第3話 爆 ☆ 跳
ソル36
――結局2ソルほど燃料を投入し続けたら煙の色が変わり入り口を塞いでいいタイミングだと判断した。
鉱山では採掘が続いているがあまり進展していない。
アルタは摩耗したゴーレムの修理を続けている。
その間ずっと火の番をしていた。
「そろそろ横穴を塞ごう」
「はいはい監督ですです」
ソル40
鉱山の片隅で炭窯の番人をしながら、鉱山の進捗を確認する日々が続いてる。
――中身を確認して炭化ぐあいを調べてみるか。
/◆/
入り口を壊して中から木炭を取り出していく。
――お、ちゃんと炭になっているな。
「かなりよさそうな木炭ができたな。アルタ君、キミが居なくてもなんとかなったぞ」
「……さすがです監督、次は鉄鉱石を溶かすのですね」
「そのとおり、筒状の炉に木炭を入れて火を付ける」
「監督! なんで木炭作るんですか? 食べるんですか?」
「食べません」
――実のところ木材と木炭の熱量に差はあまりない。
いや違いが出たらビックリだ。
錬金術を使えば炭素100%の塊を作り出せるけど、木炭を作ったほうがそれよりも魅力的なものが手に入る。
われわれが欲しいものは何か?
ひとつは、鉄鉱石の精練をおこなうときに酸化した鉄から酸素を取り除かないといけない。
酸素を炭素と結合させるための材料つまり還元剤として木炭が欲しい。
錬金術なしで鉄が欲しいのに鉄を手に入れるための還元剤を錬金してたら元も子もない。
もうひとつは副産物の【木酢液】をゲットすること。
こいつは畑の害虫避けに使える――らしい。
使ったことないから効果のほどは分からないが農薬がない以上試すしかない。
他にも副産物には今後使えるものがあってそれは錬金術だと効率が悪いから木炭炉で生産していく。
「――以上説明終わり、わかった?」
「わかりました、このへんな液を撒きますね」
「待て、そこのゴーレム! 炉の周辺にまくな!!」
――まったく、油断するとすぐこれだ。
うわ臭いがひどい……水を撒いておこう。
/◆/
「準備もできたし、ゴーレム火入れ再チャレンジだ」
「了解オブ、ポイっとな」
――ゴーレムのためにチェストボックスに予め火種を入れといてそれをトングで取り出すというファンタジー着火方式を採用した。
まあ火が付けばなんだっていいのさ。
炉が熱を帯びてきた。
あとは砕いた鉄鉱石を放り込めば鉄ができるだろう。
パチパチ、パチパチ
「監督~パチパチいってる~」
「なに? 不純物が多すぎたのか?」
――炉の投入口からはちゃんと木炭は燃えてるな。
そうなると……。
手製木炭や湿った市販木炭はその内部に水分が含まれている。この水分は熱で水蒸気化して急激に膨張する。大抵はパチパチと大きな音を立てる程度であるが、ときに勢いよく爆ぜて破片が飛び散る。
パン!
「ぶべ!!?」
急激に熱で膨張して起きる爆発現象はレンガ業界や世間一般には【水蒸気爆発】と呼ばれる。
木炭業界では同じこの現象を【爆跳】という。
【爆跳】した木炭はものすごい勢いで現場監督の「安全十第一」を炭色にし、驚いた現場監督は一歩後ろに引き、木酢液と水でぬめった泥水に足を滑らせそのまま地面に転げてしまう。
近くの切り株にそのまま勢いよく後頭部をぶつけて、木製のヘルメットは木目に沿って割れた。
「大丈夫ですか? 現場総督監督閣下の原始人マスター?」
「…………ヘルメット着けといてよかった……」
――青い空、ここは異世界。
「知らないレイリー散乱」
――うん、異世界行ったら言ってみたかったんだ。
それはいいとして、あ~たしか爆跳だっけ?
不良品で起きるやつ。
つまり私は6ソルかけて不良品を作ったってことだ。
――チクショウめー!!
