第4話 自励式電磁石界磁型ブラシ付き直巻型直流電流発電機――なげーよ!
ソル78
――今日はエナメル線の製造、そして明日からは発電機の組み立ての予定だ。
黄銅鉱の掘削からここまで半月で来れるのは錬金術さまさまだな。
だけどまだ少ないもっと大量に生産しないと……。
「では、この巻線にニスを塗ります」
「投げ入れればいいの?」
「ドブづけはダメ。均質にならないからな」
「筆でヌリヌリすればいいんだよ」
「それもダメ。時間の無駄だ――君ら器用じゃないんだから」
――我々ができることなんていつも一緒。
それは自動化だ!
「というわけでワニスの被膜を効率よくつけるために容器に滑車を固定する」
「ウェーイ、そこにワニスを入れるんオブオブ」
「――ああ、入れていいよ。後は天井にも滑車を設置して巻線を上下に通す」
――流れはこうだ。
巻線のドラムから銅線を引いてきて、まずは焼炉で間接的に熱を加えて銅を軟らかくする。
軟らかくなったらワニスで満たした容器を通して滑車でUターンさせる。
これでワニスを垂らした銅線になる。
ワニスが均質になるようにダイスっていう本来は材料の加工に使う器具で滴る被膜液を一定の厚みにする。
ワニス塗布工程はこれで終わり。
次に
しかし直火焼きにするとせっかくのワニスが炭になる。
そこで熱力学のアイドル、熱移動3姉妹に助言を請うことにしよう。
熱ってのは3つの伝わり方しかない。
一つは熱伝導という金属のナベでスープを作ると取手が熱くて持たなくなるアレ――実は爆発も大抵熱伝導だ
一つは熱対流または熱伝達という下から風呂を沸かすと上が暖かく、下が冷たくなるけど次第に対流がおきて同じ温かさになるアレ――熱伝導との違いは物質が移動するかしないか。
最後は熱放射という太陽やストーブの様に直接熱するわけじゃなく熱放射とか電磁波で肌を焦がすアレ――遠赤外線ってやつだ。
今回は焦がしたくないから――熱放射を採用しよう。
ストーブの様に銅線と炉を鉄板で隔てて間接的に熱する。
銅線は細いから対流では効率が悪い気がする。
それではワニス塗布工程と焼付工程を繰り返す。
回数は…………わかんらん。
最低でも5回――いや10回は塗布しておこう。
つまり滑車を伝って行ったり来たり、乾燥したらワニス塗布……
……ワニスと炉を数十回往復したら最後にドラムに巻き付けて――
――焼き付け銅線つまり【エナメル線】の出来上がり~ウェーイ!!
どう見ても巻線が短いと作れないので錬金術で繋ぐ、とにかくキロ単位ぐらいつなぐ。
ながーい長い銅線を製造できないと意味がないということがわかった。
錬金術の支援なしで自動化するには職人か電子制御が必要で、どっちもないならお手上げだなこの仕組み。
そうなると連続稼働はまだ無理か。
ソル79
――ふぅ、やっとエナメル銅線ができた。
この独特な光沢、手触り、匂い……いや匂いは覚えてないな。
匂いなんてハンダの焼ける匂いしか印象にない。
……なんにしてもこれはエナメル線だ。
会いたかったよエナメル!
「この調子でモーターも作るぞ。今回つくるのは【
「名前が長いオブ?」
「いや短いほうだぞモーターってのは――」
――モーターの種類は多くて、さらに制御方法と電源で区分けすると、名称が長くなり分かりにくくなる。
だからわかりやすい名称を好き勝手付けるのがこの業界の通例。
学者らしくあえて名称をつけるなら、
うん、なげーよ!
まあ正式名称にこだわらない、おおらかなのが電気エンジニアの良いところ。
名称なんて気にしな~い。
――自励式発電機の歴史は古く、初期の実用的な発電機が自励式直流発電機だった。
当時は永久磁石が発明されてなかったから自励式、つまり自分自身で鉄心に電流を流して磁界を発生させていた。
その後の永久磁石そして半導体制御による交流モータ技術の進展ですっかり衰退した古い技術だ。
だからこそ原始人と近代人を行ったり来たりしている我々が唯一扱える発電機ってもんよ。
――さんきゅージーメンス!
「――というわけでアルタ君には鉄心とあと【バネ】を作ってもらいたい。そしたらまきまきタイムだ」
「わかりました、工場長。それから言葉遣いを……」
「マキマキ~」
「まきまき!」
「いーとマキマキいーとマキマキ」
「……考慮してください……ねっ」
「あ、はい……」
――ほんと最近感情が豊かになってないか?
