第6話 スチーム重機


 水面に浮上した群体生物はすぐさま行動を開始した。 他の生物が湖に近づかないようにしていたため、周辺の生物をおびき寄せる新種を生みだした。 ブレーンの指示に従い新種の分体たちは周辺で活動を開始した。 ほどなくして匂いや挑発行動に誘われて湖に集まった生物たちを刈り取り込むことで群体としての数を増していった。



 ソル155



「拠点なのに更地状態というのも今日までだ。ついに工作機械を製造して近代工場の建設だ」


「どのような工作機械を作るのですか?」


「まずは工作機械を作る――のに必要な部品を作る――ための工作機械をつくる」


「?…………は、はぁ??」


「そんな気の抜けた返事をしないでよアルタ君。こいつは理系あるあるネタのひとつなんだ」


 ――まあ、ワザとわかりにくい言い回しをしてるんだからそうなるよな。


 実際問題これって結構重要な考え方になる。


 錬金術で蒸気機関だけを作る場合だと1部品1錬成の罠に引っかかる。


 だから目先のモノづくりをしちゃうと結局遠回りになるなんてことはしょっちゅうだ。


 これを回避するためにも簡単な部品は工作機械でどんどん作っていく。


 工作機械と錬金術である程度の部品製造ラインを作る。


 そして大量の部品を積み上げていく。


 できたら次にその部品を使って工作機械・改をつくる。


 錬金術ナシならそこから【工作機械・改弐】、【工作機械・精密】というように精度を上げていく。


 これはモノづくり業界に足を踏み入れた人間が思いつくネタのひとつだ。


 よろしい、そのネタを実践してやろう。



 まずはネジ製造機、そして歯車製造機、他にはバネ製造、あとはプレス機械も作るか。


 合金研究のめどが立てばドリルと切削チップも製造できる。


「まあ最後は錬金術で全部組み立てるんだけどさ」


「任せてください。そのためのアルタです」


「お、おう。期待してるよアルタさん」



 毎ソル1トンの銑鉄を生産し、型に流し込んで鋳物を作っていく。

 鋳造した鋳物は切削加工機に固定され、歯車へと加工していく。

 多少の欠けや空気が入ってできる巣があっても錬金術ですぐに修正される――精度は気にしていない。

 出来上がった部品はすぐさま組み合わさり新たな加工機へと姿を変える。

 その加工機がまた部品を作っていく……いつまでも作っていく…………。


 どこまでも作っていく………………。



 ソル157



 ――製造を始めて2ソルをこの開発に充てた。


 建築資材や物資は水車や工場設備を建設するために錬金術と原始的な製造法でコツコツと用意してあった。


 その在庫をすべて使い果たし工作機械が次々に出来上がっていく。


 控えめに言って最高だね。



 工作機械ってのは回転部分や歯車に潤滑油が塗られている。


 金属がぶつかり合い摩耗しないようにするためだ。


 鉱山の機械群にはオイルの受け皿や循環するように工夫した。


 しかしこの工作機械はすぐに最新の工作機械ができてそれも精度が上がればすぐにお払い箱になる。


 寿命が短すぎる工作機械に油圧回路なんて贅沢だ。


 そこで知能派エンジニアである私はナイスな解決策を思い付いた。


 それは、「面倒だし潤滑油の風呂に浸ければいいんじゃね?」


 まあ要するに工作機械の筐体内部を潤滑油で満たして歯車が常に潤滑油に浸かっているようにするってことだ。


 うーん、なんておバカな発想だ! とっても原始人らいい!


