第7話 祝砲
河川では濁流が流れ、湖は濁る。 それでも雨量は徐々に減り続けて天候も安定しはじめる。 季節の変わり目が訪れ、乾燥した風が吹き続ける。 水を蓄える木々は無くなり枯れた空気が漂い始める。
ソル335
――先日、バグズコロニーを焼き払うことに成功した。
諸葛亮先生の言う通り、攻め入ったら劇的に襲撃頻度が減ってくれた。
おかげで指数関数的な物量にやられることはなさそうだ。
「工場長、別のコロニー群を高台から監視と観察をしたところ、バグズはコロニー間で物資をやり取りしている可能性がありそうです」
「巨大な昆虫の背に乗って移動したのは懐かしい思い出オブ」
「ねー、もっかい奥まで行きたいっす!」
「そういえばデジカメの写真にそんなデータがあったな……」
――えーと、どうやら独自の巨大なネットワークがあり、それぞれの巣で資源や物資を融通している可能性があるってことか?
なにげにアリやハチよりヤバくね?
近隣の巣で経済活動するってヤバくね?
それなのに劣勢――あるいは全滅すると躊躇なく切り捨てるなんて、まさに昆虫って感じだな。
そうなると徹底的に相手に被害が出るとそのうち寄り付かなくなっていた可能性もあるのか?
……うん、この考察に意味はない――情報が少なすぎる。
「どうしました、工場長?」
「……いや、なんでもない。気を取り直して今後の計画だ」
――えーと、飛行船開発はどこで中断したんだっけ?
…………!
そうだ農場の改革だよ!
私は枯れた農地を化学肥料で復活させるという食糧プロジェクトの最中だったんじゃないか。
最近、雨は小降りになっている。
農業用水の方は落ち着いてきた。
この150ソルほどで肥料の備蓄は十二分にある。
「雨季の終わりが近いと見た。農地の土壌改良をおこない、中断していた農業を再開しよう」
「なるほど……わかりました。ただちに本来の計画を実行します」
――結局、雨季の間はずっと兵器の開発に没頭していた。
その間に農場の作物はすべて収穫してしまった。
はっきり言って農地は惨憺たる有様といっていい。
まず雑草で一面緑模様――最低だね。
例の茎の長い雑草が遺跡含めて、そこらじゅうに生えている。
そんでもって雨季が大好きな普通の虫が大量にやってきてくれた――最悪だね。
水路は泥水というより粘土で所々、詰まっている。
スクリューポンプは壊れ、貯水池は機能していない――クソッタレだね。
私が愛するゴーレム達にいわゆる『田んぼの様子を見に行く』をさせなかったのが原因だ。
田んぼの確認とやるべき作業をしなかったらどうなるのか?
――答え、水路がぶっ壊れて畑が全滅する。
つまり農家の方々は『田んぼの様子を見に行く』で物理的に死ぬ、あるいは死亡フラグを回避して経済的に死ぬ――どちらかを選べってことになる。
なんてこった! こんな苦労する業界だとは思わなかった!
というわけで雨季にそんな危険な作業をさせたくなかった。
ゴーレムは基本的に不死だ――しかし濁流に飲まれたら回収不可能になってしまう。
私の食糧とささやかな植物油のために貴重な労働力を失うわけにはいかない。
なにせ経済という概念が当てはまらないのが我々の強みだ。
だから雨季が去ってからのんびり農業を再開することにした。
ということで、またまた治水工事と農作業の時間がやってきたってわけだ。
今度は雨季が来ることを考慮した大規模かつ強靭な治水計画を打ち立てなければいけない。
ふふん、この時期に爆発的に成長するのは何も植物だけとは限らないのだよ。
さあ始めようか化学肥料による農業革命を!
ソル350
――そろそろ1年たつはずだ。
なにせ急激に気候が変化しているのが肌でも感じる――ついに雨季の終わりだ。
正確にはわからない――なにせほとんど地面の掘削ばかりに気を取られて天体や天候なんか気にも留めてなかった。
今さら正確な計測なんかできない。
ということで計算しやすいソル360を1年の節目にしてしまおう。
ふはははは、時間も暦も私に決定権があるのだ!
