第7話 新たなる資源


 ソル55



 今日も鉱山は湯気と黒煙が立ちのぼり、木酢液の燻製臭と鉄が焼ける匂いが漂っている。

 掘削と破砕の破壊音と水車の気の抜けた軋みは今ではすっかり見慣れた光景だ。



 ――順調に炭化炉と木炭高炉が稼働している。


 5ソル前の爆発事故が嘘のようにうまくいってる。


 あの爆発事故の結果、蒸留塔はまだ早いことが分かり稼働をやめた。



 今は木酢液を開放型の貯蔵プールに溜めている。


 それなりに集まったらインベントリにいれてる。


 今のところ畑で水で100倍以上薄めて、農薬として使っている。


 あとはそれ以外の副産物の使い道を考え中。



 事故後にやったこと。


 爆発対策に各工程に凝灰岩の壁を設置して、さらにどの設備も壁から3m以上離して【火気厳禁】の看板を設置した。


 手元にある鉱物を顔料にして作ったお手製の看板だ。


 たまに元の世界の山奥にいるんじゃないかと錯覚してしまうけど、こういうのあるとなんか安心する。


 他にも近場の川から水を引いてマグマダイバー掘削を【インベントリ】無しで出来るようになった。


 何よりもうれしいのは高炉に火入れられたこと、そう文明の火が灯ったのだ!




「――何とか稼働したな。生産量上げるために炭化炉増設したのはやり過ぎたかな?」


「いいえ、木炭高炉の消費を考えるとまだ足りません」


「森の木を使いきるのはまだ先だが――植林も考えた方がいいか……」


 ――木炭は2トン/solの生産量になっている。


 そして、この木炭高炉の消費量は現代基準だとそこまで多くはない。


 炉の高さは約5m、内径が2mで内容体積62立法メートルになる――最大規模の炉がこの100倍なんだからこれは小型だ。


 1昼夜稼働させて銑鉄せんてつを1トンほど生産する。


 その間に木炭は1.4トン消費したから、複雑かつ難解な計算式を用いて計算すると……木炭比1.4となる。


 ――木炭の消費が1400㎏/tってのは結構効率が悪い。


 たしか現代高炉のコークス比は300㎏/tにまで達してたはず。


 まだまだ現代文明は遠いな!



 理由はわかってる、炉が小さすぎるのと還元剤が【木炭】のせいだ。


 高炉は大きければそれだけ効率がいいけど、大きな炉だと残念ながら【木炭】が使えない。


 【木炭】ってやつは脆くて、巨大な高炉だと鉄鉱石の重量に耐えられずに潰れてしまう。


 ――そうなるともう悲惨。


 もっともコークスより反応のいい木炭だとそこまで巨大化する必要はないはず。


 品質を上げて中型化すれば700㎏/tはいけるはず。


 で、1日当たり1.4トンの木炭を消費するんだけど、そんなに燃料はあるのか?



 ――よろしい計算の時間だ。



 いま安全に行動できる範囲はおよそ2万6千haヘクタール――だいたい山手線4個分ぐらいだ。


 今伐採した鉱山周辺は5haヘクタール程度になり、大木は太さ、高さ、比重、保有水分から1本で約1トンぐらいの計算になった――すっごく大きい!


 1haヘクタールあたり大木が300本位だったから……。


 あーと、えーと、うーと……780万トンの木材が手に入る! やったぜ!!


 コイツを木炭化させると約210万トンの木炭が手に入る。


 ゴーレムと自動化で手に入る鉄量は約150万トンの計算だ!!


 これだけあれば飛行船なんていくらでも作れるってもんよ。



 木炭化にかかる燃料を考慮すると……実際は7分の1以下になるんだけど――燃料は石炭見つかるか否かで一気に変わるから今は考慮しないでおこう。



「……森を切り尽くすのはまだまだ先だし切り拓いた土地は農地用に工場用と用途が多い。計画植林は保留でいいだろう」


「工場長、別件なのですが放置中の遺跡の方……指揮を執らないと危険な気がします」


「……ハッ――15ソル以上もあの子たちを放置していたのか……さすがアルタお母さん! 娘達のことをよくわかってらっしゃる。明日にも戻るぞ」


(ぷ~~)


 ――はて? アルタのほうからへんな音が聞こえたような?


 まあいいや。


 それより明日に備えて寝るとしよう。



 56ソル



 ――昨夜は焚火中アルタの視線や応対が冷たかったり、焚き火にうっかり爆跳木炭が入ってたりしたけど気のせいだろう。



 /◆◆◆◆◆/



「久しぶりにの遺跡だ」


「インベントリから尾鉱びこう石をだして防壁の部材に使いますね」


「わかった。――ではこっちは農場でも見てくる」


 ――尾鉱びこうは大量生産学の重要な課題の一つだ。


 鉱山開発をしていると品位の低い廃石が大量に生成される。


 しかも比重選鉱での分離のために粉になるまで砕いてるからどうしても扱いが面倒になる。


 そこで粘土と混ぜて壁の材料にすることにした。



 /◆/



 レンガ山では壁用のレンガを作っている。ただし、焼き固めたレンガではなく四角くして日干しにした日干レンガ。壁の内側に使い、最後にレンガで表面を化粧することで製造コストの削減をしていた。この日干レンガ材に鉱山の尾鉱びこうを使うことにしたのだ。


「炭化炉の増築も視野に入れると手元の耐火レンガでは心配です」


「他の作業に移る前に窯に火入れをして新しい耐火レンガを作ってしまうか」


 ――火入れさえすれば火の番はゴーレムに任せても大丈夫だろう。


 あとは農地の視察だな。



 /◆◆◆/



 ――農地は少しだけ緑が増していた。


 しかしあまり耕せていなかった。


 理由は切り株が邪魔をしているからだ。


「工場長、素手で切り株の相手は無理無理っす」

「それから伐採は結構進んだオブ」


 ――森の伐採も進んでいるらしいがそれほど変わってないな。


「……あまり進んでなさそうだが?」


「ちゃんと水路に沿って伐採したっす!」


 ――??


