第5章 紙の時代
第1話 ニョロニョロ
ソル111
「怪獣出現」との報告を受けた。 翌日の早朝には鉱山地帯まで戻ってくることができた。 シーソートロッコによる昼夜問わずの強行軍はその気になれば1ソルどころか数時間で遺跡―炭鉱間を移動できる。 しかし新たな試みと情報収集のために鉄鉱山へと移動した。
鉄鉱山は相変わらず火力掘削によりいたるところで黒煙と湯気の煙が立ちこんでいる。そのすぐ隣には木炭高炉と炭化炉が立ち並び、同じく煙を吐き出している。
工場群の一角には自溶炉と転炉が黄銅鉱を溶かして粗銅を精練している。
ギザギザ屋根の銅精錬工場では人力クレーンが電極を槽に入れ、ゆっくりと電気分解で純銅を成長させていく。
その周辺では磁石製造ラインがわずかな鉱物を配合して永久磁石を作り続ける。
今までは鉱山開発時と工場建設時に伐採した木材で各設備の燃料を供給していたが、日々の消費量の多さからすでに新たな森林伐採が始まっている。
工場長達は石炭と石炭を乾留して得たコークスを【インベントリ】から取り出し、燃料を木材から変えていく。
――久しぶりの鉄の焼ける匂いがする。
報告は受けてたがこっちは無事だな。
「――わかってても無事なのを確認できるとホッとするな」
「はい、そうですね。たった今ゴーレム達による湖の監視と報告のローテーションを組みました。ただ湖までのトロッコレールは無いので情報伝達に1ソルほどかかります」
「そこはしょうがないな。湖には近づかないようにしてたから……」
――そう意図的に川や湖には近づかないようにしていたのだ。
なぜなら私はカナヅチだからだ。
それに異世界の湖なんて何がいるかわかったもんじゃない。
ほんの少しでも足が触れたらカッパに引きずりこまれる可能性だってある。
まあそんなこと言ったら空には天狗、横にはヌリカベ……はそこに山脈があるな。
つまり
それに今まさに湖で怪獣が現れたんだから、私は正しかったのだ!
「そう正しい。正しいのだ。別に泳げないことが恥ずかしいんじゃない……」
「……工場長。お取込み中に失礼します」
「おう!? ど、どうしたんだねアルタ君」
「はい、生産で気になる点が――」
――そういって木板に工場の各施設の生産量を書いていく。
……。
「……つまり掘削量と生産量に差が出てきたと」
「はい、原因は生産活動の全容が把握できないことです」
――現在の生産方式はシンプルだ。
足りなくなったら供給量を増やす。
そうすれば自然と生産量も増加する。
とても分かりやすい。
だが現実っていうのは足し算では動いてくれない。
例えば水車にガタが来ると比重選鉱装置での分離が甘くなり、鉄鉱石の回収に漏れがでてくる。
今はまだいい。
追っていけば物資の移動、製造の歩留まりを把握できる。
問題は今後さらに鉱山と工場設備を拡大していくと生産量の把握が不可能になるってことだ。
うーん中小企業の壁みたいなもんか。
いまのゴーレム人的資源は1000体前後。
実稼働は500体――あとは予備だ。
経営は専門外だがこの調子だと1000体以上稼働したら身動きとれなくなるな。
端的に分かり易く言うと、このまえ起きた150体頭打ちの壁が1000~1500体でまた起きそうだってことだ。
コイツは問題だ。
だが優先順位を間違えてはいけない――
「――何にしても湖の確認と対策がさきだな」
「そうですね。この件はあとで考えましょう」
/◆◆◆◆/
――そういえば急報聞いただけで詳細を聞きそびれていた。
最初に怪獣を監視していたゴーレムから話を聞いてみるとしよう。
「ということで詳細を報告をしてくれ」
「怪獣についてですね。デッカかったオブ!
あとは…………ヘビみたいです!
あとは…………黒かったです!
あとは…………頭がいっぱい?」
――なぜ最後が疑問形なんだ。
まあいいや。
類推するにたぶんヒドラみたいなファンタジーモンスターだろうか?