 おかげで油圧回路を設計構築するより製造コストは低いだろう。



 なにせ蒸気機関は年間数千台とか製造する訳じゃない。


 今までの開発ペースを考えると多くて100台がいいところだ。


 そのあとは世代交代でお役御免。


 次世代の動力が開発できればそれに合わせた製造機に世代交代する。


 馬力が上がればその不可に耐えられる工作機械に全取り替え。



 私の発想は開発のセオリーから逸脱しすぎてる気がするけど、そんな中でも加工機械を製造して学んだことがある。


「きさげ加工ってとっても重要」


「申し訳ありません工場長、まさか錬金術にあんな罠があるなんて……」


「いやアルタ君は悪くない。けど結局再現できなかったな」


 ――きさげ加工ってのは加工機械のスライドする面にある美しい模様のこと。


 私が初めて工作機械を手にしたときにその模様を見て不思議と惹かれたものだ。



 錬金術で作るものは必ず鏡面仕上げになる。


 錬金術にヒビや微細なキズの再現は不可能だからだ。


 鏡面仕上げの平滑な金属を2つ重ねると容易に分離できないほどの接着力が発生する。


 ……というか発生した。


 たしか【リンギング】といってなんで起きてるのかよくわからない【謎現象】って言われている。


 中学生のころ、おバカな私はこの現象を知ったとき真空接着説だろうと勝手に思い込んでいた。


 なにせ理科の実験なんかでガラスに吸盤がつくのは真空になるからって教わるんだから仕方がない。


 ところがどっこい同じことを考えた人が真空状態で発生するか試験をした人がいる。


 その実験で真空中でも【リンギング】の発生を確認してしまった。わーお。


 結局この【謎現象】は謎のまま、鏡面仕上げの面を何とかする方法を職人たちは考えた。


 そこで編み出されたのが【きさげ加工】という模様を平面上に施して【謎現象】が起きないようにした。


 そしてこの加工をすると潤滑油が上手く隙間に浸透してスムーズに動く工作機械ができた。



 残念ながらそんな腕の立つ職人はいない。


 そこで我々はどうしたかというと、銅を作るときに副産物として貯まっていく【フェロシリコン】の小石を使うことにした。


 やることは簡単、ある一定の高さから落としてキズを無数につける。おわり。


 他にも対策はろいろやって何とか加工機械ができたってわけだ。



 さて加工機械ができたということは蒸気機関もほぼできたってことだ。


 なにせ最後の工作機械は蒸気機関の製造用なんだから。



 手順はいたって簡単。


 これまでコツコツ書き続けた図面と部品をもとに蒸気エンジンを錬金術でつくってしまう。


 できた蒸気エンジンを稼働させて動作チェック。


 問題点を錬金術でさらに微修正して量産型の参考にする。


 あとは完成品から逆算して工作機械を調整する。


 調整終ったら稼働させて蒸気エンジンの部品をつくっていく。


 ――ウェーイ楽しくなってきた!!



「よし、エンジンの製造じゃー!!」


「1台目は錬成ですね。任せてください」


 ――設計図があるから寝てるときも作れる。


 それだけでもすばらしい。


 蒸気機関の重要な部分はピストン設計だろう。


 一点物のSL機関車ではないのでボイラーやクランクは量産性を重視した設計にしてある。


 というより溶接する技術力がないからできるだけシンプルにした……。


 いやまてよ!?


 ガスが腐るほど手に入るのだからガス溶接機を作ってさらなる生産力を上げれるんじゃないか!!


 よっしゃー同時につくってやるぞー!


「ということでアルタ君、初号機は任せた。私はガス溶接機の設計に移る」


「わかりました、工場長。お任せください」


 ――ガス溶接機となるとゴムガスケットが必要になる。


 金属ガスケットでもなんとかなるかな?


