第7話 人為的爆発


 この地で初めて雨が降り工場長は液体空気工場に氷が発生していたことに気づいた。 そこで工場全体の設計を見直し改良した。 その際にゴーレムだけでボンベに注入できるように注入口を作り、ゴーレムだけで各鉱山への供給体制を作り上げた。

 雨のなか活発に動き回る獲物はいない。 だから捕食者たる魔物達は息を潜めじいっとその時を待ち続ける。 それは雨季が豊潤な恵みの季節であり、他の地域から大量の生物が水と食料を求めてこの地にやってくるからだ。 


 その時が来るのを待ち続ける――わずかな晴れ間を待ち続ける。


 雨は止まない。


 この地では数ソル以上降り続けるのが普通だから――。


 飢えた捕食者たちは待ち続ける……。



 ソル178



「全然止まない……せっかく北部にゴム試験場という名のタマゴ畑を作ったのに……川が氾濫でもしたら分断されるな……」


「橋の基礎工事は済んでます。渡ることに関しては鉄橋を作れば問題ないでしょう。しかし各現場の水害対策はほとんどできていません。どうしましょう?」


「ゴーレムの労働力は貴重だ。爆発に耐えられても川に流されたら回収できない。至急鉱山を停止してゴーレム達と物資を遺跡に集めるんだ! まずは水害対策を遺跡を中心におこなっていく。その後は各現場の対策出来たら再稼働だ」


「わかりました。川の向う側から避難させます」


「工場は止めますオブ?」


「動かすのは石油精製と液体窒素あとは――製紙工場、それ以外は止めてしまえ」


 ――石油は常に溢れてくるから早々に止めることはできない。


 液体窒素はちょうど高圧タンクを増設したから自然冷却しながら少しずつ作っていこう。


 紙は重要だから可能な限り作り続ける。


 問題があるとしたら液体酸素爆薬は雨では使えないから新しい爆薬を作るしかないな。


 それにしてもいつまで続くかわからないのが困る。


 生産力は否応なしに落ちている。


 私はここから脱出したいだけなのに天気にすら邪魔されるとは思わなかったよ!



 湖の群体生物は自らの縄張りを示すために特殊なフェロモンを散布していた。 東から吹く風に運ばれたフェロモンは湖や遺跡周辺を包み込んで自らのテリトリーとしていた。

 魔物たちは群体生物を恐れていた。 古の時代に誕生しほぼすべての魔獣を刈り落とした化け物を本能的に忌避きひしていたのだ。

 この匂いが付着したゴーレム達は魔物に襲われずにあらゆる活動を続けることができた。 そして定期的に身だしなみを整えていた工場長はその限りではない。



 ――雨がすべてを洗い流す。



 ソル179



「まだ降り続けるとは……」


「炭坑では浸水がはじまっています」


「ポンプを作り置きして雨の中でも生産できるように整えたほうがいいな」


 ――そうなると全体的に大雨対策を強化しないといけないな。


「工場長~! 川がすごくなってきたYo~」


「げ!? 新しい鉄橋はどうなってる?」


「鉄橋は基礎だけだけオブ。雨が上がり次第建設っす」


「うーん仕方がないゴム畑の撤収準備をしよう」


「あ、雨が止みましたよー」


「よしっよし! それではアルタは水害対策を私は液体工場を点検、終わったら鉄橋を作ってゴムの回収をする」


「わかりました。高圧ですのでお気をつけてください」


「大丈夫。外から指示を出すだけだから」


「お任せよー!」「がんばるよー!」「うぇーい!!」


「…………本当に気を付けてくださいね」



 久しぶりに雨が止み活動を再開する工場長達。 だがこのわずかな間に活動が活発になるのは工場だけではない。


「グルルルル」「キシャァァァァー……」「カサカサカサ……」


 周囲の魔物たちは気づいた。 あの天敵が――あの群体生物の匂いがなくなっていることに――。 それはあの化け物が居なくなったということだ。 雨風しのげる遺跡一帯を、空白地帯と化した湖を、数十ha分の野菜が作付けしてある農地を自らの縄張りにするべく行動を開始する。


 ――その日、魔虫の尖兵が南下した。



「液体窒素は順調そうだな」


「ヒエヒエの液体いっぱいです」


 ――川の水量は増えたが渡れないほどではない。


 桟橋は危なげであるがまだ渡ることはできる――けど危ないからって門番ゴーレムに通行止めされている。


 この橋の近くに液体空気工場と高圧タンク群がある。


 はっきり言ってしまおう――邪魔だ!


 誰だこんなとこに建設したのは――私です。


 うーん……物資の輸送供給網にトロッコを活用している。


 そして閉じた循環社会ではいかに効率よく工場を設置するかが重要になる。


 今後の拡張を考えると工場全体の配置を見直したほうがいいな。


「工場長は無計画さんオブ」


「キミらにそういわれるとちょっとへこむ…………ん?」



 魔虫が移動してくる途中で工場長達が張り巡らせた罠にかかり絶命した――だが魔虫が死んだときに発する警戒フェロモンにより周囲の魔虫が興奮しながら押し寄せてきた。

 魔虫は1~3mと大きさにばらつきがあり異なる種類いくつもいる。 数が多いのは巣の周辺を探索する小型の探索型と巣を築城する労働型そして警戒フェロモンを嗅ぎつけて押し寄せてくる大きな戦闘型。

 魔獣対策として幾重にも張られたワナにほとんどが倒れたが、最後の一匹が急造の防壁を飛び越え桟橋に到達した。 



 ――なんだあれは?


