第6話 狂気の戦列歩兵


 バグズの巣は半球形の築城型であり、いくつもの巣が乱立した群生コロニーを形成している。 人基準だと大きいが、バグズの大きさ的には小さく主な目的は卵の産卵である。 生まれたバグズは魔石と魔素により急激に成長し行動を開始する。 そしていくつもある群生コロニーは互いに物資を融通し合う独自のネットワークが存在する。 ゆえにどれほど数を減らしても大陸中の群生コロニーからバグズが生まれて、争いが起きているコロニーに援軍として増え続ける。


 そこにコロニーが存在する限り――。



 ソル330



 この日、工場長はバグズとの決戦を決意した。 そして兵隊ゴーレム達は群生コロニーへと進軍を開始する。



 バグズは反応するだけである。 その活動は戦略ではなくフェロモンの反応に基づいている。 ゆえに化学物質をまき散らす工場群は生存するうえで邪魔であり破壊すべき対象となる。

 雨が止み再び活動を開始する。 いつもなら探索型のバグズ・シーカーが巣の周辺を動き回り、食糧や敵を探し出す。


 ~♪


 その日は音がした。 バグズは一切の活動を止め音の方に注目する。 5ヶ月に及ぶ攻防と火災の延焼により、群生コロニーのすぐそこまで森は焼けていた。 その焼け野原の向こうから音がする。


 ~~♪


 敵が迫ってきていることに反応したバグズが巣から這い出てくる。 彼らは目撃する――黒炭の大地の向こう側から列をなして進攻してきている真紅の軍勢を――。

 バグズは反応するだけである。 それにより大陸で最大勢力の魔物となった。 だから血肉の赤色を見ると闘牛の様にあるいはピラニアの様にただ襲い掛かるだけの存在と化す。 そして赤揃えの軍隊に襲い掛かる。


 ~~♪~♪


 鉄の兵隊ゴーレムの軍勢は一糸乱れず行進する。


 その先頭に立つは音楽ゴーレム――メガホンの形状をした頭部から軽快な曲を大音量で流しながら行進する。 等間隔で並ぶ音楽ゴーレム否、軍楽ぐんがくゴーレム部隊は行進曲を奏で全体の歩調を調整しながら。

 兵隊ゴーレム達は一列に並び行進曲に合わせて前進する。 そしてバグズを引き付けるために赤揃えにした兵隊ゴーレム達はアサルトライフルを腰に携え鈍重ながら群生コロニーへと歩を進める。


「前進! 前進! 前進め!」


 その連隊は200体で一列をなし、後ろにさらに3~4列の連隊が控えている。 この連隊は横に10列、全長1㎞以上の戦闘幅に2000の銃口が並んでいる。

 さらに後方には砲金製の小型迫撃砲が数百門が並ぶ。 小型臼砲と呼んだ方がいいそれは45°の角度で固定してあり、射程はせいぜい1㎞程度である。 それでも自動小銃よりはるかに射程は長く、迫撃砲の爆音とともに開戦の時を告げる。



 突撃するは大地に蠢く脅威の群れ。

 迎え撃つは不死の軍勢による狂気の戦列歩兵。



 距離1000メートル――迫撃砲の重低音が鳴り響き、鉄の雨が降り注ぐ。


「ギャイィィィィィィ――!?」

「ギャッギャッギャ」

「ギャ……!!!」


 砲弾が着弾すると中に詰まった黒色火薬が炸裂する。 その爆発によりバグズは数を減らすが、あまりの轟音により群生コロニーから続々とバグズが這い出てくる。 そして紅き戦列歩兵に突撃を開始する。


「全隊! 射撃開始! 撃て!」


 距離500メートル――ついに弐千の銃口が火を噴き千万の鉛がバグズに突き刺さる。 命中させる気のない兵隊ゴーレムはただ目の前を撃ち続ける。 対してバグズはジグザグにまたは回り込むように行動するが、1㎞以上の戦闘幅と理不尽な弾幕と化した鉛弾を避けることはできなかった。


