第7話 現場は安全第一


 ソル108



 ――あ~ほんと最悪だ。 また爆発しやがった。 チクショーめ。


 もういい、寝る。


 今日は一日何も考えない。



 /◆◆◆/



 いや、考えないとか無理じゃね?


 アルタは工場の復旧中、ゴーレムは接触禁止令を出した。


 今日は一日ひとりである。


 しょうがない何か考えよう。


 この炭鉱に来てからいろいろ開発した気になってたけど、私はほぼ置物状態だった。


 そう、やることが無いから電気の規格化とか別のことを始めてしまうぐらいだ。


 つまり現場は私を必要としなくなってきている。


 …………。


 おっと、傷心に浸るようなことではない。


 現場でいらなくなってきているのはいいことだ。


 だから別のこと、そう本来の私のミッションである【飛行船】の設計に入るべき時がきたのだ。


 設計のためにはアレが必要になる。


 そう製図のための【紙】が次の大量生産のターゲットだ。


 さすがに木や石または地面にチョークでガリガリ書くのもしんどくなってる。


 紙が欲しい理由はほかにもある。


 最近はゴーレムの報告も「いっぱい」とか「たくさん」と要領を得ない。


 生産活動しているのに日に何トン生産してるか把握できていないとは――嘆かわしい。


 それもこれもゴーレムは文字を書けないのがいけない――いやあの構造で書けたら奇跡だ。



 対策は考えてある。


 繊細な文章は書けずともハンコを押すことはできる。


 だから今後は生産数をハンコで押して確認する。


 やることは簡単、0~9のハンコを用意して板に押させるだけ。


 それにこのハンコ押しは今後のトレーニングにもなる。


 銅の産出が上がっていけば1年後には電気ボタンをポチポチしながら工場を制御するはず。


 今のうちから慣れておいた方がいいってわけだ。



 将来予想をしてたらなんだかやる気が出てきたぞ。


 爆発にへこたれている場合ではない。


 さっさと炭鉱の復旧と対策をして次の生産に移らねば。


 ……けど今日ぐらい寝ててもいいはずだ――うん、今日は働かない日だ。


 シエスタ、シエスタ…………。



 ソル109



「おはよう! アルタ君」


「おはようございます。工場長。あの……どうかムリをなさらないで下さいね」


「あれは命令を聞かなかったゴーレムの……いや、全体を把握してから結論をだそう――ただしゴーレムのハグは禁止な。」



 /◆◆◆/



 ――我々はただちに優秀な事故調査委員会を立ち上げて、私とアルタ+αのゴーレムで調査した。


 まあ何とか事態の全容は掴めたが、次のアクションをどうするか悩んでいる。


「とりあえず――ヘルメットは重要だ。例え危険がない屋外だろうと常に装着を義務付けるべきだ。危険とは上からとは限らない、そう奴らは横からも襲ってくる!」


「異論は特にないですが、食事やシャワー中もつけるのですか?」


「んん!? それは嫌だな~。まあ現場では常に装着を義務付けるべきだ」


「工場長、僕らはいつもつけてるオブ。次の爆発について考えるオブよ」


「お、おう。それもそうだな」


 ――ん? ……爆発?


 まあいい、今後の方針を考えよう。



 まず被害は――。


 炭坑の鉱山変災でゴーレム14体。


 コークス炉倉庫の爆発でゴーレム15体。


 なおすべて復帰済み。



 稼働初期だったから致命的な被害はほとんど無しといっていい。


 ホントに幸運だった。



 では事故の原因は――。


 炭鉱は可燃性ガスが溜まりやすいのが原因だと思われる。


 規模が小さく不死性のゴーレムゆえに生産を優先して安全をおろそかにしたから起きた事故といえる。



 コークス炉はまだ検証日数が足らないから確証はないが、実験から微粉石炭の圧縮加工物は蓄熱してほとんど自然冷却しないことが判った。


 連続稼働していれば起きなかった事故ともいえる。


 しかし不意な問題で止まるなんてのは大量生産ではいつものこと。




 今後の対策方針は2つ、どちらかを選ばなければいけない。


「安全第一」か「生産第一」かだ。


 ここは合理的に考えよう。


 ゴーレムの不死性と資源の必要性から見たら【生産第一】だろう。


 ここに疑いの余地はない。



 ……本当だろうか?



 【安全第一】のメリットは私の安全領域が増えることだろう。


 事故のたびに私の活動範囲が減っていくのは問題だ。


 例えば今後工場が増加して四方八方すべて危険な工場になったら私は身動きとれなくなってしまう。



 うーん、どちらもメリットとデメリットがあるので判断がつかない。


「アルタ君、どっちがいいと思う?」


「私は工場長が安全ならどちらでもいいかと」


「ドンドンばくはつしたら楽しそー」

「前回の爆発より響く極上の爆発だったオブ」

「連鎖爆発という高難度の爆発だったっス」


 ――うん、ゴーレムの意見は無視しよう。


 いや、会議が終わるまでインベントリ行きだな。


 アルタはよくも悪くも私の自主性を尊重する方だ。


 やはり私が決断するしかないのか。


 ウーンうーん……ウェーイ。




 ここで久しぶりに国際宇宙条約について思い出そう。


 条約によると宇宙船の乗組員には自国の法律が適用されるらしい。


 これは海事法は国際水域宇宙空間を航行する宇宙船にも適応するとかそんな解釈だと思われる。


 けど専門家じゃないから詳しくは知らない。



 ――ではこれを足掛かりに屁理屈を考えてみよう!