 橋の向う側にヒトと同じぐらいの大きさの虫のバケモノがこちらを見ている。


 6本足の茶色い胴体に、あれは……頭か。


 白ウナギみたいな立派な口を開けやがって、虫なのかウナギなのかまるで分らん。


 ああ、あれはデジカメで前に見た北にいる化け物だ。


 あの忌々しい虫だ!


 ――!!?


 あれは……ヤバい! やば! くる!!


 桟橋を渡ってきやがる!!


「工場長を守れ――!」

「ヒャッハー!」

「全員集合ーー!!!」



 門番ゴーレムが迫りくるバケモノを足止めするために集まる 作業ゴーレム十数体も徐々に集まる。



 ――くそ、なんでいきなりこっちに来たんだ!


 とにかく遺跡のシェルターに避難だ。


 ッ――いやダメだ!


 距離がありすぎる。


 ああ……ほとんどのゴーレムがやられたか……。



 ヤツは

 ジグザグに

 走り

 こちらにやってくる。

 そして

 鳴声を上げながら

 襲ってきた。


 ――捕まったら終わりだ。


「こうなったらヤケだ!!」


 工場長は近くにあった液体窒素ボンベを蹴倒してとにかく逃げる。 液体窒素は水たまり触れて急激に暖まり白煙を上げる。


「ギャギギ」


 ――ふははは、 忍法煙幕の術だ!!


 工場の危険ポイントを熟知している私に地の利がある――負けてなるものか!


「ギャ!!」



 液体空気工場に逃げ込んだ工場長だが屋根に飛び乗った魔虫が、工場の外壁を壊し内部に侵入する。 上から見渡して工場長を見つけた魔物は液体酸素供給タンクに飛び移る。


 ――クソ!


 なんでちゃんと入り口から入らないんだ、この脳筋モンスターめ!


 ショートカットしやがった!!


 ってちょっと待った!


 オマエ――その中には液体酸素がたんまりつまってるんだ……。


 動くなーうごくなー。


 よし真後ろには出口がある。


 戸締りしてなかったのか――開きっぱなしだ。


 とにかくこのまま離れよう。



 睨み合いながらゆっくりと後退する。 しかし狙いを定めた魔物が飛びこみ――。



 ――なんのバックステップ!


 だが昆虫特有のすばやい動きですぐに距離を詰め――。


 ――工場長は頭から喰われる。
















 ……そしてヘルメットが砕ける。


「あっぶな!」


 ――なんとかヘルメットが取れて助かった!!



 金属製のヘルメットを知らない魔物はその硬さに戸惑い吐き出そうと頭を前後に振り回しながら後ろへ後退する。


 ――この白ウナギめ、喉を詰まらせてしまえ!


 あ、やば! 吐き出しやがった!!



 またしてもにらみ合う両者。 しかし魔物の後ろの液体酸素工場で働いていたゴーレムが忍び寄る。



「そこのゴーレム取り出し口をめいいっぱい開けろーーー!!」


「了解っす!」


 取り出し口から大量の液体酸素が魔物に襲い掛かる。

 液体酸素はとても不安定な物質である。 ちょっとした摩擦や衝撃で爆発する。 そして最も厄介なのが有機化合物と接触すると爆発を起こす性質にある。

 ゆえに魔物にかかった液体酸素はたちまち爆発的な熱反応を引き起こした。 それにより周囲の液体タンク類も誘爆していく。

 爆発的な衝撃波が走る。 だが昆虫特有の堅い外皮により原形をとどめた魔物はそのまま吹き飛び工場長の方角へと飛んでいく。

 爆発することを知っていた工場長は全速力で工場を出たが衝撃波に吹き飛ばされて水たまりに倒れこむ。



 そこへヤツが落ちてくる。



「こ、こっちくんなーーーー! ぶへ!??」



 吹き飛んだ魔虫が工場長を押しつぶす。 魔虫は甲虫のような堅い外皮を有しているが腹部は柔らかく、中にはその巨体を維持するための脂肪のような塊と卵がつまっている。

 柔らかい水溜まりと魔虫に挟まれる工場長。 そして液体空気工場の爆発は隣の高圧タンクの誘爆につながった。

 高圧タンクが破裂し急激な圧力の低下は急速に周囲の熱を奪い、液体窒素まみれの魔虫の体は凍りついていく。

 魔虫は最後の力を振り絞って脂肪を燃やし体温を急速に温めるが――途中で力尽きる。



――あ! 暖かい……。 けど動けな……。



「お、重……」


「こ、工場長ーー!」


 ――おお、女神アルタが戻ってきてくれた。……助かった……ぐふぅ。



 ソル180



 ――救出されてからはスモールハウスで安静に過ごすことになった。


「今までで一番死ぬかと思った……」


「爆発したら燃えるという常識を破る次世代の芸術的な冷凍爆発ですな」

「凍るという意表を突いたデキは今後の爆発への期待が高まる意欲作っス」

「けれど純粋な爆発に比べると燃える要素が無いのマイナスポイントです。冷凍だけに」


 ――コイツらは体がバラバラにされたのにもうジョークを言ってるよ。


「工場長、お体は?」


「だいじょうぶ、ちょっと野菜スープが欲しいな」


「絶対安静でお願いしますね。それから橋は分解したので川が収まるまでは安全だと思われます」


 「……だといいんだけど――ん?」



 大勢のゴーレムがスモールハウスに押し寄せてくる。 そして口々に周辺状況を報告する。


「工場長! 鉄鉱山が大量の虫に襲われました!!」

「工場長~、南の監視ゴーレムが襲われましたー」

「工場長ー。 湖のゴリラが川を渡ろうとしているっす」

「工場長、畑を大イノシシが荒らしていますオブ」

「こーじょーちょー、炭坑が山脈ワームに占拠されました~」


 ――はあ、……ちくしょうめー!!


――――――――――――――――――――


第7章 完

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