……ふ~少し落ち着こう。
鉱山では相変わらずゴーレムが壊れてる。
産出量が少ないからこの量じゃアルタが全力で錬金術を使うほうが効率いい。
1500ソルの連続体育座りか……。
………………。
アルタに椅子とテーブルを出してもらい、少し考えをまとめことにする。
聞きたいことがあると言い。アルタとゴーレムにも同席してもらう。現場の現状を知るための報告会である。
「……アルタ君、ゴーレムの稼働状況は?」
「はい監督、現在ゴーレムは1時間に2~3体壊れて、その都度修復している状態です。これは鉱山以外からのゴーレムも含めてです」
――製造と修復ではかかる時間が違う。
だから製造に1時間でも修理が5分なら作業員は増加する。
それでも――例えば1時間に12体壊れたら1日中修復に充てなければならなくなる。
そうなると新たに労働力を増やすこともできないな。
「いまの稼働ゴーレムは何体だ?」
「約150体です。これ以上は修理待ちが増えるだけで労働力は上がらないと思われます」
――思ってたよりも鉄鉱石は固く、切り出した量は6ソルで1トンほどだろうか。
「壊れる原因は?」
「主に材料の疲労、摩耗、それから不注意による事故です。個体差で一部がんばりすぎて壊れる個体が……」
そこへ腕部がとれているゴーレムが修理のために近づいてくる。
「ママ~、腕壊れちゃった~」
「はいはい、この腕と交換したら作業に戻るように」
「はーい」
――完全にお母さんだ。
「わざとではなく頑張った結果、摩耗して壊れるので注意すべきか判断に困っています……どうしましょう?」
――生産力上げるなとは言えんよな。
「うーん、何か――妙案をこれから考える……」
――聞きたいことは大体聞けた。
つまり何もしないなら詰みだ。
あとは木炭づくりに参加していたゴーレムにも聞いてみよう。
「ゴーレムだけで木炭を作れるか?」
「う~ん……むーりー」
「……理由は?」
「僕らは力は無いオブ、壁壊すのも積み上げるのも這って窯の奥から木炭出すのも面倒オブオブ」
――さらっと面倒って言ったよコイツ!
「あと僕たち燃えやすい……」
「……たしかに手の木部が焦げてるな」
――痛覚のないゴーレムに火の扱いなんかさせたら結構ヤバいってことか。
そうなるとレンガ造りのゴーレムも危険な状態なのか……。
ダメだ案がまとまらん。
よし今日は寝よう。
明日から今後の対策を考えよう。
そう、明日から本気を出す。
/◆◆◆◆/
夜中もゴーレムたちは鉱山で悪戦苦闘している。
多分命令どおりに永遠に掘り続けるだろう。
ツルハシでは効率が悪いことが分かった。
石ミノとトンカチに変えてもさして効率は変わらないだろう。
そもそも持ち上げられる重量が10㎏以下なのだからしょうがない。
ゴーレムの唯一の強みは連続労働に疲労しないことと、集中力が途切れないことだ。
命令あるいは指示内容がいい加減だとふらふらするが――
何か……いい手が……あれば……ぐー。
/◆◆◆◆/
――ああ、これは夢だ。たまにある夢と認識してる夢だ。
夢の中で久しぶりに工場群を眺めていた。
だが【へんな夢】だ。
作業員は全員ゴーレムで。
なんで鉄骨を片手で持ち上げる。
空飛びながら工場立ててるし……ゲームか!
今度は溶鉱炉の風呂に入りながら談笑してるよ……。
人間の脳ってのは案外いい加減な仕事をする。
何の意味のない映像を勝手につないでひとつのストーリーに編集したり、そういったことをしょっちゅうする。
その典型が【へんな夢】らしい。
つまり私の灰色の脳細胞が過去から現在までの映像と記憶から【適当な物語】を
このいい加減な記憶の捏造がエンジニアにとっていい仕事をする時がある。
この情報のシャッフルと再編集、そして物語によってアイデアが生まれるとこはよくある。
ようは新しい閃きや革新的なアイデアってやつだ。
ピコーン!
ちょうどいいアイデアを閃いた。頭の上に電球が浮かんでるから絶対だ。
たぶん目を覚ますと同時に内容は忘れるけどそれでも強烈なイメージは残り続ける。
――さあ起きよう。
ソル41
――目が覚めて、【へんな夢】を見た気がする。
内容は……覚えていない。
だがなんかすっきりした気がする。
コーヒーを飲みたいけど、残念そんなものは無い。
代わりに例の野菜モドキを乾燥させたりすり潰したり炒ったりした謎の粉をお湯でとかして飲んでみる。
…………にがい……。
/◆/
少し、考えをまとめよう。
――私の強味はなんだ?
錬金術だ!
――本当に?
――いま何をしている?
鉄をゴーレムに作らせて……その間に別の作業をするはずだった。
――その結果は?
わずかな鉄鉱石、みすぼらしい窯、低質な木炭、1時間1故障の事故率。
このままいけば事故率はさらに上がるな。
改善しなかったら事故率ってのは加速度的に増加する――これは経験則だ。
ちょっとした改善では300体ぐらいで 頭打ちになるだろう。
――本当の私の強みは何だ?
汗水たらして働くことか?
錬金術の成果をぼーっと眺めることか?
――いや、違う!
私はエンジニアだ!!
私の能力は降って沸いてきた三つのスキルだけか?
否! 断じて否!!
私が習得した能力は、私の専門性は、大量生産学だ!!!
私が努力しないと現場が苦労するだけだ。
見てみろ! 無数の労働者たちが使い潰されながら、また無意味な作業を繰り返している。
――ただ壊れるだけの作業に何の意味があるというんだ!!
ならば……それならばやる事は一つだけじゃないか。
……抜本的に方針を変えよう。
わたしの出来ることなんて始めからそれだけなんだから。
「アルタ君、全ゴーレムをここに集めてくれ! このままではなにも進まなくなる」
「分かりました。しかし何をするのですか?」
「それは…………大量生産だ!!」
――――――――――――――――――――
レシピ
木材 + 炉 = 木炭
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