正確な暦なんて現地の天才天文学者に聞けばいいんだよ。
現地人に会うその日まで適当な数字カウントでやっていくとしよう。
さて1年たつとなると重大なイベントが発生する。
そう、アルタの1歳の誕生日だ!
実年齢なんて野暮なことは聞く気はない――たぶん数千歳になるはずだ。
ではバースディに必要なものは?
――ケーキ、プレゼント、祝う気持ち。
おっとケーキの材料がない! そもそも ゴーレムに食事がない……。
……よし、諦めよう!
プレゼントって、ここには工業製品しかないぞ。
……よし、諦めよう!
持っているのは祝う気持ちのみ!!
まあ何とかなるだろう。
意地でもバースディやったるぜ!
ソル360
「というわけで戦勝祝とアルタ君の誕生日会を唐突に開催します」
「……工場長、生産効率が悪いので――」
「おっとこれは工場長命令だ! ゴーレムたちバーベキューの準備だ! 木炭を燃やせ、肉を焼け!」
「わーい、工場長のためのパーティーだ」
「ウェーイ、ぼくらの誕生日はまだー?」
――ただ焼き肉が食べたいだけだとバレたか!?
「――ま、まあ命令なら仕方がないですね ///」
「……よし、火を付けるぞ」
――ふぅ~なんとか戦勝祝 兼 誕生会を無理やり強行できた。
なにせ近頃のアルタは食事に対して小言が増えている。
やれ『肉と岩塩ばかりは~』とか。
やれ『カルシウム不足だからといって骨をしゃぶり続けるのは~』など。
お母さんか!
毎日毎日ニンジンみたいなの不味いし、キャベツぽいのは味ないし……。
うん、食事改善が必要だな。
「工場長? ヘルメットが無いオブ?」
「食事中に付けるつもりはないよ。ヘルメットならそこにかかっているだろ」
「? 人間の感性はまったくわからないオブ」
「ははは、そりゃお互い様だな」
――不死身の謎の感性はこっちもわからんな。
だからいろいろ悩むことがある――例えばプレゼントとか。
そう誕生日といえばプレゼントだ。
しかしゴーレムに物欲が無いことは知っている。
なので代わりのものをプレゼントすることにした。
「アルタ君、キミに渡したいモノがある」
「? なんでしょうか? 物とかは不要なのですが……」
「そんなことは分かっているさ。だからキミには副工場長への昇進をプレゼントする。ハイ全員拍手!」
「ウェーイ! 副工場長!」
「ヒャッハー! 副工場長!」
「副工場長! 万歳!」
「あ、ありがとうございます ///」
――ゴーレムに表情はない。
だが付き合いがそれなりなので案外分かったりする。
たとえば人差し指をツンツンしているのは照れてる時が多いな。
そういえばこの両手の人差し指でツンツンする行為の名称はなんだろう?
指ツン? つんつん? ツンタン? ……まあいいや。
照れながらも喜んでいる――それで十分だ。
――ドン、ドドン!
――火薬工場の方で迫撃砲の音がする。
新型の試撃ちを始めたんだろう。
だが今日はアレが祝砲のように思えてくる――。
おお! 今度花火でも作るか!
花火を作ろうと思えるとは――少しは余裕ができたってことか。
ここに来てから一年たった。
そう一年もたったんだ。
肉が焼けるまで時間があるから手元の初期の資料をもう一度見なおす。
~~~~~~~~~~~~~~~
追加開発計画
――マザーマシンの開発
――蒸気機関の開発
――合成ゴムの開発
――電子制御の開発
――内燃機関の開発
~~~~~~~~~~~~~~~
石油施設が爆発する前に書いた追加計画の上2つが完了している。
これでやっと残りを進められる。
いえーい!
俺たちの脱出劇はこれからだから、あの果てしなく遠い開発道を駆け上がる!
