一目惚れした美少女は財閥令嬢でした

太伴 公建

イントロダクション

カット1 『暴走機関車』

 忘れもしない。

 あれは中三の夏休みも三日を残すのみとなった、残暑厳しい日のことだった。




 俺、美浦みうら 時生ときおはその日、ある同級生の女の子を学区から少し離れた公園へ呼び出していた。


 何のため?


 それは恥ずかしながら、「愛の告白」ってヤツをするためだ。


 もちろん、わざわざ好きな子を呼び出して告白する必要なんて全くないことは俺だってわかっている。

 俺の同級生で付き合っているカップルは、電話やLINEで告白したってヤツがほとんどだったし、いまどき面と向かって告白するヤツなんて、ただの物好きかドMだ、と相談した友人にも言われた。


 けど俺は、彼女に告白しようと決めたとき、


「告白するなら、きちんと彼女の顔を見て告白したい」


と思った。なぜか、そうすべきだと思ってしまった。



 中二の夏に彼女を好きになり、この時で、ちょうど一年。

 一年もの間、彼女に片思いしてきただけに、このころには彼女への思いが、熟成を通り越して、ちょっと発酵しちゃっていたのだろう。


 ただ悲しいことに、こんな風に俺の気持ちが暴走しているときは、大抵、碌なことにならない。

 学年優勝がかかったクラス対抗リレーでは、俺がバトンの受け渡しに失敗して一気にビリに転落したし、親にゲームを買ってもらう約束をしたテストでは、前日に徹夜で勉強した教科が翌々日の日程だったなんてこともあった。

 おかげで友人からは『暴走機関車』などというクソダサい渾名あだなまでつけられている。

 基本的に俺は生き方が不器用らしい。その点は、十五歳にしてすでに諦めていた。



 こんな俺だから当然、告白なんて一大イベントのときは、もう前日の夜からひどかった。

 告白前夜なんてものは普通なら、どんなセリフで告白しようとか考えるべきなのだろうが、俺はそんなことは微塵も考えず、彼女と付き合ってからのことばかり妄想していた。

 例えば――



 夏休みも終わり、いよいよ本格的に高校受験に向けて勉強しなければいけない日々が始まった。

 付き合い始めた俺と彼女は、放課後、一緒に図書館へと向かう。

 仲良く横に並んで席に座り、しばらくお互いに勉強をする。

 現実だと解けない難問もスラスラ解ける。なんたって妄想だから。

 勉強の合間に俺はふと、窓の外に目を向ける。

 自分たちが座っている、公園に面した大きな窓際の席に夕日が射し込む。日に日に夕闇が迫る時間は早まっている。

 朝晩、気付かないうちに扇風機を回す機会が減ってきた。夜の楽団が、セミから鈴虫にメンバーチェンジしていく。

 秋はもうそこまで近づいていた。

 窓に向けていた視線を戻すと、彼女が俺の横顔を見つめながら微笑んでいる。


「ダメじゃないか、勉強しなきゃ♡」


 俺は言葉とは裏腹に優しく彼女に言う。


「トキオくんの真剣な横顔が見たかったの♡」

「なんだよ、照れるじゃないか♡」

「お互い、進む高校が別々でも、ずっとずっと仲良くしていようね♡」

「何を言ってるんだ。そんなのあたり前だろ♡」

「ね、トキオくん。チューして♡」

「おいおい、ここは図書館だぞ? みんなが見てるじゃないか♡」

「いいじゃない、見せつけちゃえば♡」

「……ったく、イケないだなぁ♡」


 暗転――



 このようにキャッキャウフフと恥ずかしい会話を交わす妄想だ。

 チューまでは妄想しない。

 ポリシーではなく、単にしたことがないから妄想できないだけだ。

 こんなことをずーっと考えていて、寝ついたのは夜の二時だった。

 なのに、翌日、朝の五時に目が覚めた。

 明らかにこの辺りから俺はおかしくなっている。


 さて、目が覚めたからといって特にすることもない。朝の五時ではラジオ体操さえ始まっていない。

 仕方ないのでクローゼットを大解放して、告白に着ていく服をのんびりと選び始めた。



 ……はずが、いつの間にか俺は部屋の大掃除をしていた。


 気付けば、彼女との待ち合わせまで残り一時間を切っている。

 あれだけ早く起きていたのに、彼女を呼び出した公園まで、今から支度して向かっているようでは時間に遅れる可能性が出てきてしまった。告白しているところを同級生に見られたら恥ずかしいからって、学区から離れた公園に呼び出したことがあだとなった。

 なぜあのとき、俺は、


「自分の部屋も整理できていないような男が女を幸せにできるか?」


という強迫観念にかられながら、自分の部屋の大掃除をしていたんだろう? 今でも、あの日の俺には何かが乗りうつっていたとしか思えない。


 何はともあれ、告白しようと女の子を呼び出しておきながら、自分が遅刻するなんてあってはならないことだ。

 結局、お気に入りのTシャツにジーンズという、男友達とショッピングセンターに買い物に行くような無難な格好に着替え、部屋は大いに散らかしたまま自転車に飛び乗った。


 昨晩の妄想ではすでに季節は秋だったが、外は当然、残暑のままだ。

 遅刻してはいけないと慌ててペダルを漕ぐから汗もかくし、かといって自転車を漕いで起きる風も生ぬるい。道路に響くツクツクボウシの鳴き声がひたすら耳にまとわりついた。


◇ ◇ ◇


 必死に自転車を飛ばしたおかげで約束の十五分前には公園に着いたが、汗まみれになってしまったので、公園の水道で水を飲むついでに、俺は顔を洗った。

 びしょ濡れの顔を拭こうとポケットを探るが、ハンカチはない。まあ、確かに入れてきた覚えもない。

 仕方なく、彼女との待ち合わせの時間までには乾くだろうとTシャツの袖で顔を軽く拭き、木陰のベンチに座って息を整えつつ彼女を待つことにした。


 慌ててここまで来たから告白について考えている余裕もなかったが、こうして彼女を待っていると何やら急に緊張してきた。

 そして緊張が強まるにつれ、


「俺ってば、ホントに告白する気なのか?」


というヘタレな思いが、ムクムクと俺の中で膨らんできた。

 自分で告白すると決めたはずなのに、急にこの場から逃げ出したくなった。

 思いつきで行動する割に、いざとなるとヘタれるのも俺の悪いクセだ。



「帰っちゃおっかな!」


 呼び出しといてクズすぎるだろ。


「今日は一緒に、ここの公園のアスレチックで遊ぼうと思って誘ったんだ!」


 アスレチックで遊ぶには今日は暑すぎる。


「ここの公園、プテラ出るらしいぜ!」


 俺、ポケモンGOやってねぇし。



 くだらないことを考えていると再び緊張で喉が渇いてきた。

 もう一度水を飲もうと立ち上がったとき、彼女が公園の入口へ姿を現した。

 白のシャツに紺のフレアスカート姿の彼女を遠目で見て、とりあえずアスレチックには誘えないなと思った。

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