いっぱい――ならば頭は8つくらいがセオリーだよなー。
「頭は最初は2つオブ」
「違うのかよ! ん? それより最初ってなんだ?」
「現れてすぐに4つ、そのつぎは……いっぱい! そして出発時には1つですです!」
――オーケーわかった、よく分からないことがわかった。
ならば更なる報告を待って、その時に次の一手を決めよう。
だから今日は残りの時間を工場設備のチェックと例の建設に費やすとしよう。
ソル112
工場長達はいまだに鉱山に居続けている。 【対策本部】と書かれた看板の前で次々と来るゴーレムによる報告を聞いている。 だがその内容は同じであり次の行動を決めかねていた。
「報告! 特に移動無し! 以上!」
「ありがとう。行ってよし――ふう、まったくの無害だと逆に対処のしようがないな」
「では予定通り対策本部を遺跡に移して実際に観察しに行きますか?」
「そうだな。次の報告でも特に動きが無いなら遺跡に移動しよう」
――ほぼすべての生産能力がこの鉄鉱山周辺に集まっている。
その関係から実は重要度が遺跡よりもこちらのほうが上だ。
拠点とはいったい?
いやいいんだ、あそこは近いうちに飛行船の建造予定地なんだから開けていたほうがいいんだ。
/◆◆◆/
――結局、何も新しい情報は無かったので移動してきた。
つまりやっと遺跡に戻ってこれた。
おお、いつの間にか防壁は肩までに達している。
「工場長、何か異変が起きたらすぐに退避してくださいね」
「わかってるさ、危険からできるだけ離れるのは私の特技だ」
「………………いやいやいや」
「………………オブオブノシ」
「………………ほんとに気を付けてくださいね」
――むむむ。
「と、とにかく湖に向かうぞ! アルタ君どのくらいかかる?」
「西の湖のちょうど対岸です。ここより北側になりますので工場長ペースで2ソルです。――ここは西北西にある小高い丘に向かいましょう。そこならば半日で着いて安全に湖全体が見渡せるはずです」
「なるほど、ならばそれでいこう……あれ私が単位になっている?」
――うん、私が唯一のニンゲンなのだから当然か。
そうなると食糧や飲料水の消費単位も私になるのか。
もしかして長さの単位も私!?
そういえばゴーレムの体格も大体私と同じ気が……。
おおう、目まいがしてきた!
……よし考えるのをやめよう。
とりあえず丘に行く準備をしよう。
遺跡の北に流れる川を渡らなければいけないな。
/◆/
「なんだこれは……」
「川の水が少なくなってるですです」
「前は赤かったし――ヒャッハー爆発の前触れだー!!」
「そんなことで爆発してたまるか!」
――まあ、おかげで橋の基礎の作り直しが楽にできるようになった。
「アルタ君、鉄もあることだしトラス橋――」
「ダメです」
「……ダメか?」
「ダメです。物資はまだまだ足りません。トロッコレールだけでもかなりの量を使い込んでいます。代わりに桟橋を架けましょう」
「……了解」
――なんかお小遣い貰えないお父さんになった気分。
だが問題ない。石炭が軌道に乗れば蒸気機関の開発ができる。
そうなればすぐにでも鉄の生産量は上がる。
ふふふ待っていろ、すぐにトラス式跳ね橋を作ってやるからな。
明日には桟橋ができてるだろうし今日は未来の橋の設計という知的な活動に勤しもう。
ソル113
遺跡から川を渡り西北西の丘まで来ている。そこは遺跡から15㎞ほどの距離であり、湖の全域を見渡せる場所でもある。
――いい風景だ!
あ、なんかいた!
「あの黒いのが未確認生物か……よく見えないな」
「工場長、そんなこともあろうかと望遠鏡です」
――さすがアルタえもん! 何でも出てくるな!
お、今度はくっきり見える。
そこらの木よりも巨大な黒いなにか。
報告の通り――ヘビか?
