第5話 電気の発展は基準にアリ


 ワームの巣の奥に仔ワームの竪穴が存在する。その仔ワームの穴からはいつしか天然ガスが流れ込み、山脈ワームはとうの昔に巣を去っていた。天然ガスは炭坑の奥に充満しているが、生物ではないゴーレム達は気付かない。



 ソル102



 ――昨日の襲撃事件の後、私の木製スモールハウスは大規模な強化工事を施された。



 なんということでしょう!


 あのみすぼらしい藁のテントが木のスモールハウスに変わり、そして匠の技アルタにより立派なセーフティハウスに様変わりしました。


 外側は赤レンガの頑丈な壁、中は温かみのあるパイン材のログハウス風仕立て、屋根はタールを染み込ませた木材と青銅合金を重ねた対襲撃仕様、もちろん壁のレンガとパイン材の間には鉄と鉛板を忍ばせたまさに鉄壁の守り核シェルター


 母親の子を守りたい愛情が重量となって表現された重量品の家です。


 これなら子豚も狼から逃れられるでしょう。



 ………………あ! 地面がめり込んでる。


 これ床底も合金を大量に使ってるな。


 まあ、スモールハウスだから通気性は問題ないしこれでいいか。


 それより――。


「足が……筋肉が痛い、はぁ……今日は自宅待機だな」


「工場長は動かないのが正解です。私は森の伐採とあの娘達のをしに行きますので外に出ないでくださいね」


「く~~言い返せないのが嘆かわしい。まあいい今日はゆっくりするか」


 ――教育によりゴーレム達は私の生命の危機を顧みない命令は無視できるようになるらしい。


 このままでは好き勝手出来なくなる。


 まあ、しかたないか。



 /◆/



 ――ただ待つだけってのはヒマすぎるのでこじんまりとできるモーターづくりをしてしまおう。


 ではどのモーターを作ろう?


 交流モーターはまだ作れない。


 作れないというより工場が短距離すぎて交流のメリットがない。


 交流ってのはその後に直流に直さないといけない。


 そんな都合のいい電子部品はまだない――作る気もまだ起きない。


 それにうまく制御するには測定器が無いと話にならない。


 電気ってやつは目に見えないシャイな奴だからしょうがな……。


 おお!、そうだ測定器を作ろう!!



「では測定器を作るには?」


「はい、掘削オブ!」


「君もかなり毒されてきたな。だが必要なのはモーター2つとコイルと磁石そしてリンゴだ」


「工場長お腹空いたof?」


「いいや、これから楽しい実験だ」



 掘削した石炭はトロッコに入れて外に運び出される。 トロッコに積まれた石炭は破砕機で砕かれてコークス炉からの熱風で乾かしながら拳大の大きさにして運び出し貯蔵庫に保管する。 その際、粉々になった石炭粉も回収しローラープレスで固めてから貯蔵庫に運ばれる。熱風で発熱した石炭は貯蔵庫でゆっくり冷やされる。



 /◆◆◆◆/



「モーターができた。小型だから思ったよりも早くできた」


「次なにするんですか?」


「リンゴは無かったから、この100gの重りをモーターで1秒間に1m持ち上げる」


 この楽しい実験は仕事率ワットの算出基準となっている。


 ――まあ旧基準だけど仕方がない。


 現代文明の厳密な定義は――無理。


「まずモーターを回して発電して、もうひとつのモーターを動かす」


「それで重りを動かすオブね」


「その通りだ。そして1m動かすのに1秒になるように調整すればオーケ…………」


 

 ………………。



 ――――って精確な1秒時計を用意しろと!?


 無理無理。


 よし、このルートは諦めよう。


 だが問題ない。 まだ焦るときではないのだ。



 今やろうとしてたのは近世のジュール熱測定法を試したかった。


 電圧と電流っていうのは最初期にジュールの法則で求めていた。


 懐かしき中学の授業内容のアレである。


 だからモーターを回して水の上昇温度を計れば、あとは地道な計算を地面に書いてすぐに出せる。


 時計がないし……よく考えたら温度計ないじゃないか!


 なーに、まだ手段は残っている。



 ようするに電圧と電流と抵抗を知りたいのだから国際標準どおりに測定すればいい。


 ということで【量子ホール効果】、この明らかに一般人の意識を奪いにかかっている名称からわかる通り、最先端の半導体機器と量子理論をこれでもかと組み合わせて抵抗値を観測し決定する。


 次に【ジョセフソン効果】、超電導のトンネル効果とかとか最先端の……省略……、によって電圧を求めることができる。


 最後に電流は上2つの頭のおかしい理論をオームの法則という優しい理論で間接的に求める。



 ふぅ~。


 これだから電気は原始人に優しくないから嫌いだ!


 文明が崩壊しないことを前提にしてるからまったくもって役に立たない!!


 よし、このルートも諦めよう。


 そもそも計画なしに思い付きで【標準器】つくりを始めるからこうなるんだ。


 ――だから計画を立てよう。




 人類の偉大なる発見――オームの法則。


 この法則を使えるようにするため【標準電流】、【標準電圧】、【標準抵抗】を定義する。


このプロジェクトで必要なのはこの3つの【標準器】をつくることだ。


 現代のハイテクトンデモ標準器はとてもじゃないが作れない。


 そこで120年ぐらい前の近世人的な【標準器】を作ることにする。



 ふふん、私が愛しの電気工学を一気に推し進めてやるぜ!



