カット6 微笑み

 その時、部室の扉がノックされ、ドアから由梨と涼が姿を現した。


「遅れてごめんなさい。お待たせしました」


 由梨はそう詫びながら、にこやかに部室に入ってきた。相変わらず美しい。さすがだ。


 続いて入室してきた涼が、俺たちの前に置かれたティーセットを見て、


「ああ、君たちも明日香の紅茶を飲んだかい。どうだい、彼女の淹れる紅茶は絶品だろう? 明日香、由梨くんと僕にも一杯もらえるかな?」


と相変わらずペラペラと調子よく喋り、明日香に紅茶を催促した。明日香は頷いて席を立ち、再びお湯を沸かす準備を始めた。


 そこで、湯沸かし器の前に立つ明日香と目が合った俺は、自分の唇に人差指を縦に当て、


(さっきの話は由梨先輩には黙っておいてね)


と念を押す。

 それを見て、明日香は俺に微笑んで頷いた。そのときの明日香の微笑みは、これまで見た彼女の微笑みの中で一番かわいかった。由梨が目の前にいるというのに、俺は思わず照れてしまった。

 理沙が、そんな俺と明日香の遣り取りを見て、


「なんだか、結局、ライバルが増えた気がする……」


と呟いた。だから、お前はさっきから何をブツブツ言っているんだ?


 そのうちに再びお湯が沸いたらしく、明日香は静かに由梨たちの分の紅茶を淹れた。


「うん、今日も美味しい。さすがだね」


 涼は紅茶を飲みながら、


「明日香の紅茶を一度飲んでしまうと、自分で紅茶を淹れる気がしなくなってしまうのだけが難点だよ」


と言って微笑んだ。やれやれ。相変わらず、この爽やかさである。こんなにも紅茶を飲む仕草が似合う高二男子がいるもんだろうか?

 たかだか俺の一つ上のクセに、大人の余裕と分別を感じさせる。ムカつく。


「三人とも自己紹介は済んだかい? 日曜日はここにトキオくんの友達の清古 祐介くんを加えて、六人でカメラマンを迎えることになるね」

「え? 日曜日、清古も来るの?」


 理沙が俺に聞いてくる。


「ああ、言い忘れてた。理沙がモデルするって言ったら、からかいに来るって」

「なによ、アイツ! 私だって、似合わないことするって自覚はあるわよ! まったく、覚えてなさい!」


 理沙が怒ってる。やーい、清古のヤツ、怒られろ。


「でも由梨さん。明日香ちゃんみたいにこんなに可愛い子が『えい研』にいるのなら、わざわざ私がパンフレットのモデルなんかしなくてもいいんじゃないですか?」


 理沙が由梨に尋ねた。

 考えてみれば、理沙の言う通りかもしれない。とりあえず、わざわざこんな貧乳の理沙に頼む必要はなかったのではないか? 理沙の質問に俺も同意した。


「実は私たちも、最初は明日香と涼くんのペアでモデルの提案をしたんです。でも、学校側から断られてしまって」


 由梨が答えた。


「というのも、明日香のハーフの外見が問題になったんです。枳高校は海外留学生も受け入れていて外国人の生徒も沢山いますが、国内向けの入学案内パンフレットということで、学校側から『できれば日本人の女性が良い』と言われてしまって」


 えー。なんだ、その理由は。

 今時、ファストファッションの店でも外国人がモデルをしているし、学校も国際色豊かなところを見せておいた方がいい気もするけどな。その辺は学校の考え方もあるんだろうが……。


「ま、理沙なら体型も純日本人体型だし、その点は間違いなく学校の注文通りだな」

「人扱いしてほしいなら、それなりの言葉を選んでくださいな、トキオさん」

「人扱いしてほしいから、次からは殴る前に声をかけてくれませんか? 理沙さん」


 殴られた腹を撫でながら俺は苦情を言った。


 モデル話が一段落したところで、涼が紅茶のカップを置き、藁半紙のプリントを分け始める。


「さて、それでは明後日の撮影の予定だが、プリントのタイムスケジュールと一緒に確認してくれ。十時に撮影のカメラマンが学校に着く予定なので、モデルの理沙くんは準備もあるから、申し訳ないが九時に学校に来てほしい」

「わかりました」

「トキオくんと祐介くんは、九時四十五分には校門に来てくれるかな。その後は、まず中庭の桜をバックに撮影して、それから校門の前で撮影の予定だ」


 俺はタイムスケジュールを見る。終了予定時刻は午後一時か。意外と早く終わるんだな。


「野外での撮影のみだから、そんなに時間はかからないよ。特に今回は桜の開花に間に合わせた撮影が中心だからね。長くとも昼食までには終わらせることが出来ると思う」


 涼が俺の疑問に答えた。


「その後は、皆さん一緒にお昼を頂きましょうか」


 由梨が提案した。


「お弁当を用意しておきますので、中庭で食べましょう」

「あ、それなら、私も焼き菓子作って持ってきます」

「いいね。明日香の紅茶と一緒に食後のデザートとしていただこうか」


 涼が賛同する。


『麗しの君』とお昼か!

 俺は否が応にも気合いが入った。これは日曜日が楽しみである。

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