を抑えていたのかな?


 さっき虫にやられたからあまり草の中をかき分けるとかしたくないんだが……。


「マスター、前方に毒性の昆虫は見当たりません」


「そうか。まあ立ち往生しても仕方ない……」


 雑草をかき分けて遺跡を奥に進んでいく。


 ある程度進むと石の道についた。


 ――これは道路か? 触った感じだと玄武岩に似ているな。


 玄武岩の道路っていったらアッピア街道が有名だな。



 /◆/



 それにしても石造りの遺跡だが工法がマチマチだ。


 自然石を積み上げた石垣のようなコレは墓だろうか?


 脇道は……コレはコンクリート? まあローマ時代にも在るのだから不思議ではないな。


 こっちの建物は崩れて風化しているが花崗岩とモルタルによる頑丈なつくりだな。


 来た道はたぶん住宅地跡ぽいな。


 加工しやすい凝灰岩の壁で囲っていたのだろう、ほとんどが風化して痕跡だけになっている。


「こっちの溝は水路か?」


「枯れてますが、その様ですね」


「上流に行けば水問題が解消するかもしれないな――だがその前にこれだな」


 ――さすがに目の前の遺跡をスルーするのはよくないな。



 その遺跡は巨大な岩を切り崩して作り上げたピラミッドのような本殿と、切り取った岩を積み上げて建てた環状の神殿でできており、人がいなくてもなお威厳に満ちていた。



 ――こういう遺跡の調査ってワクワクしてくる。


 いざ遺跡調査!

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