第4話 襲撃


 ソル101



 早朝、空は明るくなり始めているが、石炭地帯の東には大山脈が立ちはだかり朝日を妨げている。

 西からは常にそよ風が流れ、まだいる夜風が肌にしみる。



 ――おっと! 頭すっきり、ココロ晴れやか。


 いつの間にかベッドで寝てたな――まあいいや。


 それにしても高原の朝は気持ちがいいな。


 遺跡に居たときは何かの植物かなにかの匂いが漂ってたからそれが普通なんだと思ってた。


 異世界の匂いじゃなくて一帯の植物なのだろうか?


 つまり私はいま匂いに敏感になっているってことだ。


「――この匂いは果物か!」


「工場長、森から果物採ってきたですですYo~」


「ヒーハー新鮮な糖分だ!!」



 ――脳に浸みるぅぅぅぅ!!



 ふぅ、食事に炭水化物が無いから糖質ダイエット中みたいに頭がボ~っとする状態なのはけっこう深刻……。


 ゴーレム達には周辺調査ついでに積極的に果物をとってくるように言ってる。


 ん? あれは――



 北からシーソートロッコを動かしながらゴーレムの一団がやってきた。


「工場長! 鉄と銅をいっぱい持ってきました。」


「ああ、ここ数日の物資輸送か――銅インゴット1個に鉄インゴット8個だと?」


「はい、いっぱいですです」


 ――鉄インゴット1つで0.1トンだ。


 つまり鉄0.8トン/solに生産力が落ち込んでいることになる。


 こっちが終わったら原因の調査をした方がいいな。


 それにしてもゴーレムはいっぱいとか数値じゃなくて感覚で報告してくるのが結構問題。


 今後のためにもこっちも改善しなければいけない。


 まあ、あとだな炭鉱開発が終わってから計画を立てよう。



 物資輸送ゴーレム達はアルタからゴーレム素体を受け取って鉱山へと引き返していく。



 ――さあ次にやることはコールタールの有効活用、森の伐採と露天掘りの開始、あとはそれからそれから……。


「工場長、石炭砕いたときに粉みたいになったのはどうすればいいオブ?」


「ふむ……コールタールは溜めとけばいいし、まずはそっちを何とかするか」


 ――砕いて熱風により乾燥させたときに大量の粉状の石炭が集まったようだ。


 乾燥装置を連続稼働させるには邪魔な粉、このままコークス炉に入れても排ガスと一緒にそこら中に飛んでやっぱり邪魔。


 ということで粉は熱風で運ばれた後に隣の施設にそのまま送るようにする。


 この施設では粉状石炭をローターで圧縮成形して高密度の塊状に加工する。


 これで扱いやすくなるってもんよ。



 今の石炭の生産量を計算してみよう。


 ワームの巣は直径が1mで長さが約100mほど続いていた。


 石炭層は高さが2mほどで、今の計画では横と高さ2mの坑道に整えようとしている。


 この計算は簡単だ。坑道の面積から巣の面積分を引けばいいのだから。


 円の面積の計算式は?

 ――円周率π × 直径Dの2乗 / 4だ。


 小学生が教わる半径じゃなく直径を使うのはモノづくり業界ではモノを加工する関係から直径を計測して計算するから。


 空洞のパイプの中心点なんかいちいち測定も計算もしない。


 もし現場で半径を使ってたらそいつは素人ってわけだ。



 というわけでワームの巣の直径をメジャーで測って複雑怪奇な計算をすると……。


 坑道6本で合わせて1928.8立方メートル


 うち一つは入口が崩れやすい天然の洞穴だから正確ではない、まあ期待値なんてそんなもの。


 ここの石炭の比重は1.0だったから――現状でも1928トンの採掘量が期待できる。


 ハッハーこいつは熱いぜ!


 さらに隣のまっさらな石炭層を掘り進められれば、追加で2400トンは期待できる。



「まだまだ規模は小さいがうまく行ったら製鉄工場の近くに大規模なコークス炉を建てて高炉の本格運用だ。ふふふ」


「工場長? お喜びのところ悪いのですが石炭採掘の能率が低いので大規模化はまだ無理ですよ」


「う……仕方がない、ならば露天掘りの操業も急ぐとしよう!」


 ――結局は掘削が思うように進まないのは狭い炭鉱に機械を入れられないからだ。


 だから露天掘りに機械を導入して自動化を軌道に乗せられれば産出量も一気に上がるはず。



 炭坑の層は2mは越えていた。 ワームの穴を起点に両端の幅2mになるように掘削していく。 一定間隔で木の柱を建てて坑道の崩落事故を未然に防ぎながら掘削していく。 見ようによっては千本鳥居のように支柱が等間隔で奥へ奥へと続いていく。



