シーン8 トキオ、撮影アシスタントになる
カット1 飼い犬
「晴れてよかったな」
清古が自転車に乗りながら俺に声をかけた。
「ああ。桜が散っちゃったら、何のためにわざわざ今日、撮影するのかわからなかったからな。今週、一日も雨が降らなくてよかったよ」
俺は見事に晴れ上がった空を見上げて答える。
気温も、ここ二日ほど風はないものの肌寒い日が続いたおかげで、あまり桜が散らずに済んだ。今日も太陽は見えるものの空気が冷たく感じる。
今日は、枳高校に入学して最初の日曜日。
予定通り、今日は涼と理沙をモデルに、枳高校の来年度入学案内パンフレットのイメージ写真撮影が行われる。
そのため、俺と清古は金曜に言われた十時前に学校に着くよう、普段の通学よりも二時間ほど遅い時間に自転車を走らせているところだ。
「一応、他校の敷地へ入るのに私服もどうかと思って制服で来たけど、ガクランじゃあブレザーが制服の枳高校だと目立つかな?」
学生服姿で俺の後ろから自転車を漕ぐ清古が聞いてきた。
「制服で人を判断するようなヤツが、わざわざ日曜日の学校に来ないだろ」
「それもそうか。まだ部活も本格的に始まってないだろうしな」
入校許可証も出してもらっているし、学外の清古が学校にいても問題ないようにはしてあるから大丈夫だろう。
「しかし、中学は帰宅部だったトキオからしたら、日曜日に学校に行くなんて考えもしなかっただろ」
「そうだな。清古の陸上の試合はいつも県営運動場だったし、理沙のサッカーの応援にかり出された時ぐらいしか、日曜日に学校なんて行ったことないな」
「そんなトキオが、下心からとはいえ日曜に学校へ向かうとは」
「下心とかいうなよ。否定しにくいし」
中学の頃は、テスト前以外は土日も寝て過ごす日が多かった。
それでも、小学校の頃は理沙と一緒にサッカーボールを追っかけたり、中学では清古の自主練のランニングに付いていったりしていたから、まったく身体を動かさなかった訳でもなかったが。
それが、入学してまだ一週間だというのに日曜にまで学校に行くとは。我ながら変わったものだと思う。ホント、下心ってすごい。
「今日も下心たっぷりでしっかり撮影のサポートをして、『麗しの君』にトキオが使える男であることをしっかりアピールしないとな」
「それと、由梨先輩とあのクソイケメンが、万が一キャッキャウフフな雰囲気になりそうな時があったら、さりげなく邪魔に入ればいい」
「なんだかトキオ、『麗しの君』の飼い犬みたいだな」
清古が笑いながら言った。
◇ ◇ ◇
駐輪場に自転車を置き、集合場所の正門の方へと向かう。
正門にはすでに、由梨と涼が並んで待っていた。
涼のヤツ、さっそく『麗しの君』と二人一緒か。
「トキオ。まさか、あそこの二人か?」
初めて実物の『麗しの君』とイケメンを見る清古が俺に確認してくる。
「そうだ。あれが由梨先輩と憎きクソイケメンだ」
「そうか、わかった。トキオ、あれは俺たちとは別次元の人間だ。諦めろ」
清古から早々にして敗北宣言が出た。
「おまえ、男は顔じゃないって励ましてくれたじゃねえかよ!」
「それは一般レベルの男の話だ。いいか、トキオ。冷静になって、あの二人が並んで立つ姿を見てみろ」
清古は由梨と涼の姿を指さした。
「あんな美男美女、もし制服じゃなければファッション雑誌の表紙そのままじゃないか。あの完璧な絵の中に割り込もうとするお前の気が知れんぞ」
「わかってるよ、そんなこと」
俺だって、本心はいつでも心がくじけそうになるんだ。
「でも、そこを割り込まなきゃ、キャッキャウフフの俺の未来はねぇんだよ!」
俺の脳裡には、明日香に告白して見事に砕け散った樫尾の後姿が焼き付いていた。
おかしい男……でなく、惜しい男を亡くしたものだ。
俺は大きく息を吸うと、
「おはようございます!」
少しでも二人の親密な空気が壊れるように、腹の底から大声で挨拶をして二人に駆け寄った。
「――ま、そうでなければ応援のし甲斐もないんだけどな」
清古は俺の背中に言いつつ追いかけてきて、
「初めまして、清古 祐介です! 今日は部外者なのに参加させていただき、ありがとうございます!」
俺に続く大声で挨拶をした。
「おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いします。理沙さんは今、明日香と一緒に部室でメイク中ですわ」
今日も朝から美しい由梨が言った。
由梨は今日、制服の上からダッフルコートを着ていた。それは学校指定のものではなく、あの雨の日に借りたハンカチと同じブランドのコートであることに俺は気付いた。
そういえば、あのハンカチをまだ華瑠先生から返してもらってない。あれを返してもらわないと、半年前の事故のお礼もしにくいな。
「トキオくん、祐介くん。着いて早々ですまないが、ちょうどカメラマンの車が到着したみたいだ。すまないが駐車場まで車を誘導してもらえるかな? このファイルにカメラマンの入校許可証や駐車許可証は入っているから」
涼が、閉ざされている校門の前に止まったワンボックスカーを指さし、俺にクリアファイルを渡してきた。
「わかりました! いくぞ! 清古」
「アイアイサー」
俺と清古は、車に向かって勢いよく走り出した。
「なんか、サクッと用事を言いつけられたな」
清古が俺の横に並んで走りながら言ってくる。
「あれ、ホントだ。命令されたら思わず返事して走り出してしまった」
「やっぱり飼い犬みたいなヤツだな」
「さては、あのイケメン、うまいこと俺を動かして自分は『麗しの君』の傍から離れない気だな」
「『麗しの君』がVIPだから、ボディーガード気取りなのかな? トキオも飼い犬でなく番犬に立候補したらどうだ?」
俺は減らず口の清古に「ガウ」とだけ返事をする。俺が番犬なら真っ先にお前に噛みついてやるよ。
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