「顔のない黒いニョロニョロだな」
「ニョロニョロです。黒いニョロニョロですです」
「おお!? 触手みたいなのが出てきてイソギンチャクみたいになった! おもしろい! よしゴーレムに近づくように例の装置で合図を送ってくれ」
「了解っす。 合図、送れ、ビーム!!」
――アルタに接近を禁止されたので代わりにゴーレムを近づける。
この合図を送るためにちょっとした物見やぐらを設置し、その上に大きな木の腕が4本付いている。
この腕をレバー操作することで遠くのゴーレムに合図を送れるようにした。
昔見た映画にこの装置を使って軍隊を動かす映像を思い出してちょいとまねしてやった。
この装置は遺跡の屋上、鉄鉱山、銅鉱山、採石所の頂上、炭鉱そして距離があるから中継地点にも設置してある。
どこかで問題が発生したらバケツリレーしながら信号を送ってくれる。
最初は電波モールス通信を作ろうと画策したけど、残念ながら銅の需要が多く貴重すぎてまだ手が出せない。
お次は焚火リレー方式を考えたが重要拠点が複数個所あると混乱するだけだから却下。
もう一つ旗を持ったゴーレムをそこら中に配置して旗信号で通信する方法を思いついた。
……だったが、厄介なのはゴーレムの目が節穴で距離が離れるなら大き目の旗じゃないと認識できない、そして旗を振ると森の魔物が近づいてくることだ。
そもそもゴーレム・コアは人の目と構造が違うから文句を言ってもしょうがない――いったいどういう原理なんだあれは?
そういうわけで大きな木の腕4本と望遠鏡で通信をする。
通信法はオーソドックスな2進法通信。
平時はすべての腕が下がっている【0000】の状態で、各設備で問題が起きたら4本の腕で【0001】~【1111】の割り振られた番号を通信する。
ちょっと現代チックになってきた! いえーい!
もちろん急ごしらえの通信方法だから複数個所同時発生とかには対応できない。
その辺は今後改良しないといけないな。
この通信手法は腕木通信と呼ばれ、産業革命期から近代まで主にフランスで使用された通信手法である。 本家では2本の腕の位置でアルファベットを表現し、短い文章を数百km先まで伝達することができた。 モールス信号などの通信革命によって忘れ去られた古い通信法である。
お! やっとゴーレムちゃんがニョロニョロに接触する。
……のだがどうも反応がない。
ウニョウニョしてるだけだ。
「――特に脅威とは言えないな。もう少し近づいてみるか」
「!?……工場長! 森から何か来ます!」
「あれは……噂の4本腕のゴリラか……ありゃ巨人だな……ファ!?」
ゴリラはすべての手に岩を握り、順番に湖の魔物に投げつけた。
その攻撃により湖の魔物は散弾を受けたように全体がズタズタの穴だらけになる。
巨獣同士の縄狩り争いはゴリラの勝利に見えたが、湖の魔物の傷は目を見張る速さで治っていく。
湖の魔物は触手を鋭く尖らせてゴリラめがけて突き刺していく。
動けなくなったゴリラに対して黒い頭もとい触手をスルスルとゴリラの頭に伸ばしていき…………へばり付いた。
その後、ゴリラの動く気配はなく――。
――とてもお見せできるような絵ではないな。
「あ~なかなかのマミり具合だな。……うん」
「工場長! 絶対に近づいてはダメです!」
「うん、ムリムリ……動きはなさそうだから刺激しないように監視だな」
――それから食事なのかゴリラをゆっくりと水面の奥へと運んでいく。
/◆◆◆/
その後も西のゴリラ型巨人達と北の巨大昆虫の尊い犠牲により大体半径1kmの範囲がテリトリーだと知ることができた。
ただし生物ではないゴーレムには反応しないようだ。
――合掌。
なんて恐ろしい化け物だろうか――だが朗報もある。
湖から移動することは無いということだ。
ようするに近づかなければ脅威度が低いってことだ。
よし今日はもう帰ろう。
明日からはいつもの生産だ。
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