「西の森側はいけそうか?」


「まだまだ伐採中ですです」


「……そうか、今日はアルタ君にも伐採にとりかかってもらう」


「はい、アルタにお任せを」


 ――炭坑は崩落の危険があるから能率的にも露天掘りの方が魅力的だ。


 ちょっと伐採に時間がかかるからその間は炭坑での掘削に頼ろう。



 /◆/



 …………うーん。


 計画と評価は私だが実行と改善は彼女達の領域だ。


 つまり私ヒマ。超ヒマ。


 昨日の完徹が嘘みたいにヒマ。


 ヒマだとソワソワするのが現代人。


 なにか……何か生産的な活動をしよう。



 ということで石炭の副産物であるコールタールの活用計画を立てる。


 コールタールを蒸留すれば様々な化学製品が手に入る。


 だが直近で必要になるものは大体決まっている。


 つまり燃料だ。


 ところが石炭の燃料成分は基本的に燃焼ガスとして再利用しているので残りのタール分で使えそうなのは……。


 ベンゼン系のプラスチックルート。


 ナフタレンの医療、染料ルート。


 ピッチの炭素繊維、電極ルート。


 たまたま燃料にならなかった微量の軽質油ルート。



 どれも原始人にはハードルが高すぎる!



 ならば素直に液体をそのまま活用するというのはどうだろう?


 つまり潤滑油として工場設備の保全に活用するのだ。


「よろしいならば実験だ。目の前に高回転水車と意味のない組み合わせの大量の歯車、そしてコールタールの液体」


「ぶっかけて回転さるオブね!」


「その通りじゃ、まわせまわせー」



 /◆/



 ――結果は潤滑油としてコールタールはあまり使えなかった。


 理由はタール水添油のおもしろ特性のせい。


 タール水添油は高圧だと個体になる特徴がある――分子構造とか眠くなる要素のせいだが考えてはいけない。今日はまだ寝ないって決めたんだ。


 歯車機械ってのは歯車の接点が機械的に高圧力になって油が固体化してしまう。


 いろいろの化学変化と温度変化の結果――――摩擦が増える。


 だから用途としては無段階変速機らへんの摩擦大歓迎の装置に限定されるなコレは。


 ようするにこの温度と圧力によって特性がコロコロ変わるってのは次の爆発フラグになりそうだから重要な装置には使いたくない。



 そう私は爆発から常に学んで先手を打っているのだ! 次こそは阻止してみせる。



「今日のやりたいこと終わり、しまったまたヒマだ。別のことを考えねば……」


 ――そういえば森の露天掘りの視察はしてなかったな。


 あんまり森って行きたくないんだよな。


 いい思い出が無い。


 虫に刺されたり、切り株の角にぶつかったり。


 それでもやはり実際に地質を確認してみないといけないから――ちょいと行ってくるか。


「工場長の安全を守るのが護衛ゴーレムですです。通せんぼオブよ」


「ふん、だれも私を止められない。命令だ! ちょっと通して!」


「了解オブオブー」



 /◆/



「――ということで、来ちゃった、アルタ君調子はどう?」


「……はい順調です――工場長、あまりこちらには来ないほうがよろしいかと」


「ああわかってる、少し現場確認をしたらすぐに戻るよ。」



 炭鉱の西側に広がる森は遺跡周辺と植生は同じである。唯一の違いは数メートル下に石炭層が広がっていることだ。この地下の石炭層と山脈側の石炭層は元々一つだった。長い年月が地層にズレを発生させ崖を形成した。山脈側の炭鉱とはその崖側の石炭層が露出したものである。



 ――つまり石炭の質は大体一緒てことだ。


 そうなると数メートル程度掘れば面での露天掘りが可能になるな。


 ここら辺、数キロ圏内――数千haの露天掘りができるなら森の伐採をあまりせずに済む。


 すばらしい木炭用の大量伐採をやめるために大量伐採をするのだ……うん?、あれ!?


 あ、あとで長期的な植林計画も立ててあげよう。そうしよう。


「それでは石炭を採掘するには何をすればいいか?」


「伐採! 伐採!! 大量伐採!!!」


「くっころ! くっさく!! 大量掘削!!!」


「バクハツ! 爆発!! 大規模バクハツ!!!」



「ああ、そうだともこの森から抜け出すためにも、ほんのちょっと大量に資源を削り取ってしまえ!」


「エイエイオー!!」



 森にはベアキャットと呼ばれる雑食性の魔獣がいる。 猫の俊敏さと熊の体格を持つこの生物は木の上から獲物を狙う獰猛な魔物である。 普段は山脈のワームを警戒し森の端までは来ない。 だが、ゴーレム達が果物やハチミツを工場長にもっていくため、その甘い匂いに釣られて近づいてきていた。 ゴーレムを警戒して襲いはしなかったが、木の上からじっと様子をうかがっていた。 そこへ工場長達の掛け声が響き、久々の大きな獲物がその目に留まった。 ブロンズのヘルメットが輝き、果実の匂いがする餌を――。



「工場長その新しいヘルメットはどうですか?」


「ああいい感じの着け心地だな。もっとも実際は木のヘルメットに銅板を張り付けただけなんだけどね」


「前より安全そうに見えていいと思いますよ」


 ――そうつまりヘルメットを重ね合わせてブロンズヘルメットにレベルアップしたのだ。


 最終的にはダイヤモンドを重ねなければいけないな!


 あれ? ダイヤなんて錬金術ですぐにできるんじゃね?


 いや待て! ダイヤなんて脆いモノを防具に使うなんて――やめておこう。


「ふふん、ところでアルタ君その青銅の素体は銅?」


「評価は吉金です。前よりいいと思いますが、銅は高価なのでまだまだ量産性はないですね」


 ――試験的にアルタの素体を青銅製かえてみた。


 銅と錫の合金である青銅は加工、耐久と実用性に優れたすばらしき合金だ。


 青銅器時代と呼ばれるだけはある。


 少しでも性能が上がればと――。



 伐採している木の間からハンターは獲物を狙っている。 魔獣はまっすぐ工場長をにらみつけ、周りのゴーレムを気にしながら襲うタイミングを計り、そして――。


「――ッ工場長! 逃げてください!!」


 アルタは魔獣に反応し前面にゴーレムを展開していく。


「グルルルルァァァァ――」


 突然のゴーレムの壁が出現したが、この魔獣には障害にすらならなかった。



 ――やばい!


 どうする? たたか……


 ジャンプ……!!?


 速……。



 避……け。



 無理。



 ネコ科特有の力強く柔軟な筋肉により展開したゴーレムを易く飛び越え、工場長へと襲い掛かる。 その時、インベントリから大量の熱した木炭、木材が工場長と魔獣の間に出現した。 燃え盛る炎に驚いた魔獣は怯んでその場からすぐに飛びのきあたりを警戒する。



「いまだ全力ダッシュ!!」


「工場長!! 追い払うまで家に避難していてくださーい!!」


「わかってるさ!」


 ――我が健脚


 あと1000メートル持ってくれ。



――――――

――――

――



 あと、50メートル!


 うん、もう足動かない……。


 というより護衛のゴーレムの歩きより遅くないか?


 よし……ドア……閉めてっと。


「く……ぐふ、何とか家に着いた」


 ――もう無理。


 あの化け物とりあえず、火に驚いてたからストーブに火入れをしよう。


 そしたら松明片手にいざとなったら戦うしかない。


 けど今日はもう外でない。


 引きこもってやる!



「グララァァァ!!」


「うを! 屋根か! 家まで来やがった!!」



 魔獣は工場長を追いかけてきたわけではない。 本能をたよりにアルタのインベントリ攻撃と松明を持ったゴーレム数百体の軍勢を逃れてスモールハウスの屋根の上まで逃げてきたのだ。


「グギャウウゥゥゥぅぅぅぅ………………」


「ひゃっはー!! 山へ逃げたぞーー追いかけろーー!!」


「び、びっくりした――……」


コン、コン。


「工場長、安全が確保されるまでそこにいてくださいね」

「あ、はい……」



 松明を持ったゴーレム達は夜通し魔獣を追い掛け回した。 疲れを知らず、恐怖もなく、闇でも周囲を識別できる不死の軍団はひたすら追いまわし、最後には山脈地帯で見失った。


 ――その後、この魔獣が目撃されることはなかった。



 /◆◆◆/



「森は危険ですので、自らの生命を危険にさらす命令は無効化させてもらいます」


「はい了解マム……」


「護衛……いえ全ゴーレムは工場長の生命を第一に行動するように」


「了解ーー!」



 今日は工場長の権限が少し弱くなった日である。



――――――――――――――――――――


製造レシピ


石炭層 → 石炭 + DAPS炭

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