―― 第8章 完 ――
工場長達はちょうど火薬工場から南に1㎞ほどの場所であり、遺跡の中心部の飛行船建設予定地でバーベキューをおこなっている。 もはや防壁の外は安全ではなく、内側も周囲を工場設備群に囲まれて安全に食事ができる場所が少なくなっているからだ。
この時期には急激に気候が変動して乾季へと変わっていた。 火薬工場では雨季の湿気対策のために液体窒素を活用して工場の温度と湿度をできる限り下げていた。 それほどまでに火薬にとって湿気は大敵だからである。
この地域は山脈からの豊富な水と森林による気候緩和機能と呼ばれる現象により、例年ある程度の湿気を保持していた。 しかし森は焼け、緑を失い、急激に乾燥していった。 それは火薬工場内部の湿度も急激に下がり乾燥していくことを意味する。
工場内では火花が散らないベークライトゴーレムが製造と加工に従事している。 しかい絶縁体であるベークライトは電位が隔たりやすく、アースをつなげても通電しないことから意味がない。 このような状態を回避するために大抵の電化製品は黒色、つまりカーボンを練りこんで電位が隔たらないようにしている。 これは特に電子部品、半導体チップが黒色の理由になっている。
同じ理由で本来ならば火薬にも
つまりこの上なく静電気が発生しやすい環境が整ったのである。
帯電したベークライトゴーレムが火薬を作る。 銃を作る。 兵器を作る。 大量の火薬を保管する。 火薬を前線に運び出す。
そしていずれかの作業でついに火薬が爆発する。
「――――!!!???」
作業場で静電気により火薬が爆発した。 その爆炎により荷車で運搬中だった100㎏の火薬にも引火――爆発。 これにより工場の一角が吹き飛ぶ。 その衝撃によりさらに保管所の火薬2トンにも引火――大爆発。 その大規模な爆発エネルギーにより工場は半壊、防壁からエレベーターで前線に運搬していた火薬20トンにも引火――北部防壁消滅。
この時、試作した迫撃砲が衝撃で南を向き――誤爆。 砲弾は放物線を描きながら南に1㎞の地点へと飛んでいく。
ひゅ~~~~――――…………。
「――ハッ! 逃げねば! ――わっと!??」
工場長は幾度の自爆経験からこの大爆発は自分に襲い掛かると確信した。 すぐさま南へ走ろうとするが半年も外出せずにいたため体は鈍り足がもつれ倒れこむ。
「ぶべっ!!?」
ひゅ~~ドン!!!
誤爆した砲弾はバーベキューセットの手前に落ち、中に詰まっている黒色火薬が爆発する。 吹き飛んだ鉄片は転んだことによりすべて回避することができたが、肉を焼いていた木炭が吹き飛び工場長に襲い掛かる。
「おわっちゃアアアアァァァァ――――!!!」
食事ときにヘルメットをしていなかった工場長の髪が燃える。
「――工場長! み、水です!!」
そこへアルタがインベントリ経由で水を掛ける。
「ぶべべべべべ――――ガク……」
全身が水浸しになり工場長は大の字に倒れこむ工場長。
ふと周囲を見渡すとそこには傷一つないヘルメットが置いてあった。
「……私の
北の防壁では、きのこ雲が立ち上り、パーティー用の最後の肉が地面に散乱していた。
「……ち……ちくしょう………………」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
事故報告書
被害
――設備:第二火薬工場の半壊、北部防壁の消失
――ゴーレム:19体が重軽破損(修復済み)
――人:工場長軽傷
原因:静電気あるいは異物混入による爆発
対策1:静電気対策、全行程を分離して隔壁で仕切る
対策2:火気取扱専用ゴーレム設計中
対策3:工場長@筋トレ中
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――――――――――――――――――――
第一部 完
第二部は現在鋭意製作中です。
進捗は近況ノートから確認できます。
異世界で、生産力を上げて、物量で倒す かくぶつ @kakubuturikyu
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界で、生産力を上げて、物量で倒すの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます