第5話 生産力を上げて物量で倒す


 この地のすべての勢力は自らにとって最善となる行動をとっている。 個体としては弱いバグズは膨大な数で生存を計る。 山脈ワームは固い岩盤で身を守り獲物が近づくのを待ち続ける。 魔獣たちは単独であるいは集団の群れでもって弱者を喰らう。 巨人はその巨体を維持するために食糧の豊富な土地を巡って縄張り争いに執心する。


 男はあらゆる資源を消費して抗い続ける。



 ソル256



 ――ふぅ何とか遺跡北部を取り返せた。


 研究成果が燃えてしまったのはしかたがない。


 それでも一部のゴムは使えそうなので実験は無駄じゃあなかった。


 資源に余裕が出たら研究を再開したいね。


 さて、今は雨が降っているので小康状態――もはや雨を愛する雨男になってしまった。


 貯水池も汚水処理所もすべて機能していない。


 上下水道なんてすばらしいシステムも、ダムという魅力的な調整池もない。


 古代人がわざわざ農地を微高低差のある台地に作ったわけだ。


 乾季の水不足を凌いで、雨季に水はけがいい場所を農地に選んだんだ。


 なかなかやるな古代人。



 北部を奪還したから新しく計画を立てなければいけない。


 まずは防壁を整備して要塞化する。


 この要塞を出城と見立てて群がるバグズを一手に引き受ける。


 さらに空堀というより塹壕を掘って近代的な守りを作る予定だ。


 それでも守り切れるか不安がある。


 しかし例え落城しても河川と跳ね橋があるから拠点の防衛はできる。


 

 要塞が落ちることはないという前提で計画を立てると――。


 とにかく防衛しながら相手の数的資源を徹底的に減らしてこちらの優位を確保する。


 乾季になって本格的な縄張り争いが始まる――その前にバグズを疲弊させるのは間違っていないはず。


 次の季節になると水量が減り回り込まれるのでタイムリミットはある。


 だからそれまでにバグズの数をできる限り減らし続ける――まるで戦争だ。


 そうこれは戦争だ。


 戦争なんて映画とゲームでしか知らないぞ!


 たしかこういうのを消耗抑制ドクなんとかだっけ――消耗を抑えて相手を一方的に削る作戦。


 ああ、いやだね。私はここを去りたいだけなのに!!



 雨上がりの夜明けとともにバグズの群れは、要塞と化した防壁に群がって来る。 ゴーレムは防壁に配置され自動小銃と火炎放射器で撃退していく。 燃える重油を浴びた虫は本能からか森へと逃げていく。 そうして燃え広がる炎は森林火災となり黒煙を巻き上げていく。 バグズの群生コロニーは煙に反応して活発に新たなバグズを生み出す。


 そしてまた雨が降り始める。



 ソル270



 ――出城での防衛線を始めてからかなりの時間がたった。


 そして当初の目論見は水泡に帰す――現実ってヤツが現れた。


 どんなに倒してもバグズは減らないのだ。


 うげー、いったいどういう成長の仕方をすればあんな大量に育つんだ!


「アルタ君、もし乾季になったらどうなる?」


「はい、おおよそですが時間あたり数百~千体、日あたり数万体――昼夜問わず襲ってくると思われます」


「うーん、採石場の巣でもありえない数が襲ってきてたけど、あれらは巣を作った後に襲ってきたという認識だったが……巣で生まれて襲ってきていたのか?」


「その可能性は高いですね。しかし逆に言うと今の段階でバグズの生態を知れたのはよかったです。今ならまだ対策が立てられます。私もどこまでもお手伝いしますから頑張りましょう!」


「ああ、そうだな――よろしい。今までのどんな問題も計画を立てて解決してきた。やってやろうじゃないか」


 ――雨季の休憩が入りながらの防戦でこの状態。


 乾季には雨が降らないと仮定すると、1ソル辺り数万のバグズが180ソルほど襲撃してきてから雨季がまた来てくれる。


 そうなると、のべ数百~数千万体のバグズを狩り尽くさなければいけない。


 残念ながら備蓄と生産量それから埋蔵鉄量を考えるとその前に私は死ぬ。


 地下シェルターに逃げてもやっぱり死ぬ。


 今から南に逃げた場合の試算では荒野に着くまえにたぶん雨季が終わり、追い付かれてやっぱり死ぬ。


 たとえ荒野にたどり着いても地面の下から襲ってくる別の化け物に四六時中つけ狙われる。


 正直この先生きのこる自信がない。


 ではどうしよう?