――まずは一番簡単な抵抗から。


 断面積1平方ミリ、長さ1063ミリ、摂氏0度における水銀柱の抵抗を1オームと定義している。


 これを【水銀抵抗原器】っていう。


だけど材料に水銀を使うから現代社会ではどこにも流通してない。


博物館に置かれてるぐらいの超レア抵抗器だ。



 次に電流。こいつは厄介。


 定義は硝酸銀溶液に電流を通した場合、1秒間に0.00…………忘れた。


 0.001gぐらいの銀を析出する電流を1Aと定義する。


 オーノー最悪なことに問題が2つもある。


 ひとつはグラムがいくつか忘れた。


 もう一つは……だから1秒ってなんだよ!


 ほんと近世人ってやつは植民地戦争するぐらい原始人にやさしくないから困る。



 【抵抗器】の1063ミリのなんと優しいことか。


 「抵抗家のいちおーむさん」って語呂合わせで覚えられるんだからな!


 ふふふ、この語呂合わせは私のオリジナルだ。まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。



 ならば電流はあきらめて【標準電圧】だ。


 抵抗と電圧がわかれば電流なんてちょちょいのちょいだ。



「ということでウエストン型標準電池を作ります」


「ウェーイ! ストン……電池! ウェーイ!!」


「……まあいいや。まず前に発見した【亜鉛鉱石】。 に付いてる【硫カドミウム鉱】をとりだし、硫酸に漬ける――」


 ――これで【硫酸カドミウム】という劇薬が手に入る。


 カドミウムは公害の殿堂入りしてるぐらい危険だから錬金術で取り出したほうがいいな。


 あとは水銀とカドミウムと水銀のアマルガムそしてH型のガラス容器と白金の電極を用意する。


容器内のプラス極を水銀、マイナス極をカドミウムアマルガムそして両方を硫酸カドミウムで繋いで完成だ。



電圧ってのはレモンに電極ぶっさすだけでも発生して、数V測定できる。


この標準電池も目的の電圧を必ず出すことができる。


ウエストン型標準電池のもっとも優れているところは電流を流さない限り、何年でも正確な電圧を常に保つことだ。



「えっと、えっと……Hな容器に発禁の電極を挿入するオブね??」


「……うん? 発音が違った気もするが大体あってるか、まあそんな感じで電池を作る」


「/// 工場長、定時報告にきまし――」


「いいところに来た! アルタ君、さっそく錬金術でガラスと白金の電極それからカドミウムを作ってくれないか」


「/// はい聞こえてました。H字型のガラス容器ですね。ええわかってます。わかってます」


「さすがだアルタ君頼りになるよ」


 ――よしこれで標準電池ができる。


 この電池は20℃で必ず1.018Vの起電力をだす。


 この電池を100個つなげれば101.8Vになる。


 ってことは99個つなげば100.8Vってことだ。


100個直列につないで端子を変えていけば1~100Vまでの公正装置を作ることができる!


 いえーい! ほぼ100V電圧計を軽く作ってやんよ。



 ソル103



 ――残念だ。


 材料不足で10個しか電池を作れなかった。


 まあ10V電池できただけでも十分だ。


 あとで亜鉛鉱床からカドミウムを手に入れよう。


 抵抗器は難なく作れたが0℃が基準だから信頼性はない。


 そこでゴーレム達に山脈から氷をとってくるように昨日のうちに命令した。


 チェストに入れれば溶けないから何とかなるだろう。


 今後のためにも冷蔵庫とか作ったほうがよさそうだ。



 抵抗器と標準電池ができたならば次の測定器製造工程だ。


 電圧計の原理について考えてみよう。


 もちろんアナログ方式だ。


 電圧をかけると針が動き止めると戻る。


 では針はなぜ動く?

 ――電磁石が内蔵永久磁石に反発するからだ!


 電磁石が動作するのはなぜ?

 ――電流が流れるからだ!


 針が戻るのはなぜ?

 ――バネで戻るのがシンプルな答え。


 さらにこの考えを発展させて電流計はどうだろう?

 ――電流が流れると電磁石が磁石に反発して針が動き、止めるとバネで戻る。


 オーイエ―イ! なんだ一緒じゃないか!


 違うのは配線とその他いっぱいだな。


「それではアルタ君作ろうか」


「工場長任せてください。錬金術ならばすぐにできます」



/◆◆/



「……氷も届いたしそれっぽいのができた」


「ホントにできたオブか?」


「そこで、モーターを回して流れている電流を計る」



 小型のモーターがゆっくりと回転して発電する。 モーターにつながった計測器の計は揺れ動き磁力とバネの反発力が均衡する点を指し示す。



「ウェーイ! 完成だー!」


「おめでとうございます。工場長」


「よーし、水銀抵抗器は扱いづらいから今日中に炭素抵抗器を作って全部置き換えるぞ」


「はい、わかりました。くれぐれも危険な行為はしないでくださいね」


「安心したまえ、今回は爆発しない。ちょっと感電するぐらいだからへーきへーき」


「………………」


 ――アルタの冷たい視線を感じる。


 まあいいや。


 ちょいと劇薬な水銀とカドミウムを扱うのと同じぐらいの危険性だから問題ないだろう。



 コークス炉に運ばれた石炭はじっくり1200℃で24時間乾留する。 粉を成形加工した石炭は1行程多いので後でまとめて別枠としてコークス炉に投入する。 蒸焼きする時、発生する一酸化炭素やタールなどをガスとして上部から回収する。 生まれ変わったコークスは発熱しながらゆっくり押し出されてトロッコに積まれる。 トロッコは各槽から順番に移動して消化倉庫に安置する。


――――――――――――――――――――


製造工程


亜鉛鉱石 → 硫カドミウム鉱 → カドミウム → 硫酸カドミウム


水銀 + カドミウム → カドミウムアマルガム

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