モーターを構成する鉄心などを一通り錬成し終わったとき、作業で壊れたゴーレムが列をなしてやってきた。
「ママーまた壊れた……」
「並ばないとダメですです?」
「工場長ヒャッホー?」
「ハイハイ、一列に並んで――すぐ直しますから、あと工場長の邪魔をしないように」
――アルタはゴーレム達のマザーマシンの様なものだ。
だから母親というのもあながち間違ってはいない。
あまりネタにすると私がお父さんにされそうだから自粛しよう――そう私は工場長であって父親ではないのだ。
……しかしゴーレムの行列が長いな。
まあ仕方がない製造時期の関係で摩耗タイミングは大体一緒になるから、たまに修理の行列ができるのはわかってたことだ。
この後は設備の補修もあるだろう。
終わるまでかかりそうだからモーター作りはひとりでやるしかないな。
/◆/
「銅線手作業で巻くのツライ……」
「工場長手伝うよー」
「いぇーい」
「君等は私以上に不器用だろう。……気持ちだけ受け取っておくよ」
/◆◆/
――マイカっていう鉱物がある。
または
この鉱物は絶縁性があり耐熱性も抜群という、工業的な価値は非常に高い――おまけになんとペリペリ剥がれてシート状に使えるという優れもの。
このマイカは長らくブラシ付きモーター整流子の絶縁材として使われていた。
というか現役バリバリでいまだに使っている。
この整流子を手作業で作るんだけど不器用すぎて時間がかかるな。
組み立てならそこまで錬金コストがかからない、とりあえず組み立ては後回しにしてそれ以外は全部作っていくか。
/◆◆/
――時間がかかったがなんとか欲しかった【モーター】の目途ができた。
それはつまりこういうことだ。
永久磁石を探し回る必要はないし、天然の磁性鉄を掘り当てる必要もない。
もちろん嵐のなか凧揚げをして雷に打たれる必要も無いし、雷魔法を覚える必要もない。
鉄の棒に銅線を巻きつけただけだ。
なんて低労働力なんだ! 素晴らしい!!
唯一の問題はマイカをペラペラ剥がして、整流子の間に丁寧に張り付けるという地味な作業を何時間もしなければいけないことだな。
「あ、工場長、こちらは一通り終わりました」
「ちょうどいい! 待ってたよアルタ君。組み立て部分お願い!」
「はい、アルタに任せて下さい」
――この銅の大量生産というすばらしいミッションを達成して、さらに発電機もあと一歩というところまできた。
だが現実とは非常である――とても残念なお知らせ。
銅線の自動化ラインは稼働できないという結論になった。
理由というか原因は黄銅鉱の含有率が低くて、まとまった量が集まるのに時間がかかるから。
【粗銅】がソルあたり0.1トンの生産量だった。
油も木炭も無駄にはできない。
一時的に掘削以外は停止することにした――しょうがない。
では気を取り直して【
アルタの錬金芸によって【
すばらしい。ちゃんと整流子に【ブラシ】と【バネ】もついて、引っ掛かりが一切おきない。
それでは実験の開始だ。
簡単な作業として水車動力と【
次に【
「アルタ君、
「はい、工場長」
そうして回転し始めた発電機は電磁石に磁力を生み、やがて電力を発生させ砂から砂鉄だけを吸い寄せた。
「お、見ろ! 砂鉄が電磁石についてるぞ!! ひゃっほー!!」
――回転数を上げれば電力を上げられるはずだが今は無理だ。
理由は軸受けが木材だから……そう水車や
軸受けを鉄と銅あるいは青銅あたりに換えたいけど、アルタの錬金術優先の問題がまたしても重くのしかかって現状放置状態だ。
さっきのようにゴーレムの修理更新と設備の維持そして無慈悲に拡大し続ける工場設備と私のわがままに時間が割かれている。
なにより銅の産出が少なすぎるのが問題だ。
もっともこれは時間が解決してくれるから気にするようなことではない。
ああ、それよりも――
「――発電機ができた……いいね。次は磁石を作ろう。それも永久磁石だ!」
――モーターの開発はある程度メドは立ったが、少々複雑でどう見ても量産性が低い。
ゴーレムによる製造を前提とするならよりシンプルであるべきだ。
ならば自励式モーターの時代を終わらせて新しい永久磁石式モーターを開発しよう。
そのためには【永久磁石】が必須!
「ではゴーレム達、磁石を手に入れるには何をすればいいか?」
「……掘削かな?」
「掘削だね」
「掘削だー!」
「掘削!」「掘削!」「くっさく!」「くっころ」「くっさく!」
「え~とゴーレム達、探すのは【炭酸バリウム】で――掘らなくてもだいたい場所わかってるから」
「エイエイおぅ……えー!?」
「掘削じゃない!?」
「工場長お頭大丈夫ですですか!?」
――こいつら私を何だと思ってるんだ?
ただの掘削狂じゃないんだぞ。合理的な生産マニアなのだ。
――――――――――――――――――――
製造工程
ワニス + 巻線 → エナメル銅線 → コイル
コイル + 鉄心 → 電磁石
電磁石 + 鉄 + マイカ + エナメル線 → 発電機
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