「前進! 前進! 撃ちながら前進!」


 距離300、200、100メートル――歩兵連隊に到達することなくバグズは果てていく。 バグズは10発程度の被弾ならば戦闘力の7割は維持できる。 しかし千を超える弾が外皮を貫き、神経を損傷すれば息の根は止まる。 無数の屍を乗り越えながら前進する両者。


「投てき! 投てき! 投げ!」


 距離10メートル――弾倉の交換や銃身の故障などにより、ついにバグズが連隊へ肉迫する。 戦列兵の肩には板バネが付いており、後ろの第二連隊がそれを使い手榴弾を飛ばす。 飛距離5~10メートルほどで、第一連隊の眼前で爆発そて鉄片をまき散らすが鋼鉄のゴーレムには何ら障害とはならない。


「射撃! 第二連隊! 引き金を引け!」


 突破――それすら乗り越えたバグズ数体が連隊の一部を吹き飛ばしさらに突き進もうとするが、後方に控える第二連隊が目の前の敵に対してゆっくりと引き金を引く。 ゴーレムにとって戦死とはコアの破壊である。 しかしゴーレム・コアはバグズの攻撃もライフルの直撃もましてや工場長の自爆程度では壊れなかった。 死の恐怖がないゴーレムにとって同士討ちは挨拶程度であり、撃たれた第一連隊も気にすることなく前進を続ける。 空いた連隊の穴には後方部隊が補充で入り、行進できなくなるまで前進し続ける。


「ヒャッハー! 燃えろ燃えろ!」


 連隊後方――戦列歩兵の後ろには火炎放射部隊が控えておりバグズの死骸をすべて焼き払う。 焼き払われたバグズの炭は労働ゴーレムに運ばれて、破砕し、分離し、最後には魔石を回収をしていく。 そうして新しい兵隊ゴーレムの材料にするために。


「迫撃砲設置! 方角ヨシ! 撃て!」


 砲撃部隊――火炎放射部隊のさらに後ろには小型迫撃砲部隊が砲火を浴びせる。 火薬量で飛距離を調整することが可能だが、柔軟性に乏しいゴーレムは決められた量の火薬と砲弾を詰め爆破させる。 バグズは戦列歩兵を止めることができなかった。 そして群生コロニーが迫撃砲の射程内に入る。 乱立するバグズの巣に鉄の雨が降り注ぎ、半年に渡る生存戦争は終わりに近づく。


「ヘーイおつかれさん! 新しい体を用意するオブ」


「ハッ! 了解! 直ちに前線に戻ります!」


「ねぇねぇ、やられた感想あるっす? あるっす?」


「ハッ! 敵と味方の挟み撃ちになって――とても刺激的でありました! 最高です!」


「うわー楽しそー!」


 回収部隊――それはゴーレムコアを回収し兵隊を復活させる衛生兵の代わりである。 そして不死の感性は誰にもわからない。



 要塞防壁上部――工場長は戦場を見渡しアルタから戦況を聞く。


「以上で北部戦線の報告は終わりです」


「そうかよかった。これなら巣を破壊できそうだな」


「はい、これで今後の襲撃頻度が下がってくれればいいのですが」


「そうだな、この調子なら北部の川沿いまで制圧して、何なら隣の領域まで進行してもいいかもしれないな」


「今の火薬の生産量ならそれも可能です。工場長の生存のためにも次の進攻計画を練ったほうがいいかもしれません」


「そうだな。けどこの戦術はいろいろ問題が多いから――もっといい方法を考えて積極的に北伐をして奴らを根絶やしにしてくれる!」


 ――なにせ深い森の中だとどうしても効率が悪くなってしまう。


 大砲を改良して長距離から一方的に巣を破壊して、迫りくるバグズを戦列歩兵で倒すのがいいかもしれないな。


 それにしても…………何で戦列歩兵が最適解になってるんだよ!


