シーン2 トキオ、中庭に出る
カット1 オリエンテーション
入学二日目である今日の午前中は授業を休んで、代わりに学校生活や校舎内の案内をするオリエンテーションが行われた。
二時間目まで、学校生活の注意点などについて教室で説明を受けたあと、我が普通科一年五組の生徒全員は、担任を先頭にゾロゾロと歩きながら校内を案内してもらうことになった。
清古にも言ったが、俺は昨日の入学式のあと、『麗しの君』の姿でも見かけられればと思い、校内を当てもなく一時間ほどぶらついてみた。
しかし、さすがは巨大校と評される枳高校。どこにどの教室があるのかわからず、そのうちにすっかり迷子になってしまった。
だからこういう学内紹介は本当に助かる。今後の『麗しの君』探索に間違いなく役立つだろう。
担任の説明によれば、枳高校は大きくA校舎とB校舎の二つの校舎に分かれている。
まず、A校舎は枳高校創立時からある校舎で、俺が在籍する普通科と、スポーツ科学科、商業科、工業科の全学年・全クラスが入った四階建ての建物だ。創立時からある建物だから、結構ボロいのが難点と言える。
その後、学校の多角経営化に伴い、家政学科、芸術科、特進科の入った八階建てのB校舎が数年前に建てられたらしい。文科系クラブの部室もB校舎に入っている。こちらは建物が新しいので、各教室に冷暖房が完備されていて設備も充実しているらしい。もう少し頑張って、特進科に入っておけばよかった……。
校舎の配置は、南に正門があってそこから東西に長くA校舎が鎮座する。そのA校舎の左右両端から、それぞれ体育館と柔剣道場が北に向かって伸び、その二棟の先にA校舎と向かい合わせになるようにB校舎が立っている。A校舎とB校舎の間には真ん中に渡り廊下がかかっているので、学校を上空から見ると「日」の字を横に寝かせた配置になっている訳だ。
ちなみにグラウンドは、B校舎を通り抜けた学校敷地の一番北側に広がっている。サッカーグラウンド、野球場、陸上トラックなどを完備したクソでかいグラウンドだ。
「わかっちゃいたけど広すぎだろ、この学校」
俺は校内案内の列の最後尾で、思わず一人呟いた。
「ホント、クソ広いよな、この学校」
すると、俺の独り言に隣からクラスメイトの男子が相槌を打ってきた。
この男の名は、
こいつは、昨日の入学式後の自己紹介で、
「千代田中から来た樫尾 信二です! ただいま絶賛彼女募集中! 俺とバラ色の高校生活を過ごしたい女子、よろしくぅ!」
と、カラコーの歴史に残るほどの軽薄な挨拶をして、高校入学初日にしてクラス中の女子に白い目で見られた猛者である。伸びきっていない髪を無理にセットしている辺り、なんとなく高校デビュー臭が強い。
ちなみに俺の自己紹介は、一発ウケを狙おうと渾身のギャグを放って見事にドンズベりし、女子どころかクラス全員から白い目で見られた。
披露したギャグの内容はここに書かない。昨日のうちに自分の記憶から抹消した。
そんな経緯があり、スベった者同士で傷の舐め合い……ではなく、お互い気が合って、俺と樫尾は昨日からよく話をしている。他のクラスメイトが話しかけてくれない訳ではない。決してない。
「でも、学校が大きければ大きいほど、それは俺の彼女候補が大勢いるということに等しい。オラ、ワクワクしてきたぞ」
「そうだな、頑張れ」
樫尾が世迷言を呟いているのを無視して、俺は『麗しの君』の探索手順を考えてみる。
とはいっても、まずは普段から自分がいて捜しやすいA校舎内のクラスをしらみつぶしに見て、A校舎にいないようなら、次は文科系クラブの見学がてらB校舎を覗くという流れが一番無難といえるだろう。
俺は、たとえ後姿であっても絶対に『麗しの君』を見逃すことはないと思っている。それほどあの日の彼女の姿は俺の目に焼き付いてこびりついていた。
しかし、今日のオリエンテーション中に見たA校舎二年の教室の中に、それらしい女性の姿は見当たらなかった。
では、『麗しの君』はB校舎のクラスにいるのかといえば、たまたま今日、彼女が欠席だったかもしれないし、今の時点で断定はできない。なにより、授業中の二年教室をジロジロ眺める訳にもいかなかったので自信もない。
こんなことでは、このクソ広い校内にいる二年生千人の中から『麗しの君』一人を見つけるというのは至難の業にも思えるが、案外俺はそれほど焦っていなかった。
なぜなら、そこには何の根拠もないのだが、
「必ず『麗しの君』に会える」
という確信が、この枳高校に入学した瞬間からあったからだ。
だからこそ、いつ彼女に再会してもいいように、あの時預かったハンカチはクリーニングへ出した後、ジッパー袋に入れて必ず持ち歩いていた。もちろん、今もズボンの後ろポケットに入っている。
「おい、トキオ!」
樫尾が再び声をかけてきた。
「なんだよ、うるさいな。いま、考え事している……」
「美浦くん、聞いてますか?」
クラス担任から声が飛んだ。
しまった、担任から呼ばれていたのか。
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