 /◆◆◆◆◆◆/



 はぁ~ずっと考えていたがやるしかないな。


『座して死を待つよりは、出て活路を見出さん』とは諸葛亮 公明の言――公明キミを採用だ。


「よし打って出るぞ。目標はバグズの巣を焼き払う」


「巣をですか?」


「ああ、ずっと疑問だったんだ、あのバグズはどうして巣を作っているのか――」


 ――最初の冷凍バグズは体内に卵を有していた。


 卵を持って数を増やす――それは調べてわかったことだ。


 ならばなぜ巣が存在するのか?


 そこでほかのバグズの亡骸も調べてみたところ卵はなかった。


 ここから考察と推論をして、一つの仮説が浮かんだ。


 あのバグズの巣に女王アリのような存在がいて、卵を植え付けてるんじゃないだろうか。


「ようするにバグズ・クイーンを倒すってことだ」


「そうなると卵を運ぶのはバグズ・キャリー、あの小型の探索種はバグズ・シーカーそれから戦闘型をバグズ・ソルジャーといったところでしょうか」


「うん!? あ、ああ……そうだな」


 ――あとは巣をつくるバグズ・ワーカーだな。


 役職を与えるとまるで……まるで我々のゴーレムと同じじゃないか。


 魔石があるってことは古代人の置き土産、根底は一緒ってとこか。



 おっと話が脱線した。


 ようするにあの巣を破壊すれば指数関数的な増加は防げるんじゃないか――という誰でも思いつきそうな仮説が浮かんだのだ。


「――ということで兵隊ゴーレムの部隊で巣を叩く」


「……そうですね。資源のほとんど弾薬の消費に回っているので倒せるのなら倒すべきでしょう」


「よし決まりだ。次に雨が上がったら決行しよう」



 ソル272



「雨が止んだ。これより生存戦略の名の下に敵の巣を減らして脱出時間を稼ぐ! すべてを焼き払うぞ!」


「ハッ! 全体進め!」



 焼け野原となった北部の大地を兵隊ゴーレムが進撃する――その数100体。 鉄製のゴーレムは重くそして遅い。

 要塞を出てからすぐに襲撃に遭う。 ゴーレム達は四方から迫ってくる事を想定し間隔を空けた散兵体勢で迎撃に当たる。 対してバグズは最も近いゴーレムに群がる突撃体勢。 鉛弾が降り注ぎ先頭のバグズに突き刺さっていく。



「おお、順調に倒せているな」


「そうですね。このまま巣まで行ければいいのですが」



 バグズには痛覚は存在しない。 恐怖という感情もない。 だからどれほど倒れようとも前進し続ける。 そしてついに先頭のゴーレム一体と刺し違えて打ち倒す。

 バグズの真の強みはここからだ。 時間とともにバグズは増えていきゴーレムの数は減っていく。 またバグズは闇雲に突撃するわけではない。 仲間がやられるほどフェロモンが濃くなり、それに反応して挙動の変化が起きジグザグや回り込みなどしはじめる。

 先頭から順に倒せばよかった最初と違い、分散して襲ってくるバグズ達。 そのせいでゴーレムは照準が右や左に外れていく。 それにより弾幕の密度が薄くなるとバグズの生存率が上がり突撃が次々に届くようになる。 ゴーレムの命中精度はないので仕舞には味方への同士討ちにまで発展してしまう。


 数時間後には最後のゴーレムが倒れる。


 森からはさらにバグズが現れ、有刺鉄線と塹壕に囲まれた要塞に突撃する。 しかしこの防御陣地は機能しなかった。 有刺鉄線で最初の数体を防いでも、動けないバグズを踏み台に突撃を続ける。 塹壕とは敵対者の銃砲撃から身を守るための陣地であり、長距離攻撃をしてこない近隣のバグズには意味がない。 腰打ちが基本で命中率の悪いゴーレムでは活用できない陣地である。