 何世紀前の戦術だ?


 まったく異世界では近代塹壕戦が博物館行きになって戦列歩兵が華々しく活躍するとは思いもしなかったよ。


 まあファランクスよりかは近代的だからまだマシ……かな?


 ハッ! もしや槍と盾のファランクスによる密集陣形ほうが戦列歩兵よりも優秀な可能性があったりするのだろうか?


 うーん……わからん。


 なんにしても一人で始めた――いやうちの可愛いゴーレム達と始めた生存戦争に勝利したとみていいだろう。



 工場長の後ろには100ソル以上の月日をかけて作り上げた巨大兵器工場が稼働している。 場所は遺跡北部の中央である。 この工場にある一つの装置で毎分百個の薬莢を製造し、工場全体では毎分一万個の弾薬を製造し続ける。 産出鉱物のほとんどを費やして作り上げた巨大工場は戦列歩兵の維持のため、使い捨ての自動小銃のため、迫撃砲のため、火炎放射器のため、材料から兵器を生産していく。 すでに製造工程にアルタの能力は必要とせず、淡々と決められたモノを作り続ける冷徹な機械ができあがっている。



 ――おっと、新しい弾薬の供給が始まるな。 さっさと退散するか。



 防壁には城門が無い。 強度が弱くなる門を作る余裕がなかったからだ。 そして壁際にエレベーターを作り、そこから戦場へ弾薬の供給をおこなっている。 工場長は危険な火薬工場への立ち入りが禁止されている関係から北部では壁際を歩く事しかできない。



 ――自分で作っておいてあれだが、なんて不便なんだ!


 次は鉄道網を作ってスムーズな供給ができる兵站網を構築してやろう。


 そうなると蒸気機関車が必要になるな。


 はぁ~SLエスエル


 いい響きだ! なんて近代的な乗り物だろうか。


 よし、さっそく設計に入ろう。


「工場長、まだ巣を完全に破壊したわけではありません。気を引き締めてください」


「う!? 人の思考を読むのやめてくれないかなアルタ君」


「工場長は考えが顔と口と動作でわかりやすいから仕方がありません」


 ――なんだと!? そんな馬鹿な!


 ……たしかに昔からポーカーとか勝ったことないけどさ。


 いや待て、口ってなんだ? 声に出てるってこと!


 ちょっとそこのアルタさん。詳しく話してくれないか!



 /◆/



 巣を守る者がいなくなった群生コロニーは火炎放射器で焼け落ちる。 迫撃砲でズタボロになった巣からはコロニーが全滅したことを伝えるフェロモンが放出される。 空を飛ぶバグズ・フライはそのフェロモンを全身に浴びて近隣の別の群生コロニーへと伝達する。


 この大陸は適者だけが生存できる土地である。


 バグズは大陸中央一帯に膨大なコロニーが存在し、その総トン数は3億トンとも7億トンともいわれている。 つまり種族全体にとって末端のコロニーが陥落しただけのことである。 種族全体としては毎日1000万体以上のバグズが誕生し、コロニー間で数的資源を分け合うネットワークも存在する。


 バグズのネットワークはコロニーの陥落をゆっくりと伝達していく。 だが近隣の群生コロニーは報復も救援もせず、その地を見捨て当分の間は近寄ることはない。 これはコロニーを落とすほどの強敵と対峙せず種の存続を優先するバグズの本能である。


 なぜバグズは大量に存在するのか?


 バグズは捕食者であると同時に被食者でもある。 周囲の強大な魔物にとってバグズは数が多く都合のいい食糧でしかない。 だからこそバグズは数を増やすことによって種の存続を図る。 時には物量で押しつぶし、あるいはコロニー単位で末端を切り捨てることで適応してきたのだ。


 工場長は気付いていない、食糧を根絶やしにしていくことで何が起きるのかを……。


 ただ今は束の間の平穏を享受する――。

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