カット4 情熱
「真面目な顔して、なに普通のこと言ってんだよ」
清古はしばらく金縛りにあったようにきょとんとしていたが、そのうち急に大声で笑い出した。
清古の笑いはなかなか収まらない。目には涙まで浮かべている。
「普通のことを言った自覚はしているから、あまり笑わないでくれよ……」
さすがの俺も、ちょっと恥ずかしくなってきた。
ようやく一通り笑い終えた清古が、
「まあ確かに、一年もの長い間、一人の女の子に片思いを続けるなんて『暴走機関車』のトキオには似合わなかったよな」
と言った。
普通のセリフではあったが、清古には何とか伝わってくれたらしい。さすが、俺の親友。
でも、『暴走機関車』の渾名は、やっぱり恥ずかしいからやめてくんないかな。
「わかった。じゃあ、どうにかして相手を探して告白するしかないな。けど、一学年って言っても、さっきも言ったようにカラコーの一学年って千人もいるんだぞ? その中からどうやってその人を探す気だ?」
「校門の前で放課後にでも待ち伏せていればいいだろ」
「また待ち伏せか。怪しすぎるだろ。今のトキオみたいにムラムラした目で校門前に立っていたら、すぐに守衛が飛んでくるぞ」
「ムラムラはしてねぇよ! 失礼な!」
言いつつ、俺は鏡を探した。
本当にムラムラした目になってたら、どうしましょう。
「枳高校は芸能人のタマゴみたいなヤツも通っていて、警備がしっかりしているのも売りだしな。冗談抜きで、校門前で待ち伏せなんかしていたら、すぐに通報されるぞ」
「マジかよ。じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
俺は清古のベッドに力なく腰を下ろした。
「失恋後に色々ありすぎてテンションが変になっているのはわかるが、まあ少し落ち着いて麦茶でも飲め」
清古は麦茶をすすめてきた。
言われて、俺は麦茶を一口飲む。
清古の家の麦茶はおばあちゃんが麦から煮出して作っているから美味しい。俺の母さんが作る水出しの薄い麦茶に比べて味が濃い。
「うん、落ち着いた。で、どうにかならないか? 何か考えてくれよ」
「何にも落ち着いてねぇよ」
清古の鋭いツッコミが入る。
「まあ、枳高校の校内でその人を探せるのが一番だけど、枳高校の文化祭は夏休み前に終わってるからな。他に合法的に校内に入る方法といったら――」
「なんだ?」
清古は俺の目を見てニヤニヤしながら答えた。
「来年、新入生として枳高校に入学するしかないだろ」
◇ ◇ ◇
そんなわけで俺は、『麗しの君』(名前がわからないので俺が名前を付けた。当然、清古には笑われた)を枳高校内で堂々と探すためだけに、枳高校へ入学することになった。
当時の俺の学力では、枳高校はギリギリの合格ラインだったため、万が一にも受験に失敗しないよう俺は必死で勉強した。
『麗しの君』にあまりバカだと思われるのもイヤだったので、それまでの人生で一番真剣に勉強したと思う。清古にもずいぶん勉強を教えてもらった。
そのおかげで無事、この春、枳高校の普通科に入学することができたのだ。
「清古もカラコーに入ってくれれば助かったのに」
俺は清古にボヤく。
「東高に落ちていれば、俺も
「残念ながら、じゃねぇよ。偏差値トップの東高に首席で合格しやがって」
俺の受験勉強も見てくれていたのに、バケモンかよ。
清古は少し笑ったあと、急に真顔になって、
「ホントは冗談だったんだけどな。枳高校への入学の話」
と言い出した。
まあ、正直、俺もそんな気はしていたよ。
「でも、本気で勉強しているトキオを見て、冗談とも言えなくなってな。途中から、俺も真剣に勉強を教える羽目になったよ。無事に枳高校へ合格してくれてよかった」
特進科には届かなくて、普通科だけどな。
「『麗しの君』にもう一度会うためだけにここまでした、トキオの彼女への情熱は本物だよ。どうか、その情熱が彼女に気味悪がられずに受け入れてもらえることを俺は祈ってる」
コイツ……。軽口を言わずに済ますことが出来ないのか。
「うるせぇな! 東高はアッチだろ、早く行けよ」
俺は清古の自転車の横面を蹴るフリをして、清古を突き離した。
「ハハハ。ま、うまくやれよ」
清古が手を振りながら東高へと下る坂道に向けて自転車のハンドルを切って去っていった。
俺は、その背中に小さく「じゃーな」と声をかけると、東高と川を挟んで反対側に位置する枳高校へ向かった。
清古と別れて少し進むと枳高校の駐輪場が見えてくる。
川沿いの道から駐輪場へ、ゆるやかにブレーキをかけつつ自転車で乗り入れた。
この学校に、あの『麗しの君』がいるはずだ。
半年間、恋い焦がれた彼女に出会えるのは、きっともうすぐだと俺は信じていた。
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