「部隊の全滅を確認! コア損傷無し! 数的資源損失なし! 雨が降りしだいコアの回収をします!」


「うーん……負けたか……」


「工場長ここにも迫ってきます。待避を」


「火炎放射放てー!」



 要塞に張り付いたバグズが燃えていく。


「ヒャッハー燃えろ燃えろー!」


 ――報告によると南部でも魔獣を倒せはするが被害が大きかったようだ。


 南部の魔獣は種類にもよるが、分厚い皮膚や鱗で守られており、俊敏に避けて攻撃してくるらしい。


 『現代兵器は対人を想定しており化け物には効果がない』というのはフィクションのお約束だが異世界でもあてはまるようだ。


「よろしいならば研究だ。バグズが何に反応しているかもっと検証して対策を考える。五感全部調べられるかな?」


「聴覚はすぐに、視覚は……色を塗って反応を見れます。味覚と触覚は思い付きません。嗅覚は特定が難しいかと。とりあえず何匹か捕獲してみます」


 ――そうなると色素を集めるぐらいなら私でもできるだろう。


 古代から着色料として鉱物を砕いて使っていた。


 今でもクレヨンは着色として鉱物を使っている。


「工場長つまり掘削ですね!」


「ああ、そうなるな」


「くっさく。くっさく」「掘削!」「いえーい!!」


「そうだ掘削だ。あらゆる問題を掘削して解決してきたんだ。全員ツルハシを持てー!」


「「「おー」」」


 ――赤は赤鉄鉱を砕いて粉にすればいいとして、黄色は硫黄かな――酸化したら面倒だからワニスでコーティングしてやろう。


 ああ、やっぱり私はこっちの方が性に合ってるな。


 まったく戦争なんてクソくらえだ!



 牢を作り生け捕りにして生態を調べる。 鉱物を粉末にし色を集めて反応を調べる。 木酢液を含め匂いの反応を調べる。

 調査しながらも襲撃を銃と火炎放射器で襲撃者を撃退する。 燃えながら逃げだしたバグズが森を焼いていく。 焼く事を止めて自動小銃でのみ撃退すると死骸が発するニオイの影響で次の襲撃が激化する。 だからわざと逃げ出したバグズを焼くため森へ入り焼却処分をしていく。 そうしてやはり森林火災の延焼が起きる。 いつしか森を焼くことに慣れてしまい積極的に焼き払うようになっていった。


 1か月以上の攻防により北部のと燃え尽きて、黒い大地が広がりついにバグズの群生コロニーが目視できるようになる。



 ソル320



 ――バグズの生態を調べるために活動をし始めてどれくらいたっただろうか?


 おかげでかなり生態がわかってきた。


 面白かったのは色への反応だ。


 特に赤色には過剰に反応して森へ逃げるという行為が無くなるほどだった。


 他には音への反応もあるようだ。


 鉱山では日々爆破による掘削をしている。


 最初のバグズ・シーカーは音が危険かどうか調べるために来ているのかもしれない。


 とはいえ我々が掘削を止めたらここを脱出することもできないからどうしようもない。



 先の戦闘でなぜ敗北したのか?


 被害を抑えるには散兵の方が理にかなっているという現代戦のイメージで陣形を立てたからだ。


 聞き齧った程度の理由で間隔を広く空けていたのがダメだった。


 それから武器の性能もよくなかった。


 設計が甘く、加工精度の悪いAR-47は当然ながら命中率も低い。


 そんな散兵では300mの射程でも有効打を与える前に接近されてやられてしまう。


 集団戦では控えの居ない散兵ゴーレムは一体一体が貴重な戦力であり、数が減ると集団の戦闘力が下がりたちまち劣勢になる。


 現代兵器運用は対人以外を想定していなかった。


 数の暴力で押し寄せる感情も痛覚もない外骨格と筋肉の塊にはさすがに太刀打ちできない。



 ……ならば想定すればいいじゃないか。


 命中率が悪いなら数を揃えればいい。


 集団の戦闘力を高めるために個人の防御力など捨ててしまえ。


 本能で真正面から突撃する、そんな敵のみを想定した運用方法を考えればいい。


 ああそうだとも最初から分かっていた――これは数のぶつかり合いだ。


 もう奴らを倒す戦略は決まっている。


「工場長、どうするのですか?」


「それは生産力を上げて、物量で倒す。だ!」

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