 あ! こいつら水路脇の木しか伐採してない――しかも延々と道のように!


 ……まあしかたない、森の伐採と畑を耕すことしか指示してないんだから。


 それに考えてみれば水路に近いところから耕すのは間違ってない。


 このまま伐採を進めていけばいいだろう。



 それにしても鉄器が供給されても劇的な変化はないな。


 まあ重機ナシで馬力0.1ならこんなもんか。



 ソル57



 ――伐採した後の切り株が邪魔なのでテコの原理で抜こうと試したけど、地面が固くないのでてこがめり込むだけだった。


 先人にならってできるだけ根を切断してから、三脚と滑車の手動抜根機で上に持ち上げてみた。


 その結果は上手くいったりダメだったり、ダメだったのはムカついたから燃やしたり、アルタに頼んで分解排除していった。


「――木材はいいとして他の資源が足りない。組立ボーリング一式を作り、地層調査をゴーレムにやってもらおう」


「そうですね。未調査地帯のほうが多いので、この子たちを働かせてください」


「あとは……」


 ――資源調査をしながら今後の方針を立てるか。


 まずは今あるもので出来ることをしよう。


 他には手に入れた鉄を使って拠点の周囲に罠を設置するのもいいかもしれない。


 少しでも安心材料は欲しいところだ。



 あとは耐火レンガの自動化と増産もしたいな。


 レンガを自動化するとなると熱源が必要になり、それは木材を燃やすか木炭を燃やすぐらいしか手段が無い。


 何にしても燃料を手に入れるために森の伐採を今以上に行う必要がある。


 …………燃料がほぼ鉄の精練に回している状態でさらに燃料が必要な工場は建てずらいな。


 効率の良い伐採法を思いつくまで今まで通り小規模のレンガ窯で生産していくしかないな。


「……ええと、そうなると今後の開発のために地質調査をする。その間に今できる範囲で拠点の周りに罠を設置する。……あとは飛行船を作るための自動化工場を作るためのレンガと鉄と燃料がーー」


 ――おーけー、こういう時はルーチンワークだ。


 脳内リストアップした作業項目を日ごとに順番に少しずつ進めていく。


 効率は悪いけど何もない状態ではすべてを少しづつ生産力を上げるしか道はない。


 ――内政ってのは地道な作業がほとんどだからしょうがないってもんよ。



 /◆/



「ところでアルタ君、ネジを作るのもやっぱり5分なのか? 例えばこんな感じにプラモデルって言えばわかるかな? 細い棒で100個くらいつなげて錬成できないか?」


「はい工場長、その手の加工品は精度が重要なので――複雑さが増すと再構築に時間がかかると思われます。ですので100個のネジを数珠繋ぎじゅずつなぎにして見かけ上ひとつにしても――500分はかかると思われます」


「……仕方がないか、それならばタップ&ダイスを10個錬成して手作業で作ったほうが早そうだな」


 ――そうなると加工機械が欲しいがあれは鉄だけじゃ作れないからな~


 自動で木を加工……


「工場長ー! 報告でーす!」

「オヤビーン! お久しぶりですです!」


 燻製臭漂うゴーレム達が近付いてくる。よく見ると壊れたゴーレムを引きずりながら歩いてくる。


「どうした? また事故か?」

「違います工場長、あれは調査隊の初期のゴーレムです」


 ――調査隊、初期……ああ! 思い出した遺跡の初期ゴーレムか!!


この燻製ゴーレムはいつのだ?


「ワームの巣に木酢液投げ入れました!」



 木酢液、木酢液……たしか……。


『木炭を作っていればトン単位で手に入るし、とりあえず山脈ワームの巣に放り投げといて』


――ああっと、なんて適当な命令を出してるんだ!



 ゴーレム達に報告を促すと……


「はいはい、木酢液を山脈のワームの穴に注ぎましたー」


「襲われないし数日間待ってたらワームが逃げ出していなくなったオブ」


「ワクワクしながら穴の中を調べてみました」


「犠牲になった仲間がいたですです」


「オヤブン! 僕です!」


 最後に景気よく壊れたゴーレムが声を上げた。


 ――最初の調査隊のゴーレムか。


 これだから不死のゴーレムは緊張感が無いんだよな……。



 それにしても木酢液を山脈ワームは嫌うだと――これは朗報だな!


 山脈越えできればそのまま脱出できるかもしれない。



 そして……。


「こんな青い石がありました。工場長は鉱物好きですね、ね?」


「――これは…………近くにもっとあったか?」


「ありましたー帯みたいに崖に模様でありましたー」


 青と赤の不思議な模様――この石は黄銅鉱。

【銅】の原料となる鉱石である。


「計画の変更だ。これより木炭化炉で生産した木酢液をあるだけ全部もって東の山脈に向かう」


「ワーム退治ですねオヤビン!」


「私の事は工場長と呼ぶように、それからワーム退治はついでだ。これより銅の掘削にいく!」



 ――現代文明の礎それは電気だ!


 その材料が手に入るなんて、こいつはうれしいね!!


 たしかワーム地帯まで遺跡から40㎞以上だったはず。


 まずは計画を立てないとな。


「アルタ君、ちょっと財布を出してくれる」


「はい、こちらに――何をするんですか?」


「まずは実験だ!」



 ――――――――――――――――――――


 第2章 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る