カット3 赤いネクタイ
俺の言葉に、清古が身を乗り出してきた。
「制服か! それなら制服から学校がわかるかもしれないな。どんな制服だったか覚えているか?」
「白ブラウスにネクタイと、ギンガムチェックのスカートだった」
「リボンやスカーフじゃなくてネクタイだったんだな?」
「うん、ネクタイだった。間違いない」
「ネクタイならセーラー服じゃなくブレザーだな。この辺の中学制服はセーラー服ばかりだから、ブレザーってことは高校生かもな」
年上か。
確かに、あの落ち着いた雰囲気は年上と言われた方がしっくり来る。
清古は机の上のノートパソコンを開き、インターネットに接続する。そして、市内の高校の制服を画像検索して画面に並べた。
「スカートはギンガムチェックと言ったな。柄は何色だ?」
「赤のチェックだった」
「パンティーの柄と色は?」
「水色と白の横縞だった」
「やっぱり見えていたのか」
ああっ! ひっかかった! 黙っておくつもりだったのに!
「だって、倒れてる俺の目の前で屈んでいたんだから見えちゃうのは仕方ないだろ!」
俺は自分を正当化しようと必死になる。
「まあ、思わず見てしまう気持ちはわからないでもないし、それは大目に見てやろう」
「じゃあ、なんで聞いたんだよ!」
冷静に考えればパンツの色で身元はわからんものな。
ここで清古が、ノートパソコンのディスプレイを俺に向けてきた。
「ひょっとして、その人が着ていたのはこの制服じゃないか?」
画面には、あの少女が着ていた制服と同じものを着せられたマネキン人形が表示されていた。
「おお! これ、これ! 見つけるの早かったな!」
俺はディスプレイを指さしながら認めた。さすが、清古。仕事が早い。
「だって、俺の併願校だからな」
清古はそう言うと、本棚から薄手の冊子を引っ張り出して俺の前に投げた。
それは、高校の学校案内パンフレットだった。
表紙には、ちょっと他に見ないレベルのイケメン男子学生がブレザーを着て、校門前で白い歯を見せて微笑んでいる姿が載っていた。なんか、すげぇモデル使ってるな、このパンフレット。
「その制服は
「カラコーかよ⁉」
俺は思わず声を挙げた。
これは、「手掛かりが見つかって嬉しい」という感情と、「面倒なことになったぞ」という感情の二つが入り混じった言葉だった。
刻文院学園枳高等学校。通称「カラコー」。
幼稚園から大学院まで揃えた、国内でも最大規模の私立学園グループである刻文院学園。そのグループ内でも枳高校は創立年が最も古く、敷地面積、生徒数共にグループ最大のマンモス高校で有名だ。
「まず普通科クラスが十クラス。そのほかに、スポーツ特待生とリハビリトレーナー志望者を集めたスポーツ科学科、卒業後の就職を視野に入れた商業科と工業科。料理・裁縫などの家事全般を学ぶ家政学科と、音大・芸大への進学を目指す芸術科の特科が各一クラスずつ。そして、旧帝大や有名私大などの高偏差値大学への進学を目標とした特別進学科、略して特進科が五クラス。以上、一学年で合計二十クラス。一クラスが五十人前後として一学年でざっと千人の生徒がいる訳だな」
俺がパンフレットをめくるのを見ながら清古が説明する。
清古は、県内でも偏差値トップで、しかも陸上部が古豪で有名な県立東高校へ進学希望だったが、私立の併願で枳高校の特進科を狙っていたから枳高校にも詳しかった。
「一学年で千人ってことは、全学年で三千人かよ。クソデカい高校だとは聞いていたけど、ウチの市内にそんなに高校生っているもんなのか?」
「寮があるから県内外の生徒が来ているし、海外からの留学生制度もしっかり整備されているからな」
三千人か……。なかなかハードルが高い人探しになりそうだ。
「いや、あともう一段階、絞れるぞ」
清古は俺の手元からパンフレットを取ると学校制服の案内ページを開き、女子生徒の夏制服であるワイシャツの襟元のネクタイを指さした。
「枳高校はネクタイで入学年度がわかるように色分けしているんだ。その人のネクタイは何色だったか覚えているか?」
聞かれて俺は再び記憶を戻す。
「そういえばネクタイも赤だったな」
「赤のネクタイの生徒の入学年度は今年のはずだから、赤ネクタイなら一年生だな。枳高校生のコスプレをするような変わり者でない限り、その人は枳高校の一年生で間違いないだろう」
「おお、ネクタイ一つで候補が一気に一学年に絞れた! ありがとう、清古! 二学期が始まり次第、探して告白してくる!」
俺は猛然と立ち上がって清古の部屋を出て行こうとした。
「おい、待て! 待て! 待て!」
そんな俺に清古が必死に声をかける。
「おまえ、今日初めてその子に会ったっていうのに、次に会うときはもう告白する気かよ」
「清古。俺は、今日の失恋で一つ学んだことがある」
「な、なんだよ?」
「一年間、片思いしていたってフラれるものはフラれる。それなら、早めに当たって砕けた方がよっぽどマシだ」
俺は仁王立ちのまま、拳を握りつつ言った。
清古の部屋に沈黙が降りた。
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