 私は異世界にいるが海事法の適応範囲だと思っている。


 宇宙空間が適用範囲なら異世界程度なら軽く適用範囲だろう。


 ならば私には出身国の法律が適用される。


 さて工場はどうだろう?

 ――もちろん適用だ!


 いいね。 法治国家の文明人らしい考え方だ。



 私の国には【労働安全衛生法】という法律がある。


 内容は――

 ――簡単な概要は労働者の安全と健康を確保する。


 ――快適な労働環境をつくり労災を防止する。


 大体こんな感じ。



 結論を【法律】に委ねるなら、それはつまり【安全第一】が正解になる。


 ここから自問自答だ。


 私は法秩序を無視するケモノだろうか?


 自分勝手に感情で判断する子供だろうか?


 朝令暮改を繰り返す無能だろうか?


 いいや、私は先進的な文明人である。


 もう原始人と思い込むのはやめようじゃないか。



「アルタ君、工場は【安全第一】、【生産第二】でいくぞ」


「分かりました工場長。それを聞いて少し安心しました」


「監修できない危険な工場が増えたら困るからな!」



 /◆/



「さっそく【安全第一】の名のもとに炭坑の改善からはじめる」


 ――本格的な炭鉱設計はちょっと厄介。


 流体力学的な発想を基にガスが通る道と常に流れる風量を作ってやらなければいけない。


 基本的には坑道の入口の風速と煙突の出口の風速、それから風圧差あとは坑道の断面積で風量が判るはず。


 ところが流体力学ってのはオームの法則みたいな美しい等式ではない。


 厄介な計算を大量にこなさないといけない。


 脳内計算ではお手上げ、たぶん紙があっても無理。


 電卓でも焼け石に水。


 ということで深くは考えずに入口からガンガン風を送って出口からガスを出せばいいや。


 そして煙突から出てくるガスは可燃性の資源だ。


 ならば回収せねばもったいない!


 さっそくアルタ工業にガスタンクも発注せねば!



 /◆/



 その後、坑道には空気が送られて燃焼の危険性がなくなってから掘削を再開した。


 もちろんゴーレムも火花がでないように改善してある。



「次はコークス炉だ」


「ゴーレムに消火倉庫内で監視させますか?」


「とても合理的だが【安全第一】だ。そこで高温温度計を作る」


 ――【熱電対温度計】を作り、温度管理をする。


 いいね。文明的な温度管理のなんとすばらしい事か!


 だが本当にうまくいくのか?


 材料は……【ニッケル】と【クロム】と【アルミニウム】辺りか?


 この合金で1200℃辺りまでなら測定できるはず。


 錬金術ならラクチンで作れるだろう。


 そうなると量産するほどの需要はないから工場は無しだ。



 問題は測定装置なんだけど――実はもう手元にある。


 熱電対ってのは2種類の金属の接触してるところに熱が加わると、温度差分の電圧が発生する。


 このおもしろ特性を利用して温度を測定する。


 そう電圧を測定するのだ。


 だから電圧計の目盛りの数値をからに変えれば完成だ。


 まあ何とかなるだろう。



 ついでに低い温度で正確に測れるサーミスタも用意しとくか。


 ちょうど戦力外宣告された小型モーターと電解精錬で貴金属いっぱい手に入れたし材料は問題ない。


 おお! 文明人宣言をしたら急に近代的になってきた!


 ヒャッハー……おっとはしたない。


「それではさっさと作ろう。そうしよう」


「ノリで開発するとバクハツだね」

「ヒャー! ワクワクしてきた!」


 温度計が爆発するわけないだろ、いい加減にしろ!


 いや待てよ。温度計が原因の事故があった気がするな。


 ……温度計……ナトリウム……うっ、頭が!


 よし、気を付けたほうがいいな。



 ソル110



 工場は区画整理されて耐火レンガの防壁に囲まれている。 石炭はトン単位で掘削し乾燥のために熱風にさらされる。 乾燥した石炭は温度を監視している一時倉庫に保管する。 石炭はコークス炉に送られてそこで乾留しコークスに変わる。 コークスは消化施設で3日かけて冷却する。 製造したコークスは倉庫にしまわれる。



 ――うん、前よりよくなっている。すばらしい。


 ただ掘削量が少なすぎるから高炉も火力発電所も無理だな――需要ないし。


 やはり蒸気機関かな。


 いいねー蒸気動力で一気に生産性を――。


「工場長ー! 大変です!!」


「お! 何か資源を見つけたか?」


「怪獣が出ましたー!」


「な!?」


 ――怪獣だと!


 ファンタジーにパニック映画が来やがったのか。


 ……いやよくよく考えたら周りの魔物は全部パニック映画の主役級しかいないな。


 ふ~落ち着け。


 まずは状況確認と拠点に戻るのとあとそれから……。


「アルタ君、炭鉱の最終確認ができてるか? できるだけいそうで拠点へ戻るぞ」


「問題ありません。それからもしもの場合を考慮してまずは鉱山に向かい貯めこんだ資源をすべて回収しておきましょう」


「なるほど、その方がいいな」


 ――モノ作りはこれからだってのに、まあいい久しぶりに拠点へ帰るとしよう。



 ――――――――――――――――――――


 第4章 完


 近況報告に地図を乗せています。

 https://kakuyomu.jp/users/kakubuturikyu/news/1177354054897548518

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