 基本的に金属ガスケットって高温高圧での使用前提だし、ガス溶接機となるとパッキンのような可動部で使うだろうから金属はイメージが付かない。


 やはり耐化学性能と柔軟性のある合成ゴムが欲しいな。


 けどそんな文明的なものはまだない。


 だから【フェノール樹脂】、【グラファイト】、【アスベスト】、【金属】からパッキン作って仮の部品として使うことにしようと思う。


 ようするにいつものわからないときは手持ちの全材料を試してしまえってことだ。


 ひと段落着いたら合成ゴムの研究も進めたほうがいいな。



 /◆◆◆◆◆◆◆◆/



「工場ち……」


「……スヤァ……」


「この資料を元に作ればいいのでしょうか……。何とかなりそうですね。おやすみなさい工場長」


「むにゃぁ…………」



 ソル158



「おはようアルタ君!」


「おはようございます。もちろん試作機はできています」


「すばらしい。では早速うご「まずは体操です」……あ、はい」



 /◆/



 ボイラーにコークスをくべて火力を増していく。 熱は水を蒸気に変えてパイプを通ってピストン弁を動かす。 連動してコンロッドがそしてクランクが回転運動に変えて軸を回し、ついにはずみ車がゆっくりと回転していく。



 ――まわった……やっとここまで来た。


 だが私はエンジニアだ。


 喜びに浸ったり、感無量と涙をにじませたり、胸に熱い何かがってのが来たりはしない。


 そういうのはヒューマンドラマがすることだ。


 残念ながら弱肉強食のサバイバル中にすることじゃない。

 

 だからアルタよ、ティッシュぽい紙の束を用意しないでしまいたまえ。


 …………1枚だけもらっておこう。



 /◆◆◆/



 結論を言おう。


 蒸気機関試作機は私の設計に不備があり、満足のいく出力が得られなかった。


 しかーし! 稼働と修正を繰り返し、昼頃には水車より高出力な蒸気機関ができた。


 目算でおおよそ100馬力はでるはず。


 スチム臭が漂いはじめてワクワクしっぱなしだ。



 /◆/



「なんでガス溶接機がもう出来てるんだ……」


「資料を元に作っておきました。ただシールに問題があるので使えません」


「なるほど、材料がそろうまでこれはインベントリに保管しておこう。さてふむ、むむ!」


「??――工場長、キョロキョロと、どうかしましたか?」


「いや、いつもならそろそろ爆発事故か事件が起きそうだと思ったんだが…………まあ安全対策に力を入れた成果が出ているのかもな!」


 ――さて蒸気機関が動いたということは……なんといらなくなってしまった。


 なにせ同じものをつくれるように加工機械の調整は終わったからだ。


 今は工作機械が部品製造を開始している。


 ということでこの蒸気機関を使って何か画策しても問題はないってことになる。



 /◆◆◆/



 ――工作機械群から少し離れて西側の防壁付近に居る。


 蒸気初号機に更なる部品をくっ付けて重機を製造した。


「いえーいイ世界初の蒸気クレーンだ!!」


「これなら農地を耕すのも、鉱山の掘削も捗りそうですね」


「まったくだ。足回りが無くて動かせないのが難点だが、代わりにチェストに入れてどこにでもお手軽に運べるようになっている。さらに鋼鉄のロープでモノを引っ張る以外にもてこの原理で鋼材を引っ張って地面を掘り起こすこともできる! なんてすばらしいんだ!!」


 ――ゴムができれば油圧機械やタイヤも作れる。


 そうなればついに重機も…………。


 ……って! いかんいかんそこまで行ったら飛行船作って脱出だ!


 危うく目的を忘れるところだった。あぶないアブナイ。



 む!? 通信塔が【0101】になっている?


 いつの間に……割り振りは農地だったな。


 あ、ゴーレムがトロッコでこっちに来てる。


「工場長! 農場のマメ太郎が枯れました! 場所は湖側の10ha分です」


「…………ファ?! やっぱり来たか! よしすぐに向かうぞ」


「工場長ここからなら、石油工場方面から回って行く方が早いですね」


「オーケーすぐにトロッコで行こう」



 一連の石油精製工場は汚染に注意しながら稼働していたが初期の石油は回収しきれていなかった。 天然でも石油が漏れ出る湿地帯、その水は河川の水と混ざり合って湖へと流れていく。 本来ならば下流である湖の南西の川に流れていくはずが水量の減少により、湖の北部――つまり奥へと汚染を広げていく。

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