第6話 爆発はノルマ


 ソル47


 火力掘削により鉱山は湯気と黒煙が立ち上り、鉱山周辺は開拓され水車式機械群が規則正しく立ち並んでいる。鉱山は大量の水を消費し回収されるが、火力掘削の水は地面に垂れ流しなので鉱山全体のぬかるみが増していく。



 ――やっと鉱石のフローができあがった。


 結構時間がかかった、やはり知識があっても実績が無いからしかたがない。


 けどこのミッションをやり遂げて、分離工学レベル2ぐらいにはなったかも。



 分離工学っていうのはちょっとマイナーな学問で、化学工学の中で分離技術だけを扱っている。


 ほっといたら絶滅する学問といわれてる。


 だがしかし、大量生産学の基礎分野のひとつ――つまり私のテリトリーってわけだ。



 内容はさして難しくはない。


 ただ目の前の鉱物を砕いて分離するだけだ。


「では実際に稼働させよう。水車で破砕機を動かせ」


「了解ですです」

「工場長、この穴に落とせばいいの?」

「そうだ、鉄鉱石だけを投入していけばあとは破砕機が砕いて小石にしていく。下のゴーレムは出てきた【粗鉱そこう】をどんどん運んで溜まらないように気を付けるように」


「了解オブオブ」


 ――ジョークラッシャーっていうカッコいい名前の破砕機で鉄鉱石を砕いていく。


 溝のある板を振動させて面で噛んで徐々に砕いていく構造なんだけど、水車は回転体だ。


 そこで回転力を、偏心軸っていう中心からズレた軸の部品を使って、回転を振動に変えて砕くことにした。



「というわけで作った破砕機の調子はどうだ?」


「工場長。途中で止まります!水車じゃ力不足ぅ?」


「う~む、……これは大きすぎるから止まったようだな」


 ――仕方が無いので大きすぎる鉱石は釘打掘削機でさらに削り、他にも改善できそうなことは全部変更した。


 ゴーレム達に投入量と投下するタイミングを教えるのを失念してたな。


「ではそこのゴーレム次にすることはなんだ?」


「はい工場長、小石と鉄を分けます! 素手で?」

「ウェーイ違うよ違うよ。粉にして振り分けるんだよ! 素手で?」

「ちがうちがう、アルタママが分けてくれるんだよ! スキルで?」


 ――こいつら素手かスキル以外の発想はないのか!


 まったくもってナンセンス。


 鉱石の選鉱という大量処理が必要だけど付加価値が低い作業を人力でするのは愚かだ。


――それが許されるのは金とかダイヤとか価値のあるモノだけ。


「素手もスキルも高レベルの仕事をするために使いなさい。今回はこの自動選鉱機で一気に処理する」


「ヒャッハー! 新鮮な設備だー!!」


「今回は振動による分離工程を工場化した」


「また水車ですね。工場長」「いっつも水車ばっかだな~」「入っていい?」


「仕方がないだろ動力がこれだけなんだから。それから入れるのは鉱石だけな」


 ――比重選鉱装置は水を入れたプールに鉱石を投入して、装置全体を振動させて比重により分離を促す装置だ。


 これで重い鉄とそれ以外に分離できるはず。


「ズリ(鉄以外の石)は作業の邪魔にならないとこに積んどいて、それから……」


「工場長工場長! 上手くいってません!」


「うげぇ」


 ――鉄鉱石が重すぎたのか水車の動力が力不足?


 【粗鉱そこう】は小石砂利まちまちで、分離しているがちゃんと動いているようには見えない。


 改良方法考えるか……他のいい方法を考えた方がいいかもしれない。


 うーん、あとはどうしよう……。



 ソル48



 スクリュー炭化炉は木材を熱するために下から熱し続けている。熱が伝わりやすいように耐火レンガはきれいに並べてある。熱を逃がさないために炭化炉の他の壁は断熱レンガを使用している。熱で炭化し始めた木材は木ガスと一酸化ガスを発生させ配管を通り蒸留塔へと流れていく。蒸留塔では木タールと木酢液そして軽質油に分離して残った二酸化炭素と一酸化炭素が冷却した際に取り出されてタンクに貯まっていく。タンクには【チェスト】が付いていて、一定量を【チェスト】に貯めこむようにできている。だが産出量が多すぎるのでアルタが近くにいるときは【インベントリ】に、離れているときは満タンになり次第大気に放出することになっている。



「――思い付いた! 名付けて風力分離装置!」


 ――そもそも破砕機といっても素人製造の機械。


 砕いてもこっちが予想してたよりも大きな塊ができてしまう。


 そしてその大き目の鉱石が比重選鉱に入ってしまったようだ。


 比重選鉱装置には常に水が流れてる。


 この水の流れをせき止めてあふれてしまったのだ。




 だから【破砕メソッド】と【選鉱メソッド】の間にもう一つ【分級メソッド】を入れてデカすぎる石を除外する。


 ――それが風力分離機だ!



 /◆/



「工場長~鉱石落としていきますよ~」

「その前に水車を回せー風を送るのだー」


 ――重力ってのは平等だ。


 比重に関係なく真下に加速させながら落としてくれる。


 ところが風力はひねくれ者だ。


 比重の重い物体にはささやかな影響しか与えないが、比重の小さい粉みたいな物体は最大限吹っ飛ばしてくれる。


 この装置は横穴から風を送りつけて、落下する鉱石を横に流していく。


 重ければそのまま落下し、軽ければ風で逸れて隣の穴に落ちる。


 この風力分級で一定の比重以下なるまで破砕機送りにしてやるのさ。



「分離して純度が高そうな鉱石を破砕機マーク2にかけてさらに粉々にしてやんよ」

「なんで最初に2回破砕しないオブか?」


「投入する土砂量を減らしたいんだよ」


 ――そう、装置は使うほど摩耗していく。


 できるだけ装置の負担を減らすためにも分離後に処理する流れにしたい。


 効率がいいかはわからない――だから試すんだ。


 それに2度目の破砕機は最初より歯の隙間が狭くより細かく砕けるようになっている。


 ちょうど調理器具のスライサーが形状や刃の間隔で望む形に料理するように、同じ構造の破砕機の隙間を変える――そう鉱石を料理するのだ!



 ソル49



炭化炉の耐火レンガはきれいに並んでいる。それはモルタルの接着力だけに頼った接合である。耐火レンガと断熱レンガは材質が違う。その違いは熱膨張係数の違いでもあり、800℃以上の熱により数mmの膨張差のズレが生じていく。ズレは応力として炭化炉の̚カドに負荷がかかりヒビが発生する。



 ――色々試して何とかそれなりの鉄鉱石が手に入った。


 といっても分離して集めた粉状の【精鉱せいこう】をちょっとした炉で今度は熱して塊にしただけだ。


 この塊を【焼結鉱しょうけつこう】っていう。


 高炉に投入する鉄鉱石ってのはこれに石灰やコークスを混ぜるんだけど、今回は木炭炉――つまり両方とも必要性が薄い。



 まだまだ改良の余地は十分あるが少しづつ効率を上げていこう。


「集めた【焼結鉱しょうけつこう】を木炭炉に放り込んで【銑鉄せんてつ】の出来上がりだ。アルタ君準備はできたかい?」


「はい工場長、木炭高炉を錬成しました。それから水車フイゴも作ってあります」


 ――やっと鉄の精練だ。


 目指す目標は遠いけど最初の一歩としては悪くない。


「それでは高炉に火を灯します」


「よし、ゴーレム達、水車を回して風を送りこめ」


 ――水車の回転運動をクランクを介して往復運動に変えてフイゴを動かす。


 フイゴは箱型を2つ横に並べて、交互に風を送れるようになっている。


 先人に習って木製だけどうまく風を送れているようだ。




 高炉は巨大な釜の様なもので底に溶けた鉄が流れる流路口と風を送り込送風口が空いている。木炭が発熱しガスは高炉の上部から風と共に放出される。

 木炭高炉は力強く熱を放射しながら鉄鉱石をゆっくりと溶かしてゆく。底にたまった鉄湯は溝に沿って流れて高炉から出てきて銑鉄のインゴットへと変わっていく。


高炉の木炭消費に応えるために今日も脆くなった所の上に木炭が数十㎏移動している。やがて重量に耐えられなくなったカ所から耐火レンガが崩れ落ち、下の加熱炉とつながって木炭に火が付いた。



――木炭炉からちょうど鉄1トン分のインゴットができた。いいね。


「そうなると計算上は鉄1トン生産するのに木炭を1.2トン消費か……。それでも錬金術に頼らずに1トン精錬できた」


――いまアルタは水路工事のために鉱山から少し離れた所に移動している。


監視ゴーレムを配備して魔物が来ないかみてくれている。


おかげで常に一緒でなくても生産活動ができるようになった。


……というより森に入りたくないだけなんだ。


あそこは危険だ。毒虫とか毒虫とか!



「工場長たいへんです! 炭化スクリュー炉が火を噴いてます!」

「ふぇ!?」


 ――時間当たり数十から数百キロ生産しているスクリュー炉が停止するのはかなりの痛手だ。


 おお、ほんとに煙が出てる――すぐ行かねば!




 燃え盛る木材の火の粉が配管を伝い蒸留塔の中へと達する。アルタは離れているので【インベントリ】に回収せれず、気化した軽質油と一酸化炭素ガスそして可燃性の木タールで充満している。火の粉が蒸留塔に入るとすぐに発火、膨大な熱エネルギーが発生し爆発を起こした。


 「うおッ!!?」


 消化指示のため炭化炉に近づいた工場長は爆風によろめき足を滑らせる。火力掘削、水車動力でぬかるんだ坂道をどこまでもどこまでも滑り落ちていく。


「あばばばばばばば……な、なにか掴まるものおおおぉぉぉ」




 滑った先の切り株に頭からぶつかり――――ヘルメットが割れた。




「ぐ……ヘルメット装備して……よかった……ぐふ……」



 そのまま意識を失い翌日まで目覚めることはなかった。



 ソル50



 ――昨日は散々だった。


 バッカだな~レンガを真直ぐじゃなくてアーチトンネル型にすればそこまで問題なかったってのに。


 それ以外にも蒸留塔と木ガスも分離して別行程として扱えばただのボヤ騒ぎで終らせられた。


 なんてことはない、すべての工程を自動化の名の下に一括で処理しようとした弊害が起きたんだ。


 やっぱり原始人に炭化炉なんて早すぎたんだウッホッホ。


 だがしょうがない、すべてに配慮した素晴らしいシステムなんて最初から作れるわけないんだから。


「ということで設備の更新だ。改善だ!」


「はい工場長、すぐに取りかかりましょう」


「なかなかすばらしい爆発だったオブ」

「もう一回り強ければヒャッハーできそうですです」


「爆発事故はもうこりごりだ。早く修理して復旧させるぞ」


――なーに、修理なんて5分よ5分。


われわれの自動化は始まったばかりだ!



――――――――――――――――――――


製造工程


鉄鉱脈 → 粗鉱 → 精鉱 → 焼結鉱 → 銑鉄

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